普通校の子どもたちが車いすバスケットボールをプレーする。全国的にも珍しい、そんな大会が福岡県北九州市で毎年開催されています。

2023年11月9日~10日に行われた「第18回北九州市小学生車いすバスケットボール大会」。市内の小学5年生の子どもたちが参加し、6月ごろから普段の授業の中で車いすバスケットボールを練習。11月の大会で、磨いてきたプレーとチームワークを発揮します。

大会を通して、車いすバスケットボールに取り組んできた子どもたちは、そこから何を学び、どのような気づきを得るのでしょうか。今回の大会に参加した4校にお話を伺いました。

見事なプレーとチームワークを見せる子どもたち

北九州市小学生車いすバスケットボール大会は、2023年で18回目を数える歴史ある大会です。大会のエントリー枠は5校(チーム)で、毎年参加希望の小学校を募り実施しています。2023年は、北九州市立大蔵小学校、北九州市立大原(おおばる)小学校(2チーム)、北九州市立小森江小学校、北九州市立城野(じょうの)小学校の4校5チームが出場しました。

出場する学校の子どもたちは、1学期の6月ごろから、大会運営事務局の田中八恵さんを始めとするスタッフの皆さんの指導を受けながら、総合的な学習の時間などを活用して練習を重ねていきます。

練習から何度も乗って親しんできた競技用車いすの後ろには、子どもたちが書いたメッセージが

1回限りではなく、スポーツとして一生懸命に取り組んできた子どもたちの晴れ舞台が、11月の大会本番。選手交代をしながら、1試合の中で必ずチーム全員がコートでプレーします。プレーを見た瞬間に、車いすを動かす操作の巧みさやスピード、周りを見てチームメイトと声をかけ合い、協力する姿に驚かされます。

あらゆる場面から子どもたちが重ねてきた努力やひたむきさを感じられますが、車いすバスケットボールをうまくなることだけが、この大会の目的ではありません。見事なプレーの裏には、子どもたちの大きな学びと成長があります。

子どもたちの間に生まれた声のかけ合い・伝え合い

優勝を掴んだ城野小学校5年生の皆さん

総当たりのリーグ戦の成績上位2チームによる決勝戦を制し、優勝に輝いたのは城野小学校でした。大会参加を希望し応募を続けていた同校は、一昨年は抽選漏れ、昨年は当選し出場権を得て練習に励んでいたところ、大会直前に生徒が体調不良となり無念の辞退となっていました。今大会は惜しくも練習の成果を発揮することができなかった、現6年生の思いが詰まったバトンを受け取っての参加でもあったのです。

昨年出場を断念した現6年生の担任だった小西先生(城野小学校)。現6年生の想いを胸に健闘する児童たちを嬉しそうに見守ります

「去年悔しい思いをした生徒たちの気持ちも持って、今年の5年生たちはこの大会に出てくれたので本当に嬉しかったですね。この子たちが3年生のときに僕は担任をしていたという関係でもありますのでなおさらです」

そう喜びを話してくれたのは、昨年出場を叶えることができなかった5年生の担任だった小西隼平先生。

現5年生の担任を務める西村美樹先生は「子どもの振れ幅、成長というのは本当に凄いと思います」と、目を細めます。車いすバスケットボールの技術面はもちろん、より驚いているのは内面の成長でした。特に西村先生を驚かせたのはある一人の児童の変化です。

「前に出るのを嫌がる内気な児童だったのですが、車いすバスケをすることで自分の意見をハッキリと友だちに言うようになりました。この子が一番大きく変わりましたね」

クラスの児童たちと次の試合に向けて作戦会議を行う西村先生(城野小学校)。車いすバスケットボールを通じて、団結力は大いに高まりました

1学年1クラスの単学級で、1年生からずっと同じクラスメートで学校生活を送ってきた城野小学校の5年生。そうした中で、子どもたちの中には相手に対してもう一歩踏み込めない雰囲気があったそうです。それが車いすバスケットボールの練習や試合を通じて男子、女子関係なく声をかけ合い、互いに意見を出し合うことが増えたと、西村先生は振り返ります。

学校が統合された初年度、クラスをひとつにした車いすバスケットボール

今年、小森江西小学校と小森江東小学校の2つの小学校が統合され開校した小森江小学校。旧西小、東小時代にも大会参加経験があり、この良き伝統を受け継いでいこうという思いで、「小森江小学校」としては合併初年度も参加することになりました。

2つの小学校が統合したばかりで苦労もあったが、車いすバスケットボールを通してクラスが一つになっていく変化を感じることができたと話す浦中先生(小森江小学校)

ただ、2つの小学校の生徒が1つのクラスになったばかりとあって、練習開始当初はチームワークや車いすバスケットボールへの向き合い方で難しい面もあったそうです。しかし、練習を重ねる中で明確な変化があったと、担任の浦中孝徳先生は語ります。

「最初、子どもたちはなかなか自分から声を出すことができませんでした。でも、次第にプレー中に声をしっかりとかけ合って、自分たちでクラスを盛り上げていけるようなりましたね」

子どもたちに激励を送る武本教頭先生(小森江小学校)。先生も子どもたちも一生懸命に車いすバスケットボールに打ち込んできました

また、熱心に応援する姿が印象的だった同校の武本篤教頭先生は車いすバスケットボールから学ぶチームワークとクラスの向上についてこう振り返ります。

「学校での練習に指導に来ていただいた田中八恵先生が、技術指導を通じて、なぜ一人ではできないのか、なぜチームとして取り組む必要があるのかということを粘り強く伝えてくださったおかげで、この子たちもしっかり取り組むことができたのかなと考えています。目に見えないものではありますが、学級の学習に取り組む雰囲気も、車いすバスケをしなかったらここまで改善が見られなかったのではないかと感じています」

プレーを通じて育まれる、相手を思いやる気持ち

体験から芽生えた思いやりの気持ちは自然と行動に

車いすバスケットボールを始めてからのクラスの雰囲気、また自分たちの変化については、子どもたち自身が強く感じています。試合後、各学校の子どもたちはさまざまな声を聞かせてくれました。

「みんなで助け合ったり、声をかけてクラスが良い方向に行っていると思います。今まであまり話さなかった子とも友だちになれました」(大蔵小学校5年生)

「チームで団結するとか、思いやりとか。クラスの仲は以前よりも良くなったし、変わってきたと思います」(大原小学校5年生)

「チームワークが増えて、どんどん友だちとの関わりが増えたと思います。車いすバスケを始めてからクラスの雰囲気がちょっと良くなってきたかな」(小森江小学校5年生)

また、ある生徒が話してくれた以下のような感想も印象に残ります。

「車いすだと思うように早く動けないし高さや視点も全然違うから、相手の立場になって、相手がもらいやすいパスとかを考えたりした。そこから思いやりの心を学びました」(城野小学校5年生)

「車いすバスケットボールを教わる中で学んだことは?」という問いに、子どもたちからの答えとして口々に発せられたのが「思いやりのパス」という言葉。技術指導者として全小学校の子どもたちと関わってきた田中八恵さんが伝えてきたことです。車いすに乗り、思うようにいかないことを体験する中で芽生える、相手のことを思いやる気持ち。練習を重ねる中でそうした気持ちを育み、受け取る相手のことを思って放たれるようになったボールは、パスを受けた相手にも優しさを伝えているのでしょう。プレーと共に、普段の何気ない行動も自然と変わっていきます。

子どもたちの中に入って懸命に声援を送る縄田先生(大原小学校)

「声を掛け合う姿もそうですが、試合に負けても『大丈夫』『今の良かったよ』と子どもたち同士が応援する姿が増えてきました。友だち、人にやさしくなったなと凄く実感しています」

準優勝だった大原小学校5年1組の担任を務める縄田美菜先生によると、子どもたちのやさしさや思いやりの心はクラスメートに対してだけでなく、障がいのある人も含めて周囲にも向けられ始めています。今大会中にもこんなことがあったと、縄田先生が教えてくれました。

「車いすの人が窓の外に見えたからドアを開けに行ったよと、子どもたちが教えてくれました。また、会場の中で散らばっていた車いすを生徒がきちんと並べているのを係員の方が見てくれて、褒めていただいたんです。車いすバスケを通じて、一人ひとりの意識が上がってきているなと感じましたね」

プレーを通じて自分ごととして「障がい」を考える

車いすバスケットボールの面白さや魅力、そしてパラアスリートへの尊敬や憧れも子どもたちのモチベーションになったことでしょう

パラスポーツのひとつである車いすバスケットボールに取り組むことは、子どもたちが「障がい」について考える機会にもなります。子どもたちに尋ねると、

「(自分で)車いすに乗ると、(普段の生活の中で)不便なこと、大変なことが多いということが分かりました」(城野小学校5年生)

「スロープやエレベーターをつけて、車いすでもどこでも行けるようにしたい」(大蔵小学校5年生)

と、自分自身がひとりのユーザーとして車いすを扱う経験を得たことで、より自分ごととして障がいについて捉えるようになったことが伺えます。

車いすバスケットボールに長く親しむ中で、車いすユーザーの生活にも子どもたち自身が思いを馳せるようになります

もう一つ、子どもたちの話を聞いて印象に残ったのは、「パラアスリートはすごい」「選手はカッコいい」という声、そして、車いすバスケットボール以外のパラスポーツにも興味が出てきたという声があちこちから聞こえてきたことです。

「車いすバスケットボール用の車いすの操作は自分たちには難しかったけど、選手は上手ですごいと思いました。バスケ以外にも車いすを使うスポーツをやってみたい」(大原小学校5年生)

「車いすだけじゃなく、視覚に障がいがある人は大変だなと思うけど、ゴールボールとかブラインドサッカーを見るとカッコいいなと思うし、しっかりと前に進むことができてすごいなと思います」(大蔵小学校5年生)

保護者が心をこめて作ってくれたメガホンを手にしながら、子どもたちの成長に目を細める永島先生(大蔵小学校)

子どもたちが車いすバスケットボールから多くのことを学び、新たな発見を得た一方、そうした子どもたちの純粋な視線、考えからは私たち大人が学ぶことも数多くあります。「子どもたちの本気の姿勢からたくさんのことを学びました」と振り返った大蔵小学校5年生の担任を務める永島誠也先生は、子どもたちにこんな“将来の大人像”を託します。

「人を見た目で判断せずに、まずは関わってみて、その人のことを知ろうとすることを大事にしてほしいなと思います。これからの多様性の時代、中身が大事だと思いますから、その人のことをしっかり知ろうとする大人になってほしいです。子どもたちはもともと見た目で判断するようなことはあまりなかったのですが、この大会を通じて、より一層それが進んだかなと思います」

子どもたちの大きな一歩、変化のきっかけに。大会が残す財産

これほどまでに熱くのめり込む経験、それは生涯忘れることのない経験となるでしょう

小学生である今の時期に車いすバスケットボールを経験したことで、これからの生き方における一つの指針のようなものが生まれた生徒もいるかもしれません。プレーする子どもたち以外にも、この大会を通じてたくさんの北九州の子どもたちが車いすバスケットボールに触れています。

11月10日の開会式では、この日小学生大会の決勝に臨んだ城野小学校と大原小学校の生徒のほか、プラカードベアラーの子どもたちもアリーナに

11月10日に行われた国際大会「北九州チャンピオンズカップ」と国内8ブロックから選抜選手が参加する「全日本ブロック選抜大会」の開会式では、小学生がエスコートキッズとしてプラカードを掲げ各チームを誘導。会場となった北九州市立総合体育館の観客席には、招待された市内の幼稚園・保育園、小・中学校の生徒たち約3000名が詰めかけ、選手が見せるプレーの一つひとつに大きな声援を送っていました。

大会前から心を込めて準備してきたことが伝わる応援メッセージ

さらに、会場を見渡すと、小学生の手作りによる各国代表チーム応援幕が壁面にびっしりと飾られ、スタンドの小学生と各国代表チームが即席のサイン会、記念撮影会で交流しているシーンも多く見られました。障がいの有無、国籍の隔たりも何もなく、全員が一体となって車いすバスケットボールを盛り上げる熱気でいっぱいでした。

応援する国の選手達を懸命に応援し、積極的に声をかける児童たち

スタンドから声援を送った小学生の中には、この日初めて車いすバスケットボールを見た子どもたちも多かったことでしょう。プレーや観戦を通じて、この日見た光景、感じた空気がその子の中でずっと残っていき、これからの人生、社会を歩む上での大きな一歩、または変化のきっかけになる――大会で子どもたちが見せてくれた姿は、この大会が残す大きな財産を物語っています。これからもそんな大会であり続けてほしいと強く思いました。

text by Atsuhiro Morinaga(Adventurous)
photo by Haruo Wanibe