2023年を代表するドラマとして国内外で注目を集めたNetflixの大ヒットドラマ『サンクチュアリ-聖域-』が、昨年12月、アジア圏最大級のコンペティション「Asian Academy Creative Awards」のBEST SCREENPLAY(脚本賞)にて最優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げた。今回は授賞式登壇のためにシンガポールを訪れた脚本家の金沢知樹氏にインタビュー。配信から半年経ち、今の金沢氏が感じていること、そしてうれしかった反響とは。「“いい作品”とは何か」という定義にたどり着いたという金沢氏の脚本家としての転換期や、今後の展望についても話を聞いた。
お笑い芸人や漫画家にも愛された『サンクチュアリ』
――『サンクチュアリ』には、芸人さんや漫画家さん、業界の方々からもたくさんの反響がありましたね。
めちゃくちゃうれしかったです。芸人さんでは、ダウンタウンの松本(人志)さんや浜田(雅功)さん、東野(幸治)さんも見てくれたようで。何度か会ったことのある有吉(弘行)さんも、ラジオで「金沢くん、頑張ったなぁ」と話してくれていたと聞きました。ただ、僕が知る限り一番最初に「面白い」と反応してくれた芸人さんは、ライスの関町(知弘)さん。映画『サバカン』のときも早かったんですよね。お会いしたことはないのですが、僕も関町さんがすごく好きなのでうれしかったです。漫画家さんでは、弘兼(憲史)先生や奥浩哉先生にも見ていただけました。奥さんは『サバカン』がすごく好きで……ちょっと、自慢していいですか?
――もちろん!
僕は本当に奥さんの漫画が大好きで、めちゃくちゃ影響を受けたんです。市井の人々の台詞を描くのがすごくリアルでお上手。そんな奥さんとお会いできることになって。サインをもらいたいなと思いながらも、初対面なのに失礼かなと、コミックスを持っていかなかったんです。いざ会ってお話しすると、本当に楽しくて……そしたら帰り際に奥さんが「金沢さん、サインしてくれませんか?」ってサバカンのDVDを出してきてくれて! 一緒にいたNetflixの坂本さん(坂本和隆プロデューサー)も「えっ! 奥浩哉が金沢知樹に!」って驚いてました(笑)。震える手でサインしましたね。めちゃくちゃうれしかったです。
「本当に自分が書きたい作品」の執筆を中心に
――素敵なエピソードですね! 『サンクチュアリ』が配信されて半年が経ちましたが、改めて今感じていることを教えてください。
『サンクチュアリ』のおかげで、いろいろな状況が変わりました。今日シンガポールに来られていることもそうですし。ただ、1つの作品でこれだけ世界が変わるのは恐ろしいなと。それだけ人の気は移ろいやすいということなので。
――手のひらを返されることもあるんじゃないか、という不安でしょうか。
でも、僕は脚本家になりたくてなったわけじゃなく、芸人やってダメで、構成作家やってダメで、舞台作家やってダメで、風俗ライターやって……それはダメってことはなかったけど(笑)、流されてここにたどり着いたんです。だからいつやめてもいいという思いもあって。だからこそ大胆に、そのとき自分が面白いと思うこと、やりたいことに挑戦できたらいいなと思います。
――その“やりたいこと”とは。
働くうえでは、どうしても“しなくちゃいけない仕事”があるじゃないですか。でもそれとは別に“自分だからこそ、やるべき仕事”もある。しなくちゃいけない仕事がどうしても勝っちゃうんですけど、いずれは“自分だからこそ、やるべき仕事”が上回ってほしいなって。僕にとってそれは、本当に自分が書きたい作品を執筆すること。具体的に言うと、家族のことですね。母ちゃんやばあちゃんのこと、昨年亡くなった父ちゃんのこと、家族の形はそれぞれだから、僕が自分の経験から生み出す家族の物語なんて、絶対に自分にしか書けない。自分だからこそやるべき作品作りを中心に据えて、執筆活動ができればと。
母に言われ続けた「人様のおかげ」「皆に感謝しなさい」
――お母さまは、『サンクチュアリ』の成功を褒めてくれていますか。
母ちゃんはずっと「人様のおかげだから。あんたの力なんてまったくないんだよ」と言い続けている人で、全然褒めてくれないんです。外では褒めてくれているらしいんですけどね。「皆に感謝しなさい」といつも言われますし、僕もその通りだなと感じています。
――お父さまは昨年亡くなったとのことですが、どんな方だったんでしょうか。
本当にロクでもない親父だったんですよ。女作って逃げて。で、母ちゃんが探偵を2人雇って、2日で見つかるという。探偵ってすごいんだなと思いました(笑)。面白い人でしたね。
――すさまじいエピソードです(笑)。そんな家庭で育った経験も、金沢さんの原点になっているんですね。
なっていると思います。家は貧乏でしたが、家族の絆は深くて、振り返るとめちゃくちゃ幸せだったなって。以前、ドブのような人間たちの恋愛を描いた『ドブ恋』というコメディ舞台を上演したことがあるのですが、客席を見ていると、ある男のお客さんは爆笑しながら見ていて、ある女性のお客さんは泣きながら見ていたんです。その2人を見比べたときにハッとしました。誰かを笑わせようとせずに笑わせて、泣かせようとせずに泣かせたら、それこそがいい作品なんじゃないかって。
――まったく同じ作品でも、人によって喜劇にも悲劇にもなることがある、と。
作品をキャッチする側がどう感じるかは、その人がどう生きてきたかで変わりますよね。だからこそ、自分が楽しい、面白いという、自分の感覚だけで書いていこうと。“自分だからこそ、やるべき仕事”は何なのかと考え始める、自分の中での大きな転換期になりました。