マセラティ最後のV8モデルをイタリアの雪上でドライブ

自動車製造として最古級の深い歴史

新型グラントゥ―リズモの発表で、いま日本でも話題性の高いマセラティから、イタリアで雪上走行ドライブを楽しんでみないかという誘いを受け、イタリア北部に出掛けてみた。

【画像】イタリアの雪上をマセラティでドライブ!「マセラティ最後のV8」を堪能する(写真15点)

昨年ほどではないが北周りを避けた欧州航路はやはり感覚的にまだ遠い。今回オクタンとしては馴染みのあるロンドン・ヒースロー空港を経由し、英国航空BA便に乗り換えてミラノ・マルペンサ空港を目指す。そこからさらに陸路はショーファーの運転によるミニバンで約3時間強。海外から羽田に到着して、そのまま軽井沢や白馬を目指すような、ちょうどそんな距離感といったイメージであろう。道は比較的快適でヴィラデステのコンコルソで有名な南北に長いコモ湖の横を走り抜ける。徐々に標高が高くなってくると車外気温計が3℃を切ってスリップ注意の警告音が鳴った。

今回の宿はアルペンスキーワールドカップの会場にもなったスキーリゾートのボルミオ。北イタリアの別の呼びかたとしてバターニアとも言われるこの辺りは、もともとオーストリア。チロル地方の影響を大きく受けており、建物はどれもそれらしくて可愛らしい。

今回いただいた取材日程はまさに弾丸ツアーであるが、マセラティ本社が食事や対話など温かいコミュニケーションに大きく時間を割いてくれていたのは嬉しい限りであった。

製品コミュニケーション責任者をはじめ数名の開発首脳陣、そしてインストラクタースタッフがホテルのレストランで出迎えてくれ、食前酒とフィンガーフードで長旅の労いをいただいた後に、ほかの国からのジャーナリストとともに20人弱で一つのテーブルを囲みディナーを楽しむ。暖かい食事と美味しいワインで話が弾む。もちろん他の自動車ブランド取材の場合でも同様の晩餐会はほぼ必ず催されるのだが、ジョークを交えたフランクな雰囲気の中、環境論や組織論から世俗の四方山話やプライベートなことまでを、ゆったりとした時間の中で話ができる親しみ深いもてなしには心が和む。明るく気のいい親戚の家に遊びに来たような、そんな錯覚を覚えてしまった。マセラティという歴史ある企業は、実はそんな一面をもっているのだ。

2025年までに全モデルに電動タイプを設定する流れ

さて、今回の取材の最も大きなテーマは、マセラティ社としてこれが本当に最後となるV8エンジン搭載車を試すことである。ご存知の通りこのエンジンはマセラティとフェラーリとの共同開発体制を取ってきたもので、その製造はフェラーリで行われている。エンジンブロックを含めた基本構造は同じながら、マセラティ専用にチューニングが施されている。世界的なSDGsの方向性のなか、この魅力あるV8エンジン搭載する車が、マセラティとして最後のデリバリーになるということだ。残念ではあるが、逆に言えばこの車は実に貴重である。

マセラティ最後のV8エンジン搭載車として用意された車種はふたつ。

ひとつはマセラティギブリ334 ウルティマ。グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード 2023で披露されたことを記憶している方も少なくないであろう。エンジンは従来型よりパワーアップされた580馬力仕様となっており、最高速度が334km/h(従来は576馬力では326km/h)のポテンシャルが用意されている。0-100 km/h 加速を 4.3 から3.9秒に改善されている。このパフォーマンスを実現するためにマセラティギブリ334ウルティマには特別な新しいパフォーマンス タイヤが装着されている。ちなみに334の下2桁の数字「34」は、マセラティ社の特別注文フォーリセリエの礎ともなったマセラティ5000GTの総生産台数34台に因んでいる。その34台のうちの1台はペルシャ国王に納められ、その車の歴史的かつ魅力的なボディカラー「ペルシャ・ブルー・シェード」が、この334には施されているのだ。またV8 エンジンを搭載した最初のマセラティである 1959 年 5000 GTペルシャのコードネームは103であり、この記念すべきプロジェクトの限定生産台数103台は、この数字に因んだものだ。

特別なボディカラーのほか、空力性能を向上させるスポイラーほかカーボンファイバー素材が細部に使用されている。ロッソ・ルビーノという深みのある赤で塗られたウルティマのロゴマークがマセラティを象徴するトリプルサイドエアベントの上部に配置される。グレーの21インチスポークホイールにもロッソ・ルビーノがアクセントとして取り入れられ、マットダークグラファイト製のセンターキャップも新鮮だ。

一方、インテリアは正統なクラシックである。アルカンターラ素材のシートはペール・テラコッタとブラックのカラーリングで装飾され、フロントヘッドレストにはトライデントと334の刺繍が用意されている。崇高なV8エンジンによって駆動されるエレガントなスプリットが、このウルティマに宿っているようなデザインだ。

もうひとつはマセラティのフラッグシップSUVであるレヴァンテをベースにしたレヴァンテV8ウルティマである。エクステリアの特徴はフェンダーにペイントされた V8 Ultimaのロゴと、こちらもルビーノカラーが施された22インチの特別なホイールである。レヴァンテトロフェオと同様、V8ウルティマ エディションにはカーボン製のエクステリアキットが標準で装備されており、フロントとリアのバンパーおよびサイドスカートもカーボンファイバー製となっている。

レヴァンテ V8 ウルティマのインテリアは、黒いシートを包み込む淡いテラコッタレザーコンポーネントが特徴的。V8 Ultimaのロゴがヘッドレストにステッチされており、大きなパノラミックサンルーフから差し込む光と、カーボンファイバー素材がスポーティーさのマッチングが心地よい。レヴァンテV8ウルティマは、ネロ・アッソルトと鮮やかなブルー・ロワイヤルの2つのボディカラーが用意され、各モデル103台の世界限定販売となる。

マセラティ社としては8気筒エンジンを搭載したモデルは10万台を超える、伝統的なユニットであった。その高いパフォーマンスと紛うことなきサウンドへの畏敬の念を込めたラストダンスという意味合いがこの二つのモデルには込められている。

ボディ剛性の高さが際立つ

今回のウインターテストな大きく分けて3つ。

宿泊地ボルオからアイストラックの用意されるリヴィーニョまで約40kmの往路と復路。そして特別に用意されたアイストラックでの走行である。事前情報に比べて気温は高め。標高約1200mのボルミオ出発時には3℃程度。そこから片側1車線のワインディングを上り続け標高2000m超のリヴィーニョではマイナス2℃くらいになっていた。限定販売となるマセラティギブリ334 ウルティマとレヴァンテ V8 ウルティマのほか、日本でもローンチされたばかりのグラントゥーリズモやクワトロポルテなど、多くのV8エンジン搭載車が用意され、ジャーナリストは分乗して運転を交代しながらリヴィーニョを目指す。僕はラッキーなことにマセラティ本社の若手スタッフとの移動になったため、往路はずっと運転をすることができた。前日のディナーでも隣に座ってくれた方で話は弾み、変わりゆく景色を眺めながら南北に長いイタリアの地形のユニークさとそれによる文化の違いなど、ガイドブックさながらの話を聞きながらの運転は楽しいものだ。ややもすると海外取材はただ飛行機に乗って試乗をして帰ってくる体験にとどまりがちであるが、彼はよくマセラティのことを知っており、また尋ねたことにはほぼ正確に何でも答えてくれるから余計に気持ちがよかった。

履いていたタイヤは、日本のスタッドレスタイヤよりグリップの低いスノータイヤのような感覚。ていねいにアクセルとブレーキを踏まないと結構簡単に滑ってしまうので、狭いコーナーが続くところではより細やかな制御を心掛けた。当然エンジンのパフォーマンスを出し切ることは出来るはずもないのだが、それでも軽くアクセルを踏み込んだ時の力強いトルク感と野太いエンジンサウンドには心癒されるものがある。

出発前にインストラクターから「途中に関所のようなポイントがあるので、そこではにっこりと笑え」との指示があったが、やがてその意味がわかった。リヴィーニョはスイスとの国境に位置する四方を山に囲まれている。町に通じる道路もたった3本しかなく、しかも一年の半分くらいは雪に閉ざされるらしく、かつては往来も非常に困難であったらしい。そんな地理的な特殊性から古くから免税の措置がとられてきた土地であり、今もイタリアのVAT(付加価値税)が免除されるいわゆる免税地域となっている。さっきまでガソリン価格の看板が1.97ユーロだったものが、いきなり1.25ユーロに変わり驚いたのが、まさにリヴィーニョに到着したというポイントであった。ちなみに1リッターの価格である。もちろん日本のガソリン価格よりもはるかに高い。

リヴィーニョに用意された特設アイストラックは決して広くはなかった。ストレートは200mもなく、適度にツイスティなコーナーの連続と大きなヘアピンの組み合わせであった。慣熟走行の後、すべての車種を乗り比べられるように順に乗り継いでいく。まずはトラクションコントロールをONのままで、周回を繰り返して慣れてくればOFFにしても良いという指示のもと走り始める。最初に乗ったのはギブリ。ギブリはこのコースにはマッチするボディサイズであり、アクセルを踏み込んだときに後輪から押し出される感覚がよくわかった。このインプレッションはドライよりも雪上のほうがより強くわかるのかもしれない。これだけの大パワーでも破綻することなくアクセルを踏んだ分だけハンドルを切った方向に進んでくれる。

その後、クワトロポルテ、レヴァンテ、そしてグラントゥーリズモと乗り継いだ。気温が比較的高かった(と言ってもマイナス3℃程度)ため、かなりあっさりとトラックはミラー状態になり、テスト最終にはトラクションコントロールOFFでは発進も難しい状態になってしまった。ドライビングテクニック的に完全に乗りこなしたとは到底言えない速度域での試乗ではあったが、まず全般的に感じたのがマセラティ車すべてに共通するボディ剛性の高さである。有り余るパワーを制御するとき、ブレーキもさることながら最も大事になるのがしっかりとしたボディであることは自明。雪道で車が思ったように曲がらないとき、これはかなり恐ろしい。そんなときに逆にアクセルを踏むことで態勢を整えることが出来るのは立派なボディがあってこそ、である。多少のギャップがあってもミシリとも言わないボディには安心感があり、これだからマセラティのオンロードでの走りが楽しいわけだ、と妙に納得をしてしまった。

ランチを済ませてリヴィーニョからボルミオへの帰り道。今回は3人でレヴァンテ V8 ウルティマに乗ることになった。運転を交代しつつ後席の快適性も確認してみた。もしこの車でウインタースポーツに行くとしたら、ファミリーや友人同士でとなるに違いない。心地よいサウンドと、そして質感の高いインテリアデザインに身を包まれてゆったりとした時間を過ごす。電動化の必然ももちろん理解したうえで、このV8エンジンがマセラティとして本当に最終モデルになってしまうことは残念ではある。でもその価値は、時代が変わったとしても高く残り続けることは間違いない。

文:堀江史朗 写真:マセラティ

Words: Shiro HORIE Photography: Maserati