今やYouTuberも普通のお父さんもよく使っているが、“ジンバル”あるいは“スタビライザー”と呼ばれるカメラ用品は、少し前まで、いくら欲しくてもそう簡単には手に入れられない、憧れの道具だった。
■「ステディカム」「スタビライザー」「ジンバル」という言葉を初めて知った頃
常に水平を保つ架台・ジンバルを中心とする安定化装置によって、手ぶれや振動を極力抑え、ごく滑らかな映像を撮影することのできるカメラは、1972年に初めて開発され、“ステディカム”という商標でプロの世界に普及。
映画やテレビドラマ、スポーツ中継などで使用されてきた。
有名どころでは、映画『ロッキー』(1976年・米)で、主人公・ロッキーがフィラデルフィア美術館の階段を駆け上がるシーン、『シャイニング』(1980年・米)でホテルの廊下や迷路を行き交うシーン、『スターウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』(1983年)で惑星エンドアの森をスピーダーバイクが疾走するシーンなどで、ステディカムの使用効果が確認できる。
2005年からはじまったNHKの紀行番組、『世界ふれあい街歩き』。主観的な視線で海外の街をぶらぶら歩きながら紹介するこの番組も、ステディカムなくしては成立しない。
まったくぶれのない滑らかな映像がゆったりと目の前に展開するのを見ていると、まるで実際に旅をしている本人になったような気分になる。
この番組を頻繁に観るようになってから、僕はステディカムとか、スタビライザーおよびジンバルという言葉と、その装置による効果について、はっきり認識するようになった。
しかし映画やテレビの世界で使われる道具というものは、当然のことながら大きく重く、操作が複雑、そして非常に高価である。
ステディカムはカメラ本体を含めると20kgもの重量があるというから、本当にプロのための道具でしかなかった。
はじめから無理だと思って調べたこともないが、お値段も相当なもので、アマチュアがおいそれと手を出せるようなものではなかったはずだ。
しかしデジタル化によってカメラの小型軽量化が進行。小さなカメラでも非常に綺麗な動画が撮影できるようになり、アクションカムのブームが起こると、それと並行するようにジンバルも急激に進化する。
軽くて機能性に富み、そして何より桁違いに安価な一般向け製品が、続々とリリースされるようになったのである。
僕の印象であって裏付けはないが、カメラ好きのアマチュアが「ジンバル、ジンバル」とクリスマスのように騒ぎ出し、実際、気軽に手が届く商品が世に出始めたのは、2010年代の半ば頃だったのではないかと思う。
写真や動画の撮影が好きな僕は、手頃な値段で性能の良いアマチュア向けジンバルをいつかは手に入れようと考えていたのだが、まごまごしているうちにジンバル界はさらに進化のスピードを上げていた。
■DJI『Osmo Pocket』に出会った時の衝撃から『Osmo Mobile 6』へ
2018年。発売されたばかりの手の平に乗る小さなカメラ、DJI『Osmo Pocket』をカメラ店でいじってみたとき、かなり大きな衝撃を受けた。
今世紀に入って以降のデジタルガジェットの世界では、ときどき「これは、ドラえもんが出した道具では!?」と驚くようなアイテムがリリースされるが、僕にとって『Osmo Pocket』はまさにそれだった。
4K動画が撮れる極小カメラ付きのジンバルという、少し前だったら考えられない高性能かつ進歩的アイテムながら、値段はたったの45,000円前後である。
すぐさま入手し、その後は旅行先での記録を中心に、ずっと使い続けてきた。 『Osmo Pocket』は、同メーカー初の一般向けジンバル一体型カメラだが、機能性は当初より非常に高く、僕のようなレベルではすべての機能を使いこなせないほどのものだった。
これで十分に満足と思っていたのだが、さらに進化は止まらず、後継機の『Pocket 2』が2020年に、そして現在のところの最新鋭機『Osmo Pocket 3』が2023年に発売された。
SDGs的に、また自分の財政的にも、買ってからわずか2年で買い替えるのはいかがなものかと思い、『Pocket 2』はスルーした僕だったが、昨秋、発売されたばかりの『Osmo Pocket 3』を店頭でいじってみたら、心がぐわんぐわんと揺れ出した。 『Osmo Pocket 3』はそんな僕の心の揺れはよそに、見事なほどの安定性を保っていたが、兎にも角にも『Osmo Pocket 3』は初代『Osmo Pocket』と比べ、目に見える部分見えない部分ともに、さまざまな進化を遂げていた。
「これはもう、買うしかないっしょ!」と思い切りましたよ、僕は。
実際に注文カードを握ってレジの列に並ぶとこまでいったのだが、そこではたと気づいてしまった。
「ん? ジンバルって、カメラ一体式である必要あるのかな?」という根本的なことに。
僕がいま使っているスマホは、買ってから3年以上が経過した『iPhone 12 Pro』で、そろそろ買い換えタイミングかなと考えている。
次に買うのは『iPhone 15 Pro Max』と決めているのだが、その主な理由は、同機種のカメラ性能が今のところ、ほぼ文句のつけようがないほど優秀だと聞いているからだ。
4800万画素で絞り値ƒ/1.78の24mmレンズを持つメインカメラに加え、1200万画素・13mmレンズの超広角カメラと、1200万画素・120mmレンズの望遠カメラを同時搭載。
そんなスペックだけでもワクワクするが、シネマティックモードやポートレイトモードなど画像処理系の性能もさらに充実しているというから、恐らく『iPhone 15 Pro Max』を持つようになったら、他のカメラの出番はなくなるだろう。
そんな最強のカメラ付きスマホをこれから買う予定なのに、果たしてジンバル一体式カメラなど買ってる場合なのだろうか。
もちろん『Osmo Pocket 3』のカメラも相当に優秀なのはわかっているが、さすがに『iPhone 15 Pro Max』のカメラに適うものではないだろうと。
■DJI『Osmo Mobile 6』で動画も静止画もワンランク上のものに
長い長い前置きになってしまったが、そんな経緯によって僕は、一旦は購入を決意したDJI『Osmo Pocket 3』ではなく、手持ちのスマホを装着して使うジンバル、DJI『Osmo Mobile 6』を買うに至ったのである。
それではここからいよいよ、DJI『Osmo Mobile 6』のスペックや使い方を詳しくご紹介…、と期待して本稿を読み始めてしまった方には大変申し訳ないのだが、そうしたことにつきましては、優秀なテック系ライターが書いた役に立つ記事が、ネット上にゴロゴロ転がっているので、どうぞそちらをご覧ください。
僕はもう、ここまで書くだけで疲れてしまったし、DJI『Osmo Mobile 6』の良さを、テック系ライター以上の深い視点で書く自信は元よりない。
そもそも、手ぶれや振動のないスムーズな動画を撮るための道具であるジンバルのことは、いくら言葉を重ねても、文章なんかでは伝えきれないのである。
言ってしまえば、ガジェット紹介系YouTuberの動画でも見ていただくのが、一番手っ取り早いのだ。
などと、まるで職場放棄のようなことを言っておりますが、ごく簡単に私見を述べるとすると、『Osmo Pocket 3』ではなく『Osmo Mobile 6』を選んだ僕の決断は、大正解だったと思っている。
あのとき買う気満々の気持ちに急ブレーキをかけ、アイテムを選び直した僕を、自分で褒めてあげたい。
自動制御の3軸で手元の急激な動きを吸収し、ヌルヌルとした滑らかな動きに変えてくれるジンバルの効果が最も発揮されるのは、もちろん動画撮影時だ。 だが『Osmo Mobile 6』およびOsmoシリーズ全体に使えるDJI提供のスマホアプリ「DJI Mimo」を駆使すると、撮り方をいくつものパターンから選べるパノラマ写真など、静止画の撮影機能もかなり拡張される。
ジンバルの制御パターンをはじめ、録画のスタート・ストップ、ズームインズームアウト、ピント調節などなどの細かい操作を、スマホの画面ではなく『Osmo Mobile 6』側にある手元のボタンですべてできるのも、実に使い勝手がいい。
肝心の動画の安定感は期待通りだし、目標物を捉えたらずっと追尾し続ける機能も実に優秀。犬の散歩や、家族と旅先を歩くときなどは大活躍している。
…と、こんなふうに書き始めてしまうと、やっぱり言葉では伝えきれないもどかしさが募るばかりだ。
今のところ、『iPhone 12 Pro』を装着して使っていてもかなり満足なのだが、最新の『iPhone 15 Pro Max』とペアリングしたら、どんなに素晴らしい動画が撮れるだろうかと今からワクワクしている。
あらゆるスマホカメラと自由に組み合わせられる、『Osmo Mobile 6』だからこそのことだ。
それにしても。こんなに素晴らしい道具が18,000円程度で買えるのだから、すごい時代になったものだと思う。
文・写真/佐藤誠二朗