1988年、イタルデザインは創立20周年を祝福して、アスガルドMPV、アスピッド・クーペ、アズテック・バルケッタという3つの驚くべきコンセプトカーを発表した。度肝を抜くようなショーカーというのは決して珍しいものではないが、いずれにしてもイタリア人の空想を現実に変えられる特別な才能に関しては、毎度唸らされてしまう。
【画像】まるでSF映画に登場しそうな車、「アズテック」(写真12点)
イタルデザインの創始者であるジョルジェット・ジウジアーロは、1955年にわずか17歳にしてフィアットでキャリアをスタートさせた。その後ギアやベルトーネでの経験を経て、ジウジアーロは1968年、メーカーやコーチビルダー向けのコンサルタント会社、後のイタルデザインを設立した。
主要メーカーとの永続的な関係を築いたジウジアーロは、フォルクスワーゲンのゴルフやシロッコ、アウディ80、BMW M1、ロータス・エスプリ、アルファスード、フィアット・パンダ、ランチア・デルタなど、象徴的なデザインの車を次々と生み出した。1999年には業界への貢献が認められ、「カー・デザイナー・オブ・ザ・センチュリー」に選出された。
そんなジウジアーロがデザインした車の中でもアスガルドMPV、アスピッド・クーペ、アズテック・バルケッタの3台は、まるで『ブレードランナー』のセットから飛び出してきたかのようなデザインで、市販車のデザインとは一線を画していた。
3台のショーカーのうち、アズテックだけが実際に走行可能であった。アズテック・バルケッタはイタルデザインの市販車とは次元の違うデザインの車であり、バルケッタの大胆な再発明であると言えよう。独立したコックピット、ミッドマウントエンジン、四輪駆動を特徴としており、トランスミッションはランチア・デルタ・インテグラーレから、5気筒20バルブ・ターボチャージャー付き250馬力エンジンはアウディ・クワトロから供給され、アルミニウム、カーボンファイバー、ケブラー製のボディがスチール製のラダーフレーム・シャシーを覆っている。中に入るには、まずコックピットのキャノピーを上に傾け、ドアを開けなければならない。アズテックの「SF」的な美学には驚かされ、そのディテールは自動車というより宇宙船のように見える。ハイテク技術を駆使したサイドパネルには、ロックを制御するためのコード化されたボタンや、油圧ジャッキなどさまざまな車両機能のインターフェイスが収められている。
日本の実業家である宮川氏は、自身の会社を通じてアズテックを購入し、アウディのチューナーであるモトーレン・テクニック・マイヤー(MTM)にホモロゲーションと限定生産を実現するためのエンジニアリングを依頼した。
これに対しジウジアーロは
「1988年にアズテックのプロトタイプがトリノ・モーターショーに出展されたとき、これが実車になるとは想像もできなかった。それだけに、アズテックが単なるスタイリングの練習台ではなく、実際に走行可能なものになったことは、大きな満足感を与えてくれる」
と話している。
しかし、最終的にドイツの型式認定を取得した後は、50万ドイツマルク(約4,000万円)という高額な価格になってしまったこともあり、生産台数は50台の予定が15~20台にまで減少した。
先日ボナムスのオークションに出品されたシリアルナンバー50020のアズテックは、日本のコンパクト社が製造したアズテックのオリジナル生産車のうちの1台である。他のアズテック同様、外装はシルバーで仕上げられ、内装は非常に珍しいレッドの仕様となっている。
カーボンファイバー製リアウイング、ダブルガラスキャノピーを装備し、カノニカ製モジュラーホイールを履いている。走行距離は7,700km弱で、右脇腹にはジョルジェット・ジウジアーロのサインが入っている。インテリアにはオリジナル・タイプの計器類とコントロール類が装備され、助手席側にはオリジナルのハルダ製ラリー・コンピューターが搭載。ガラスに若干の剥離が見られるが、保存状態は全体的に非常に良好だ。
ジウジアーロの卓越したデザインを、これ以上見事に表現した車両を見つけるのはなかなか無いだろう。現代のフェラーリよりも高級で、ブガッティ・ヴェイロンよりも注目を集める車両かもしれない。
しかし残念ながらこの車はすでに約2,000万円で落札済みだ。新たなオーナーはこの車でどこに行くのだろうか?私だったら宇宙以外にこの車の適切な目的地は思いつかない…。