少々お時間ありますか? しばしお耳を拝借――ひょっとしたら、音声解析オタクを長年悩ませてきた疑問の答えをご存じじゃないかと思いまして。
Shazamなどのアプリが登場する以前、知らない曲を突き止める作業はチームワークで行われていた。そうした作業を世界規模でサポートした仲介役が、Web 2.0黎明期の2006年に開設されたソーシャルネットワークWatZatSongだ。気になって仕方ない曲をアップロードすると、みんなで寄ってたかって曲の出所を推測した。だが後世に残るもっとも有名な投稿がWatZatSongに登場したのは2021年。投稿者はハンドルネーム「carl92」というスペイン在住のユーザーだった。
投稿された音声ファイルには、ジャンルと歌詞の言語を示す「Pop-English」というラベルがついていた。carl92のコメントには曲が作られたと思われる時期として、「80年代中期、音質は悪い。(Everyone Knows That)」と書かれていた。「Everyone Knows That」とは曲の歌詞を指す。carl92は追加で投稿したコメントで、「DVDにバックアップしていた、かなり昔のファイルの中から見つけた」と説明している。「多分、音の取り込み方を練習していた時の残りものだと思う」。
ノイズ交じりの音源の尺はわずか17秒間。80年代のアップテンポなニューウェイブソングによくあるキャッチーなサウンドだが、歌詞の大半はほとんど聴き取れない。投稿された当初はほとんど注目されなかった。だが出所が分からぬまま数カ月が経過し、候補アーティストが次々振るい落とされていくうちに、カルト的な熱を帯びていった。それから2年、現在ではWatZatSong史上もっともコメントの多いスレッドとなり、仮説別に立ち上げられたsubredditの数は5000を超える。ユーザーは欠けている部分を想像で補ってリミックスやカバーを制作したり、AIで長尺バージョンを生成したりした。元ネタについてのデマもずいぶん広まった。だが、誰も「Everyone Knows That」を演奏したバンドを知らないという事実は変らなかった。
2023年6月には曲の手がかりを探すフォーラム「r/everyoneknowsthat」が立ち上げられた。そこでモデレーターを務めるredditorの1人、ハンドルネーム「cotton-underground」はローリングストーン誌との取材で、この時代にこうした謎に直面するのはもどかしいと語った。「なぜみんなここまで執着するのか? ひとつには、ものすごくキャッチーで聞き覚えがありそうな曲だから。もうひとつは謎に満ちているから。とくに2023年、何もかもデジタル化されて自由に音楽が聴ける時代に、追跡不可能と思われる曲があるという事実が、大勢の若者の関心を集めているんじゃないかな」。
手がかりのないこと自体が興味をそそる、と言うcotton-undergroundは、比較対象として別の曲を挙げた。巷では「Like the Wind」「The Most Mysterious Song on the Internet」と呼ばれている、話題の「謎音源」だ。こちらは80年代にドイツのラジオ局で流れていたのを録音したもので、やはりプロデューサーの正体を巡って何年も追跡が行われた(こうした遺物には、「lostwave」というタグが付けられることもある)。だがcotton-undergroundも指摘するように、「Like the Wind」の場合は元ネタとなった3分間の高音質フルバージョンが見つかった。一方現存する「Everyone Knows That」の断片は、はっきり聴き取れる歌詞の部分でさえも論議の的となり(「ulterior motives(裏の動機)」と聞こえると言う人もいれば、「fear of emotions(感情へのおそれ)」だという意見もある)。音源マニアも相当てこずっている。音源のアップロード後にWatZatSongから姿を消したcarl92が、質の悪いいたずらを仕掛けたのだという意見もある。
実際のところ、「Everyone Knows That」と「The Most Mysterious Song on the Internet」はどちらが追跡しにくいかという問題を巡って意見が衝突し、先の見えない追跡をテーマにしたミームも生まれた――かと思えば、一時期r/everyoneknowsthatでも意見の対立が激しさを増し、ネットあらしやハラスメントの応酬が繰り広げられた。
carl92が切り取った「Everyone Knows That」の元ネタ候補は後を絶たない。1990年代にMTVで流れていたサウンドを拾ったのだという説もあれば、CMジングルだと確信する者もいる。日の目を見ずに終わったバンドの未発表デモ音源の可能性もある。あるいは日本の企業が制作し、東ヨーロッパのどこぞのマックドナルで流れていた店内BGMのコンピレーションかもしれない――ただし、ユーザーの1人がコンピレーションの配信業者に問い合わせたところ、データベースにはそのような楽曲はなかったことが確認された。このように、追跡が行き詰まるケースは増すばかりだった。
ハンドルネーム「sodapopyarn」というre/everyoneknowsthatの別のモデレーターが言うには、追跡コミュニティはいまだ八方ふさがりだそうだ。「残念なことに、現時点では十分な手がかりがなく、デマのほうがはるかに多い」とローリングストーン誌に語った。とくに陰険だったのが、「michale92事件」と呼ばれるデマだ。Sodapopyarnによると、「michael92というユーザーが全編日本語をかぶせた長尺バージョンをWatZatSongに投稿した」という。「コミュニティ全員が騙され、本物だと思い込んだが、4時間後に化けの皮がはがされた。結局michael92はいろんな音源やカバー/リミックスを寄せ集め、それらしい音源を作っていたことが判明した」。企てがばれてファイルが削除されると、偽音源自体も謎音源と化したが、最近になってsodapopyarnが「本物の『Everyone Knows』探しのちょっとした”歴史的遺物”」としてフルバージョンをsubredditにアップロードした。
「希望があるから面白かったのに、最近ではデマが日常茶飯事になってきて、追跡にも次第に支障が出てきている」とsodapopyarnは嘆く。とはいえ、クリエイティブな作品のおかげで議論が維持されているような部分もある。YouTubeに投稿されたコメントの1つは、洗練された形で曲に命を吹き込んだ最近のミュージックビデオに言及し、これぞぴったりな1980年代のネオン輝く画像が添えられていた。「元ネタが見つかったとしても、ここまで出来がよくなかったりして」と書かれていた。
とはいえ、元ネタを突き止めたあかつきには、「Everyone Knows That」事件簿もさらに面白さを増すだろう。元ネタのバンドを見つけ出したら、「お宝さがしを最初から最後まで、本人たちに伝えたい」とsodapopyarnは言う。また「みんなが制作したカバー曲を聞かせてあげられたら、なお最高だ」と続けた。
だが忍耐こそがカギだ。謎音源の追跡に熱狂的なファンの中には、偶然にも魅了された音源の作曲者やアーティストを発見できぬまま、もっと長い時間を費やしているものもいる。アイルランドのクランベリーズのヒット曲に似た、通称「How Long Will It Take」と呼ばれる切ないジャングルロックの場合、少なくとも2007年後期から散発的に話題になっている。だが20年近く追跡が行われても、アーティスト名やタイトルついては全く進展がない。この曲に特化した新たなsubredditも1カ月前に立ち上がったばかりだ。
sodapopyarnのような音楽通は、答えがなくてもへこたれない――ここまで長く続いた共同作業そのものが、追跡活動を価値あるものにしている。「コミュニティ内のメンバーはつねに入れ替わりしていくだろう」と本人。「だけど曲の全容が解明されるまで、コミュニティは絶対なくならないと確信している」。