──単刀直入に伺いますが、値上げのコツってありますか?

折笠さん:値上げといっても、単純に個別の商品を「いくら上げるか」という話ではありません。これまでと同じ顧客に、同じ商品を、同じやり方で売り続ける中で値上げをするのは、多くの方が感じている通り、非常に難しいのが現実です。
では、どうすればよいのか。
「いくら上げるか」を考える前に見直すべき三つのポイントをお伝えします。

公益財団法人 流通経済研究所 主席研究員の折笠俊輔さん(写真提供:折笠俊輔氏)

見直しPOINT① 『売り先』
~売り先とのパワーバランス逆転に向け、価格や取引スタイルを売り先ごとに変えてみる

──値上げに応じてもらえない場合、売り先を変えた方がよいのでしょうか?

折笠さん:既存の売り先が値上げに応じない場合、それも選択肢の一つだと思います。でもその前にやれることがあります。売り先が値上げに応じないのは、パワーバランスにおいて相手の方が優位に立っているからです。そのポジションを逆転できれば、価格交渉において有利になり、取引を続けながら値上げを飲んでもらうことも可能になります。

──パワーバランスを逆転させるにはどうしたらいいのですか?

折笠さん:一つには、品質を高く、量も安定的に納品するなど、相手にとって手放したくない取引先になることです。もう一つは、売り先への依存度を下げること。こちらが複数の取引先を持っていれば、「値上げに応じてもらえないなら取引をやめてもいい」という強い姿勢で価格交渉に臨むことができます。

──取引先を増やしても同じ値段でしか売れなければ意味がないですよね?

折笠さん:同じような取引先を増やしても確かに意味はありません。大切なのは、商品のグレードを細分化して、それぞれに合った価格と売り先をあてがっていくことです。

格安を売りにしているスーパー/価格より品質を売りにしているスーパー

たとえば、これまで一つの品目を品質別に「とても良い」と「良い」の二つに分け、前者はECサイト、後者は市場に流していたとします。しかし「良い」とひとくくりにしていた商品も、格安を売りにしているスーパーと、安さより品質を売りにしているスーパーでは違う価格で販売できます。

業務加工用であれば多少見た目が悪くてもかまわないので、これまで規格外で廃棄していた野菜にも値段をつけて販売できるかもしれません。また、「とても良い」の中から「すごく良い」ものだけを選別して贈答用という位置づけにすれば、さらに高い値付けが可能です。

このように、商品の品質や売り先のニーズに合わせてより細かく価格設定をしていくことで、結果的にトータルの売り上げを改善することができます。

農産物の生産量を1000としたときの価格と売り上げのシミュレーション。同じ生産量でも、商品グレードを細分化して、ニーズに合った価格と売り先をマッチさせれば、トータルの売り上げは上昇する。(図表提供:折笠俊輔氏)

いつでも買ってくれるけど安い値段の業者/納める時期・量は決まっているけど高く買ってくれる業者

あるいは、取引のスタイルで売り先を分けるという考え方もあります。たとえば、いつでも買ってくれるけど安い値段でしか取引してくれない業者と、事前契約で納期や納品量を決められているけど高く買い取ってくれる業者があったら、どちらか一方にするのではなく、両方と付き合ってリスクを分散する。ポートフォリオを組むということですね。

──新しい取引先とはどうやって出会うことができますか?

折笠さん:展示会や商談会が各地で開かれているので、参加してみるのがよいと思います。直接販売のECサイトやSNSがあれば、そこで出荷できる品目や量を表示していると、向こうから声がかかることもあります。

また、すでに独自に取引先を開拓している農家の知り合いがいれば、その農家からノウハウを聞いたり、業者を紹介してもらったりすることもできるかもしれません。

もちろん売り先が増えれば、その分、出荷調整の手間やコストがかかってくるので、それとの兼ね合いではありますが、十分に検討してみる価値があると思います。

見直しPOINT② 『商品価値』
~肥料、品種、苦労話……競合との違いや背景ストーリーで商品価値UP! 市場価格とは別の土俵で価格交渉へ

──これまでの取引先に値上げ交渉をするとき、あるいは、新しい売り先と価格交渉をするとき、どんなことに気を付けたらよいでしょうか?

折笠さん:「資材価格が上がっているから」という理由は紛れもない事実ですが、それだけでは不十分かもしれません。商品価値はそのままなのに価格だけ上がったら、消費者としては不満ですよね。逆に商品価値を上げれば、価格が上がっても不満にはつながらないということです。

──農産物において「商品価値を上げる」とは、どういうことですか? 有機など特別な栽培方法ではない場合も、価値を上げられますか?

折笠さん:「商品価値を上げる」というのは、他との違いを明確にする、つまり「差別化する」ということです。決して特別なことでなくてもかまいません。

たとえば
「昔からキャベツの栽培に向いている土地である」
「肥料設計にこだわっている」
「この地域ならではの品種である」
といったこともアピールポイントになります。

苦労話でもいいんですよ。「荒れ放題だった耕作放棄地を再生させました!」とか、「夫婦2人で家族に食べさせたい安心安全な野菜を作っています!」なんて、商品情報に書かれていたら、応援したくなりますよね。

あるいは、市場に出荷しているのと同じキャベツでも、近隣のスーパーなどで「朝採れ」と銘打って販売できれば、それだけで付加価値となり高い価格で販売できます。

他との違いや背景にあるストーリーは商品の「価値」であり、市場価格とは別の土俵で価格交渉を進める上で重要なポイントになるはずです。

見直しPOINT③ 顧客との関係作り
~一期一会のご縁を次につなげる心配り

──値上げとお客さんとの関係作りには、どんな関係があるのでしょう?

折笠さん:値上げをしても離れない「ファン」を作るということです。
ファンは安い・高いではなく、「この人から買いたい」という信頼や共感、応援の気持ちで商品を買ってくれます。SNSやYouTubeで畑の様子などを発信する農家さんも増えていますが、それは有効なファンマーケティングの一つですね。

──発信力がないとファンは作れませんか?

折笠さん:そんなことはありません。一回一回の顧客接点を大切にすることで着実にファンを増やしていけると思います。

たとえば、野菜を段ボールに詰めて送る時、一言手書きのメッセージを添えるだけで、売り手と買い手以上の「つながり」を感じてもらうことができます。対面販売での受け答えやメールでのやり取りなど、顧客を大切にしていることや喜んでもらいたいという気持ちを伝える機会はいくらでもあります。

──ここまでのお話を伺っていると、値上げは小手先でどうにかできるものではなさそうですね。

折笠さん:その通りです。そもそも価格を上げること自体は目的ではありません。
真の目的は、農業経営において利益率をきちんと維持・向上していくこと。値上げはそのための手段の一つです。さらなる成長のチャンスと捉えて、商品構成や営業戦略から見直すことをおすすめします。