アイスリンクが一夜にしてバスケコートに変身!? 実はこれ、青森県の氷都・八戸市で運営されるスポーツアリーナ「FLAT HACHINOHE」がもつ、国内初の特殊な機能だ。では、なぜ、そんな機能を備えることになったのか? 近年、閉鎖が続くアイスリンクの抱える問題点を克服しながら、持続可能な未来像を提示する「FLAT HACHINOHE」の取り組みについて、館長の木村将司さんに話を伺った。

全国的に減少が続くなか、八戸市にも訪れたアイスリンク閉鎖の危機

設立を企画したのは、スポーツ事業を展開するゼビオグループのクロススポーツマーケティング。施設は、ゼビオホールディングスと複数の金融機関により設立された特別目的会社のXSM FLAT八戸が所有する。常設アイスリンクを持つ多目的アリーナは国内初だ。ネーミングやロゴデザイン、空間デザインといったプロジェクト全体のクリエイティブは佐藤可士和氏が率いる「SAMURAI(サムライ)」が担当した

近年、少子高齢化による利用客の減少や電気料金の値上がりに伴う維持管理コストの上昇などから、スケートリンクを取り巻く経営環境は厳しさを増している。2021年には、東京で多くのスケーターたちから愛された老舗のスケートリンク「シチズンプラザ」が閉鎖。昨年も愛知県の西尾張地域で唯一のスケートリンクだった「一宮市スケート場」が閉鎖され、愛媛県でも50年以上にわたって松山市民に親しまれてきた「イヨテツスポーツセンター」が2027年に閉鎖されることを発表している。

そうしたなか、2020年4月に青森県の氷都・八戸市で開業されたスポーツ施設「FLAT HACHINOHE」は、それまでのスポーツ施設になかったアイデアと仕組みづくりを活用することで、経営が難しいとされるアイスリンクを通年営業している。

お話を聞かせてくれた木村将司さんは、生まれも育ちも八戸市。今年の1月に長年勤めた銀行からクロススポーツマーケティング株式会社に転職し、4月1日から「FLAT HACHINOHE」の館長に就任した

「青森県の中でも八戸市は古くからアイススケートが盛んな地域で、小学校の体育の授業でもスケートは欠かせません。アイスホッケーチームは市の周辺だけでも100以上あり、アジアリーグアイスホッケーに参加する東北フリーブレイズのホームタウンでもあります。

ところが、3年ほど前にそれまで市のスケート文化を支えていた『田名部記念アリーナ』という施設が閉鎖されることとなり、地元の方たちからは新たな活動場所を求める声が高まっていました。市民の方たちが以前の施設で利用していた年間のスケートの利用時間は、およそ2500時間ほど。その時間を安定的に提供できる施設の設立・運営が求められていたのです」(木村さん)

アイスリンクと通常フロアによる“二毛作”で、新たな収益源を確保

それを実現できた理由は大きく2つある。1つは常設のアイスリンクを一夜にして床フロアに転換できる、国内初の「フロアチェンジ機能」を備えたことだ。アイスリンクの上に移動式の断熱フロアを敷設することで、バスケットボールの試合からコンサートやコンベンションといった商業活用まで、さまざまな目的での利用を可能にしている。

アイスリンクの上に黒いパネル状の断熱フロアを敷き詰めることで、通常のフロアへと転換できる「フロアチェンジ機能」。バスケットボールの大会などを開催するときには、さらにその上にウッドフロアを敷くことでバスケットボールのコートが完成する。断熱フロアを敷き詰めは、20名ほどのスタッフで取り掛かれば、3時間ほどでできるそうだ

「これまでに『FLAT HACHINOHE』を本拠地とするプロアイスホッケーチーム、東北フリーブレイズのホームゲームや地元の子どもたちのホッケー大会といった氷上競技はもちろん、バスケットボールBリーグのチーム・青森ワッツのホームゲームや3人制バスケットボールのプロリーグ『3x3.EXE PREMIER(スリー・エックス・スリー・エグゼプレミア)』などのプロスポーツ大会、『BTR』という東北最大級のeスポーツイベントなども開催されてきました。照明や音響は最新鋭の設備を導入しているので、音楽コンサートといった質の高いエンターテインメント演出を求められるイベントの開催も可能です」(木村さん)

「FLAT HACHINOHE」で開催された、Bリーグ所属のプロバスケットボールチーム・青森ワッツの試合の様子。スポーツをする「体育施設」の機能だけではなく、観戦を楽しむ「スポーツアリーナ」の機能、さらには地域住民の方たちが日常使いできる「地域共生」の機能を備えた多目的性の高さが「FLAT HACHINOHE」の強みだ

このように「フロアチェンジ機能」を活用することで、アイスリンク以外での収益源を獲得できるようになったことが、「FLAT HACHINOHE」の大きな武器になっていると木村さんは語る。

コストや人的資源を効率的に活用する、新しい民官連携スキームの確立

もう1つは、「民設民営」をベースとしながらも、「行政による民間施設の利活用」という新しい官民連携スキームを確立したことにある。これまでは100%行政主導による施設の建築・運営や、一部の指定民間事業者が運営を請け負うといったやり方が一般的だったが、「FLAT HACHINOHE」の方式は、民間事業者が建築・運営を総合プロデュースし、地元行政が必要な期間に必要な分だけを使用するという全く新しいもの。八戸市は土地を無償で提供し、年間の施設利用料を支払う見返りとして、年間2500時間ほどの利用枠を30年間にわたって固定的に借り受けている契約を交わしている。

クロススポーツマーケティングと八戸市の提携の図式。民間事業のノウハウを活かしながら、地域利用にも対応したプランニングを行うことで、行政側の負担を大幅に軽減している

「行政側のメリットは、新たにスケート施設を建設する何十億円という費用を捻出することなく、利用料を支払うだけで、地域の方たちに充実したスケート環境を提供することができることです。運営管理もクロススポーツマーケティングが請け負っているので、非常に大きなコストメリットを得ることができます。

一方、我々のメリットは、クロススポーツマーケティングが運営・スポンサードしている東北フリーブレイズのホームアリーナとして活用することで、興行誘致をしやすい体制が整えられることにあります。また、スポーツ小売業を展開するゼビオグループとしては、将来的にスポーツ人口やスポーツを愛好する人たちを増やしていくことが欠かせません。そのため、広い視野で考えれば、地域のスポーツ文化を育むことは、ビジネス的なメリットにもつながっていきます」(木村さん)

コストや人的資源の効率的な活用という面においても優れた効果を発揮するこうした運営方法は、少子高齢化が進むこれからの地方都市のニーズに応える、持続可能なアリーナ施設のあり方を提示しているといえるだろう。

施設を拠点に地元独自の活力を生み出す、新しい「地域共生」の場へ

「FLAT HACHINOHE」を核に八戸駅周辺エリアを盛り上げようと、地域の方たちが「健康」と「運動」をテーマに開催した「HACHINOHE FESTIVAL」。写真はイベントのスタートであり、核にもなったラジオ体操の様子

また、スポーツ・音楽・各種イベントといった多種多様な使い方ができる施設の柔軟性と、新たな官民連携スキームによる地域に開かれた運営手法の掛け合わせは、施設のもつ求心力を使って、地域文化の多彩な魅力を引き出しながら、地域に独自の活力を生み出すことにも貢献している。

その一例が、八戸市の都市政策課が取りまとめるボランティア団体で、八戸駅周辺でのイベントの企画や立案などを行っている「八戸駅かいわいで盛り上がり隊」との活動だ。毎週水曜日になると、隊員たちは活動の核となる「FLAT HACHINOHE」に一堂に集まり、地域をどのようにして盛り上げていくか、熱い議論を交わしている。

「そのひとつの集大成として今年の9月に開催されたのが、『HACHINOHE FESTIVAL』です。八戸駅の西口と『FLAT HACHINOHE』を結ぶシンボルロードを初の歩行者天国にし、キッチンカーによる飲食ブースや制服が試着できるJR東日本の特設ブースなどの出展、地域の学校によるブラスバンド演奏やボッチャ体験、盆踊りといった催しを開催することで、お祭りのような賑わいをみんなで創出しました。『FLAT HACHINOHE』もキッズデーとして無料開放し、多くのお子さんたちに楽しんでご利用いただきました」(木村さん)

キッズ無料デーやラジオ体操、朝市といった市民の方たちが気軽に参加できるイベントも定期的に開催

それ以外にも、イベントのない日は通常のアイススケートリンクとして一般の方たちに開放したり、地元の方たちの健康を促すラジオ体操や地域の特産品を扱う朝市の会場としても活用されるなど、市民の方たちが気軽に利用できる地元のコミュニティスペースの役割も担っている。

今後は「FLAT HACHINOHE」のすぐ近くに開業を予定している、東北最大級のトランポリンパークを備えた「AILERON WEST VILLAGE(エルロン ウェスト ビレッジ)」 と手を取り合いながら、八戸駅界隈の賑わい創りによりいっそう貢献し、地元の活力へとつなげていきたいと、木村さんはこれからの抱負を語る。

名前のとおり、八戸を愛するすべての人々が、立場を超え、分け隔てなく自由に集まるフラットな場であり、また、用途を限定せず、使いやすいフラットな可能性に満ちた場でもある「FLAT HACHINOHE」。スポーツ施設としてだけでなく、地域とともに持続的に成長していく、日本の新しい「地域共生」の場となっていくことを期待したい。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
写真提供:FLAT HACHINOHE、八戸駅かいわいで盛り上がり隊