アップルが2023年9月に実施した新製品発表スペシャルイベントの基調講演で、ある日本人が脚光を浴びました。Apple Watchユーザーの飯村将ひこさんです。
全世界に向けて上映された基調講演のムービーの冒頭では、iPhoneの緊急SOSやApple Watchが搭載する心臓の健康に関する通知によって命を救われた複数のユーザーが登場。飯村さんは、身に着けていたApple Watchの心電図アプリで不規則な心拍を記録したことで、命に関わる重大な心臓不整脈が起きることを未然に防いだ経験をムービーの中で語っています。
飯村さんは、どのようにApple Watchを活用して自身の健康を守り、不整脈治療の専門医である濵義之先生と巡り会ったのでしょうか。飯村さんに当時の経験を振り返ってもらいながら、濵先生にはApple Watchの「心臓の健康に関する通知機能を上手に活用する方法」を聞きました。
飯村さんが待望したApple Watchの「心電図」アプリ
日本国内の情報通信セキュリティソリューションを提供する企業に勤める飯村さんは、2017年ごろから日常生活の中で心臓の拍動に違和感を持つようになり、当時身に着けていたApple Watch Series 3を使って心拍数を習慣的に測定していました。
飯村さんは自身の趣味、あるいはライフワークとしてサーフィンを嗜んでいます。「万が一、海の上でサーフボードに乗っている時に発作が起きてしまうと溺れてしまう」と考えた飯村さんは、当時のかかりつけ医師に相談しました。飯村さんが心臓に違和感を覚える周期は数カ月から半年に1回ほどの頻度だったため、医師からは「医療用の心電計では発作が出た時にしか計測ができないため、現時点での診断は難しい」と伝えられたそうです。
2018年9月にアップルが発売したApple Watch Series 4には電子式心拍数センサーが内蔵され、watchOSの心電図アプリと組み合わせることで、ユーザーが自身で心電図を記録できる機能が加わりました。日本国内では北米よりも少し遅れて、2021年の冬に心電図アプリが使えるようになりました。当時の最新機種はApple Watch Series 6でした。
飯村さんは、米国で販売されていたApple Watch Series 4を2019年ごろに伝手をたどって入手します。ひとあし早く心電図アプリを活用しながら、検証の結果と経験値をまとめたライフブログを自身のFacebookに公開していました。実は、この飯村さんのFacebookの投稿が、2023年秋のアップル基調講演に出演する契機になったそうです。
不整脈の専門医、濵先生との出会い
Apple Watch Series 4を入手してから、飯村さんは数カ月から半年に渡って心電図アプリを使って心臓の状態をひたすら計測してきました。
「私の場合は、サーフィン後に着替えてから1時間後ぐらい経つと、にわかに発作が出ることがありました。私の安静時の心拍数は60前後ですが、発作が起きると途端に200前後まで上昇して身動きが取れなくなります。そして、しばらくすると動悸や心臓の違和感はピタリと止むという症状でした」(飯村さん)
発作が起きた時にApple Watchで記録すると、心電図アプリは「判定不能」という測定結果を表示。Apple Watch Series 4以降、およびApple Watch Ultraモデル(SEは除く)が搭載する心電図アプリは、ウォッチが内蔵する電気心拍センサーにより心臓の鼓動と心拍リズムを記録。不整脈の一種である心房細動(AFib)の兆候が調べられます。Apple Watchを正しく身に着けて計測を行った時に、飯村さんのように「判定不能」という結果が表示される場合、考えられるひとつの可能性は心電図アプリが分類できない他の不整脈や心臓疾患の兆候を示していることです。
心電図の波形と関連付けられる結果などのデータは、iPhoneまたはiPadの「ヘルスケア」アプリに集積されます。心電図のデータはPDF形式のファイルにして、医師との情報共有にも活かせます。
飯村さんも自身の心電図のデータを携えて、不整脈の専門医を訪ねることにしました。当時の住まいから通える距離内で信頼の置けそうな医師を探したところ、千葉県の君津中央病院に評判の高い医師がいることを突き止めました。
すぐに診察の予約を試みたところ、残念ながら飯村さんが診察を希望した医師は病院を退職していました。途方に暮れた飯村さんは、所用で訪れた千葉県の幕張に新しくオープンした不整脈専門のクリニックのドアをたたきます。すると驚いたことに、この幕張不整脈クリニックの院長が、先に飯村さんが君津中央病院まで訪ねた濵義之先生だったのです。
Apple Watchを常時身に着けていたことが不整脈の発見につながった
念願かなった飯村さんは、Apple Watchで測った心電図を濵先生に見せたところ、濵先生は即座に飯村さんの症状を突き止めました。飯村さんは、上室性頻拍という不整脈を患っていたのです。
「即座に致命傷にはならないものの、リスクの高い病気なので、濵先生には手術で治すことを勧めていただきました。手術で治せる病気なのだと知って、とても安心したことを覚えています。手術を終えたあとも定期的に通院しながら先生に検診してもらった結果、無事に完治しました」(飯村さん)
濵先生は、飯村さんのように不整脈の心配がある人がApple Watchを身に着けることの有効性を次のように語っています。
「不整脈は1日、1週間の検査でさえ発見することがなかなか難しく、患者のみなさんにも負担がかかります。日ごろから負担なく身に着けられるApple Watchは、不整脈の発見にとても役立つデバイスだといえます。心房細動の兆候については、Apple Watchが不規則な心拍を検知した場合に通知が受けられるように設定できます。当院にも、このApple Watchの通知機能を活用して、心房細動の兆候を発見できたという患者がいます。患者本人に自覚症状がない場合でも、Apple Watchが症状を早期に発見して治療につなげることにも大きく寄与しています」(濵先生)
心電図アプリの計測結果、「判定不能」と出たらどうする?
Apple Watchの心電図アプリは、人間の心臓が鼓動する際に発生する微小な電気信号を読み取り、心房細動の兆候となる心拍の不規則性を調べることができます。
watchOSに標準インストールされている心電図アプリを開き、Apple Watchを身に着けている腕を机やひざの上などに置いて、動かないように安定させます。反対側の手の指をApple WatchのDigital Crownの上に添えて30秒ほど計測すると、ウォッチの画面に結果が表示される仕組みです。
「洞調律」という結果は、50~100BPMという一定間隔で心臓が拍動していることを示しています。「洞調律=健康な状態」という意味ではないのですが、濵先生は「洞調律という結果が出た場合は“ほぼ正常”とみてよい」といいます。
「心房細動」という表示が出てしまった場合、心臓が不規則なパターンで拍動していることを意味しているため、なるべく速やかに医療機関を受診するべきです。計測方法の問題という可能性もありますが、飯村さんのように「判定不能」という結果が出て、治療した方が良い不整脈が見つかることも多くあるからです。
アップルでは、心電図アプリで記録した心電図が心房細動や洞調律という結果に分類された場合の精度について、約600人の被験者による臨床試験を行った結果をサポートページの「心電図アプリのしくみ」で公開しています。分析結果のデータによると、洞調律については特異度(陰性として正しく判定される確率)が99.6%、心房細動については感度が98.3%となったことが伝えられています。同じページには、臨床試験のための整った環境ではなく、ユーザーの実環境に即して心電図アプリを使用した場合は「判定不能」、または分類不能になる心電図の数が増える可能性があることも注記が添えられています。
心房細動の手術後のケアにもApple Watchが有効な理由
飯村さんが持病としていた上室性頻拍と心房細動はどちらも不整脈の一種ですが、性質や治療の対処が異なる病気であると濵先生は説明します。
「上室性頻拍には投薬、またはアブレーションと呼ばれる治療方法があり、アブレーションにより95%以上治すことが可能です。一方の心房細動は、多くの原因が加齢によるもので、70歳以上では5~10%の人が心房細動を持っているといわれています。約70%の人は症状がないため、健康診断などで発見されることがあります」(濵先生)
濵先生によると、心房細動は手術後にいったん治ったように見えて再発する可能性がある程度高い、厄介な病気なのだといいます。心房細動に対する適切な治療を怠ってしまうと、持続性の心房細動に発展してしまい、さらに5年以上が経ってしまうと治りにくくなります。心房細動は脳梗塞の原因にもなる危険な不整脈です。
心房細動を治療するためには、血が固まりにくくする薬を飲む必要があります。ただ、この薬を服用している間は血がさらさらになり、不意に怪我をした時などに「血が止まりにくくなるリスク」を抱えることになります。患者は、自身の症状を継続的に把握しながら、医師との連携により適切な服薬治療に臨むことが肝要です。ゆえに、心房細動の術後の治療にもApple Watchが有効であることの理由を、濵先生が次のように話しています。
「心房細動の手術を終えた患者には、不整脈の状態を把握するために定期的な検脈(手首に指を当てて脈を測ること)を行い、自身の健康状態を把握することをお勧めしています。でも、実際には手間がかかるうえ、自分の脈拍を正しく測ることは困難です。Apple Watchを活用すれば、少ない負担で正確に脈拍が計測できるので、術後の適切な治療にもつながると思います」(濵先生)
幕張不整脈クリニックでは、心房細動の手術を行った患者にLINEを活用した無料のアフターサポートを提供しています。
「このサポートは、術後に安全に薬をやめて、適切なタイミングで再開していただくことを目的とています。LINEで当院のアカウントに友達登録をしてもらい、Apple Watchをお持ちの患者には、自分で記録した心電図を送ってもらいます。もし、心電図アプリの結果が心房細動の疑い、または判定不能と出てしまった場合は、LINEもしくは専用の電話回線でクリニックスタッフとコミュニケーションを取りながら、常備薬の服薬について相談ができます」
心配なことは、ためらわず医師に相談するべき
濵先生のクリニックには、Apple Watchを使って家庭などで記録した心電図の結果を診察時に持ち込む患者の数が徐々に増えているそうです。濵先生の実感として、患者を診断する際にApple Watchが取得したデータを参考にする医師も増えたようだといいます。
「とにかく、自身の身体に何らかの異変を感じた時には、Apple Watchの心電図ですぐに記録してください。記録されたデータには必ず意味があります。データの内容は、みなさんが自分で判定することは難しいので、診断は医師など専門家に任せるべきです。心電図のデータを読むことは、専門の医師にとって何も難しいことではありませんので、遠慮することなく医師に相談してほしいと思います」(濵先生)
濵先生は「心房細動は、術後に時間が経って本人には治ったように思えていても、再び具合が悪くなって症状に気が付く場合がある病気です。Apple Watchを使える人は、なるべく毎日心電図を記録してほしいですね」とも呼びかけています。
定期的に効率よく心拍データを計測するために、ユーザーがApple Watchを上手に使いこなすコツのようなものはあるのでしょうか? 飯村さんは、Apple Watchの文字盤に「心電図」アプリのコンプリケーション(ショートカットのような機能)を配置すれば、記録にかかる手間がさらに軽減できると教えてくれました。
飯村さんは、今後も自身のFacebookなどSNSを通じて、自身の経験から学んだことやApple Watchを活用しながら心臓の健康を大切にするためのTIPSなどを発信していきたいと意気込みを語ってくれました。