「君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな」は、小倉百人一首の50番目として選出されている有名な恋の和歌。作者は美男として知られていた藤原義孝です。
本記事では「君がため惜しからざりし…」の歌について、現代語訳と詳しい意味や理解のポイント、読み方を紹介。決まり字や出典の『後拾遺和歌集』、作者の藤原義孝についても解説します。
百人一首50番「君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな」とは
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
早速、この歌について細かく解説していきます。
ひらがな(読み方)
きみがため を(お)しからざりし いのちさへ(え) ながくもがなと おもひ(い)けるかな
現代語訳・意味
あなたに逢うためなら、たとえ捨てても惜しくなかった命でさえ、
(あなたとの逢瀬を遂げた今では)できるだけ長くあってほしいと思うようになったよ。
解説・理解のポイント
この歌は、作者の藤原義孝から、恋の相手に贈られた後朝(きぬぎぬ)の歌です。
後朝とは、男女が一夜を過ごした後の、別れの朝のことです。そして男性は女性の家から帰った後に、和歌や手紙を使者に持たせて、女性に送る風習がありました。現代でもデートの後に「昨日は楽しかったね」「会えてうれしかったよ」などとLINEやメールを送ることがありますね。
これを念頭に、もう少し細かく分解して見ていきましょう。
君がため
「君」は現代だと同等、または目下の相手を呼ぶときに使うことが多いですが、古文では親愛の気持ちを持つ相手に使います。「君がため」で、「あなたのため」「あなたと逢うため」ということを意味しています。なお「君」は天皇や主君、貴人などを意味する場合もあります。惜しからざりし
「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形、「し」は過去を表す助動詞「き」の連体形です。「惜しからざりし」で「惜しくはなかった」という意味になります。長くもがな
「もがな」は、「~があったらなあ」「~だったらいいなあ」といった意味の、願望を表す終助詞です。「長くもがな」で「長くあってほしいなあ」という意味を表しています。思ひけるかな
「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形です。そして「かな」は「~だなあ」と、詠嘆の意味を表す終助詞です。そのため「思ひけるかな」で、「思うようになったなあ」と、自分でも感じ入っている様子を表しています。
つまりこの歌は、「この思いが叶うのならば死んでもいいと思っていたのに、いざ思いが叶ったら、今度はもっと一緒にいたいから長生きしたいと思うようになった」という、情熱的でピュアな歌です。一夜にしてより思いが強くなり、人生観が変わるほどの激しい恋ということでしょう。
決まり字
決まり字は「きみがため を」で、六字決まりです。
小倉百人一首には、五文字目まで一緒の「君がため 春の野に出でて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつつ(光孝天皇)」が別途、15番目の歌として選ばれているため、六文字目まで聞かないとどちらか判断できないのです。
百人一首の一覧 - ひらがなや作者、かるたのルールや決まり字も解説
出典は『後拾遺和歌集』
「君がため惜しからざりし…」の歌は元々、『後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう、後拾遺集とも言う)』の恋の二、669に収録されていた歌です。
『後拾遺和歌集』は平安時代後期に、白河天皇の命により編さんされた勅撰(ちょくせん)和歌集です。
分類は春(上下)、夏、秋(上下)、冬、賀、別離、羇旅(きりょ)、哀傷、恋(一~四)、雑(一~六)となっています。
和泉式部など女性の歌人の進出が目立ち、また華麗で叙情的、かつ新しい表現への意欲も見られる和歌集といわれています。
作者の藤原義孝とはどんな人?
藤原義孝(ふじわらのよしたか)は平安時代中期の歌人で、中古三十六歌仙の一人。官人でもあり、右少将も務めました。
彼の父は、同じく小倉百人一首の45番目として選ばれている歌の作者、謙徳公(けんとくこう/藤原伊尹)です。
藤原義孝は兄の挙賢(たかかた)とともに美男として名高く、道心の深さでも有名でしたが、当時流行していた天然痘にかかり、わずか21歳の若さでその生涯を閉じました。
和歌は、熱い思いを伝えるためのラブレターでもある
和歌は、五・七・五・七・七という短い文字数の中に、さまざまな思いが込められています。
自然の美しさを賛美したり、機知に富んだ掛け合いを楽しんだりするのに使われることもあれば、「君がため惜しからざりし…」の歌のように、自分の気持ちをロマンチックに伝える恋文に使われることもありました。
競技かるたやテスト対策として、百人一首の暗記に挑戦してみようとしている方もいるかもしれません。その場合はただ字だけを覚えようとしても難しいので、このように一つ一つの言葉の意味を理解して、自分なりにどう思うか考えてみると、覚えやすいかもしれませんね。