自然な栽培で作る見た目よりも味

多くの子供たちのヒーローである「ウルトラマン」を監修した円谷英二(つぶらや・えいじ)氏の出身地であることから、ウルトラマンを生かしたまちづくりをする福島県須賀川市。この地域で10代にわたって農業を営んできた薄井農園は現在、リンゴやコメ、加工品を生産・販売しています。

リンゴは、1.5ヘクタールの畑で10種類にも及ぶ品種を化学農薬を使用しない方法と一切の農薬を使用しない栽培の2種類で生産。科学を使用しない栽培では、樹を健全に育成するためだけに有機JAS認定の有機農薬のみを使用しています。

薄井農園のリンゴ

リンゴにストレスを与えない自然な栽培を41年前から採用しているのも特徴の一つ。具体的には収穫まで一切の葉を取らずに栽培しており、一般的なリンゴを赤くするために太陽光を受けやすいよう葉を取る方法とは真逆の手段をとっています。着色などの見た目は一般的なリンゴよりも劣りますが、味に目を向けると葉を多く残すことで多くの光合成が行われるため、よりおいしい仕上がりとなるそうです。

また、作業性を理由に樹を一定の高さで切ったり、成長を止めたりすることもしていません。リンゴ栽培では多くの場合、樹勢が伸びて手が届かなくなってしまうと管理や収穫の作業効率が落ちてしまうため、ある程度の高さで切ってしまいます。それでも薄井農園では「樹はどこまでも上に伸びるわけではなく、樹が持つ本来の高さまでいったら止まり自然と実を付ける」と、リンゴの樹が自然に逆らわずに成長するような栽培方法をとっているそうです。

このような栽培方法を総じて、リンゴの気持ちになるという意味を込めて「リンゴの樹持ち栽培」と名付けています。

薄井農園のリンゴの樹

高さが一定に切りそろえられている他産地のリンゴの樹

コメにおいても、10ヘクタールの水田で殺菌殺虫剤を使用せず除草剤を1回のみ使用する栽培と除草剤も一切使用しない完全に農薬無しの栽培でコメを栽培しています。生産だけでなく加工まで行っており、リンゴでは無添加ジュースと無添加ジェラート。コメでは米粉を使い、無添加ジェラートや須賀川市とタイアップし、ウルトラマンシリーズに登場する怪獣の形をした回転焼きへ加工されています。

100%直接販売と加工で成り立つ経営

足で動いてこだわりを消費者に直接届ける

「人と同じことをしていても面白くない」(吉勝さん)
そうした思いを抱える中で目指したのが、栽培や味にこだわった「高付加価値のある農業」でした。しかし、農薬を減らしたり使わなかったりしたことで、慣行栽培に比べて収穫量は半分から3分の1ほど。一般的な販売経路では、病中被害や傷、色などでほとんどが規格外品として扱われてしまいます。当時は見た目よりも味や安心安全を追求したら、販売してもらえないという壁があったと振り返ります。

リンゴ表面の傷があると一般流通では売れなかった

商品にこだわりながらも経営を成り立たせるためには、商品に価値を見いだしてくれる消費者への直接販売しかありませんでした。元々、薄井農園の8代目である薄井勝利(うすい・かつとし)さんは、福島から関東に自分で作ったものを売りに行っていたといいます。そんな背中を見て育ったこともあり、消費者への直接販売が一般的でなかった時代にあっても、違和感はなかったといいます。

その後、関東だけでなく、日本中の催事や百貨店で売り歩き、直接消費者に届けることでファンを増やしていきました。現在でこそEC販売は一般的に行われていますが、同社では10年前からECでの販売を開始。順調に販売個数は増えていき、生産量の半分以上が自社ECサイト関連からの販売だそうです。残り半分の売り先は、ホームページを見てきたと直接農園に買いにくる人と全国各地や地域のリピーターだといいます。

筆者との出会いもイベントでの出店

35年前から取り組む「誰もやっていなかった6次化」

加工品の製造と直接販売まで手掛けるのも、同社の特徴。
当時のことについて吉勝さんは「誰もやっていなかったから作るしかなかった」と振り返ります。

加工品の販売を始めたきっかけは20代前半のころ。家で飲む自家製のリンゴジュースと市販のリンゴジュースの味の違いに疑問を抱いたといいます。味の違いの原因は、リンゴジュース100%と書かれているのに含まれる保存料(ビタミンC)でした。

「それならば、農園のリンゴを原料として無添加本来の美味しいリンゴジュースの味を届けたい」と、ジュースを作る製造会社へ何社も問い合わせたといいます。しかし、当時どこも無添加には対応していませんでした。

「だったら自分で作るしかない」と農政関係部署や保健所に相談したところ、前例がないことや無添加で作るとリンゴはぶどう(ワイン)みたいに自然発酵してしまい瓶が内部破裂する可能性があるといわれたといいます。

そこで、熱殺菌を適切にすれば安全だと証明するため、奥様と共に3年かけて実証実験を行いました。手作業用の絞り機で1日50〜100本づつ、合計6000本ものリンゴジュースを作り、殺菌温度別に調査したといいます。その中から抜き打ちで検査してもらい、ついに保健所から許可をもらうことができ、無添加のジュースを作る自社工場の設立までこぎつけることができたのです。

6次産業化という言葉も無かった時代から加工へ取り組んだこと、無添加という珍しい商品だったこともあり販売数を順調に伸ばしていきました。

薄井農園のリンゴジュース(100.00%という名前はリンゴ以外何も含まないという意味を込めて)

多くの農家がこだわりをもって栽培しても販売に苦戦する中、高付加価値のある農業を実現する薄井農園。理想を体現するために必要なことは何か聞いてみました。

薄井農園が考える、販売につなげる上で必要なこととは

「ブランドは流行を追うのではなく、自分で作り上げて構築していかないといけない。多くの農家ができていなかったり、足りていなかったりするのは自分を伝えること」(吉勝さん)

薄井農園のリンゴやそれを使ったリンゴジュースの価格は安くありません。その分、買う消費者は全体の中でもかなりの少数派と考えているそうです。だからこそ、多くの人の目に触れないと買いたいと思っている人に届かないと考え、商談会や催事で自分たちの商品や目指す方向性、こだわる価値観を直接バイヤーや消費者に伝え続けてきたといいます。更に、より多くの人に見てもらえるように、誰よりも早くネット上でホームページやECサイトを作り、発信と販売を開始したのです。

「他の業種では当たり前のように営業職が存在し、日々自分たちを知ってもらい、販売につなげる活動をしている。更には、食品や車など多くのメーカーでは、購入したい層に届くよう新商品を販売するタイミングでCMを入れたり、POPを作ったりと多くの広告活動をする。大手ですら宣伝しないと数ある商品の中に埋もれてしまう時代です。農業においても、広告にお金をかけられなくとも人に知ってもらう努力が必要。知ってもらうために要する時間が足りていない」(吉勝さん)

吉勝さんが加工を始めた頃に比べ、機械などは性能は向上しているが価格は数倍以上となりコストは上昇。更には、多くの商品がネットを使い簡単に比較できる。また、企業だけでなく農家自らも加工を行うようになり、差別化することすら困難な商品数が並ぶ現代。高付加価値のある農業を営む上では、突出できる農産物や加工品、良い物を作るための技術や設備も大切ですが、商品を知ってもらうことにも時間をかけることが必要だといいます。

取材時に売られていた「こうとく」は、ECサイトで家庭用の1600円/㎏から贈答用の最高品質10000円/㎏まである

生産量の少ないこだわり農作物では、通常の販路に乗せても利益が取れないので販路がもっとも大切です。誰も作っていない唯一無二の農作物を作る事など不可能というぐらい商品が存在している中で、どうやって知ってもらうか、どうやって取り扱ってもらうかが重要です。こだわって作ったからといって、すぐに買われて高付加価値が付くわけではありません。

他に負けないこだわりがあるのは前提で、商品を知られることまでが重要となってくるのです。商品があふれているからこそ、マルシェや商談会に参加するのはもちろん、SNSなどの活用、食関連の人が集まるようなコミュニティやイベントへの参加など、薄井農園のように直接的なコミュニケーション活動を行うことがより必要なのではないでしょうか。

取材協力

薄井農園