トレックは3種類のレーシングバイクをラインナップするが、その原点となるのが《マドン》シリーズである。トレックが大きく躍進した理由の1つは、後にドーピング問題で永久追放になったが、L・アームストロングとともに輝かしい戦績を残したからだ。

マドンとはフランス南部、ニースに程近い場所にある峠“Col de la Madone”から命名されたもので、アームストロングが自分のコンディションを測るときに好んで走っていた峠から名づけられた。
トレックはマドンの他に、ヒルクライム用の軽量バイク《エモンダ》、高い快適性を誇るエンデュランスバイク《ドマーネ》があるが、どちらの車名もマドンのアナグラムである。

初代マドンが発売されたのは2004年、最新モデルは2023年モデルで登場し7世代目となる。マドンの20年を振り返ってみれば、それはそのままロードバイクの進化の歴史だと言っても過言ではない。
ヨーロピアンロードがアメリカンロードの後塵を拝するようになり、アメリカンロードのトップランナーとして、トレックやマドンの存在は予想だにしなかった地位を築くようになった。

最新モデルからすると微々たるもので笑ってしまうが、トップチューブ、ダウンチューブ、シートチューブの形状に空気抵抗を低減するデザインを持ち込んだのが初代マドンである。
7世代目の今作では風洞実験室や数値流体力学(CFD)ソフトウエアを用いてデザインした、シートチューブの上端の大きな開口部のIsoFlow(アイソフロー)がアイコニックな存在となっている。

■より軽く、よりエアロ

新型マドンに強い個性を与えたIsoFlowの効果は、旧型比で3Wほど。見た目ほどの効果を上げていないが、シートチューブをしならせて快適性を向上させる前作のIsoSpeed(アイソスピード)の調整機構を多くのライダーが使っていななかったことを思えば、不要なものを手放した上での3Wだと思えば、やはり、ありがたい。

  • 空力性能を向上させるIsoFlowはGen7のアイコン

  • 旧型と同じOCLV800シリーズを採用し、軽量モデルのÉmondaの開発で培われた積層技術が使われている。

だが、エアロよりも分かりやすい変化を遂げたのは軽量化である。旧型のSL Gen6比で300gも軽くなっている。これは進化の余地が少なくなりつつあるハイエンドモデルとしては、大きな数字だ。
しかもGen6 と同じカーボン素材(OCLV800)を用いつつ、明確に性能を向上させているのだから、エンジニアリングレベルが高くなったということだ。

■快適性の高いハイエンドロード

試乗したのはマドンシリーズの最上級モデル《SLR9 AXS Gen7》。コンポはスラム社の最高級モデル《RED eTap AXS》で、フロント2枚、リア12速の無線シフトを搭載し、ペダル踏力をモニタリングできるパワーメーターも標準装備だ。

188万890円もすれば、性能は良くて当然。悪い方がニュースだろうが、マドンの軽快感はライバルと比べても卓越している。フリクションロスがなく、最小限の力で前に進んでいく感じは抜群に気持ちよく、高いプライスタグにも納得の出来映えだ。

中でも路面の細かな振動を素早く抑えた、フラットな走行感は秀逸だ。これはフレームに使われている弾性率の高い素材もさることながら、オリジナルタイヤの《ボントレガー・R4》とエアロホイール《ボントレガー・アイオロスRSL51》との相性も小さくない。しかも、この乗り心地の良さを25Cタイヤで実現しているのは、さすが最上級モデルである。

もう少し大きな入力(振動)に対しては、ダイヤモンド型のフレームから突き出たシートマスト部だ。このサドルにつながる部位が絶妙に動いてフラットな走行感を作り出している。
シートマストがしなりがあるから25Cを使えるのか、R4が優れているから可能になったフレームのチューニングなのかは分からないが、タイヤ幅を25Cに抑えつつライバルと同等以上の快適性を誇る。ということは、タイヤが軽い分だけ加速感に優れる。これはレーシングバイクにとってアドバンテージに他ならない。

  • 一目でマドンと分かる個性的で美しいシート部。

コンポの選択については意見が分かれるだろうし、シェアから考えてもシマノ搭載モデルほうが売れ筋であることに間違いない。だが、スラムにはスラムの良さがある。
変速スピードやブレーキ性能はシマノに敵わないが、右のレバーを動かせばチェーンも右に、反対も同じように動く操作性は初心者にとって分かりやすいし、ベテランのライダーでも好む人がいるのも納得の出来である。

触れるのが最後になってしまったが、Gen7の秘密兵器は一体型の専用ハンドルだ。旧型比で150gも軽量化され、形状もユニークだ。コントロールレバー部を絞り込み、ハンドル下側はエンドに向かってフレアする。   また、上部(アッパー)は他社の1ピースハンドルが前に向かって弧を描くのに対し、トレックは手前側にオフセットする形状とした。このハンドルは空気抵抗に優れるだけでなく、握った感じや振動減衰など快適性が高い。

新世代のマドンはアグレッシブなスタイリングと違って、トータルで言えば快適性が魅力の中心にある。IsoFlowの効果は3Wほどだが、完成車としてデータをとれば、Gen6と比べて時速45㎞のときに19Wも空力性能に長けている。

その差はパッと乗って体感できはしないが、「1時間走れば時速35㎞で59秒、時速25㎞では58秒も速く走れる」という。この差はインパクトのある差だ。

安くはない。しかし、個性的なスタイリング、美しいフレームカラー、そして、優れたパフォーマンスの3つを備えており、現代を代表する高級車に相応しい実力を有した一台である。

文・写真/菊地武洋