このわずか数年で富士スピードウェイは大きく変わってきた。正確にはその”地域”が変わり、それは今も発展途上にあるという表現が正しいだろう。『富士モータースポーツフォレスト』と呼ばれる、かつてない構想。その第一歩は、2022年に誕生した富士モータースポーツミュージアム(以下FMM)と富士スピードウェイホテルだ。FMMが主催するオーナー向けミーティング、『富士ファンクルーズ』(以下FFC)。第1回は2022年12月17日にスポーツカーをテーマに開催された。その後SUV、ドイツ車、英国車、女性ドライバーとテーマを変えながらイベントは続けられ、今回第6回の2023年12月9日は、イタリア車がテーマとなった。
【画像】イタリア車が富士スピードウェイの最終コーナー芝生広場に並んだ!富士ファンクルーズの様子(写真21点)
土地に合わせたデザインの重要性
FFCについて、今回のイベントはそれまでと大きく異なる点があった。それは会場がホテル駐車場P14から、富士スピードウェイ最終コーナー横にある芝生広場に変更となったことだ。そのあたりの経緯をFMM館長の布垣直昭氏に伺ってみた。
「この広場は、5月に開催された富士SUPER TEC24時間レースではキャンプ場として使用されていました。この場所に車を入れるのは、ほぼ初めてのことです。今回のFFCでは事前に名立たる車の来場を知ることできていたので、私どもでも何かしらの特別な演出をしたいと考えたのです」
布垣氏は、愛知県長久手市にあるトヨタ博物館の館長も兼任されている。「オーナーズクラブの集まりはトヨタ博物館でも開催されていますが、それはあくまでクラブ側が主体となったもの。このFFCは私どもの自主運営なので、計画的に運営できる利点があります。欧米のコンクールデレガンスでもわかるように、芝生と車の相性は極めて素晴らしいですからね。見栄えも良いですし、心地よい雰囲気の中で非日常的な空間を楽しんでいただきたいと考えました」
ミュージアム3階にあるショップ&カフェ、『ファンテラス』からもこの会場がよく見える。「以前、芝生広場でテントを張っているのがテラスから見えたので、こうしたミーティングが開催されればテラスが特等席になることを期待していました。そのために窓際の席も作ったほどです……」と布垣氏が語っているさなかに、ちょうど2台のディーノ246GTSが芝生広場にゆったりと入場してきた。既に他の参加車がほぼ到着している中、まるで主役は遅れてやってくるように。
「ディーノはカタチとして魅力がありますよね。個人的にとても好きな車です」と大きく頷く。「美しい車は見ているだけで楽しいです。こうして話も弾みますし。ぜひ参加者だけでなくギャラリーの皆さまにも、一緒にさまざまな会話を楽しんで頂きたいものです。しかし、事前にリストを見て熱い方が多い予感がしていましたが、予想していた以上に雰囲気の良い方が多いです」
布垣氏の話のたとえに欧米のイベントが出てきたが、やはり海外のイベントを参考にされているのだろうか。
「確かに欧米の方は楽しむこと全般に熱心ですよね。コンクールデレガンスなどは、これを楽しむならこんな要素も必要だろうと、長い時間かけて作り上げてきたものです。それらをヒントにする手法はもちろんアリです。しかし一方で見様見真似で何でも同じにするのはどうしても無理があります。その土地の風土に合わせることが何よりも大事であり、やはりここには富士山という絶対的なオリジナリティがありますからね」
そう聞いて、ふと見上げると、12月らしい空気の澄んだ青い空の向こう、ホテル&ミュージアムの建物越しに、冠雪した美しき富士山が目に飛び込んできた。周囲を見渡すと、愛車と富士山を一緒に写真に収めようと、スマートフォンを傾けている参加者の姿も多く見受けられる。これぞ、コモ湖にもペブルビーチの18番ホールにも負けない、富士スピードウェイならではの最大のオリジナリティと言える。「車のデザインの妙とは、空や地面などの景色をどう写し込むか、なんです。車が綺麗に見えるのは決して偶然じゃなく、そこに作者の意図が見えるんです。環境とのハーモニーを楽しむのは、自動車鑑賞法のひとつと言えます」
そう、布垣氏は、長年トヨタ自動車でデザイナーとして活躍した人物。それを知ったうえで伺っていると、多くのコメントがデザイナーらしい視点で話されていることに気がつく。
「今の時間は低い位置から陽の光が差し込むので、明暗が強調されます。どの車を見ても、ボンネットのラインが綺麗に見えますよね。これが昼頃になると、今度は上下の明暗が強調されます。例えばこのアルファGTVも」と、目の前に並んだ2台のアルファロメオGTVに目を落とす布垣氏。新車当時、ボンネットに穴を空けてヘッドライトを見せるデザインに「こんなデザインを量販車に持ち込むことができるのか!」と大いに感心したそうだ。
「イタリア車のデザイン性が高いのは、立体の捉え方をストレートに表現しているからだと思っています。居住性などデザインの制限となる要素が多々ある中で、イタリアのデザイナーは”まず、こうありたい”という気持ちに素直であり、しかも直情的です。好き嫌いがはっきりと分かれることもありますが、その分、惚れ込むユーザーが多いのことも頷けます。彼らは”情熱街道”から登ろうとしているんです(笑)」
そこで思ったのは、こうしたミーティングも、車をデザインするように企画しているのではないか、ということ。アウトプットの先が車からイベントなどに変わったのでは?と。
「デザインとは、すなわちシミュレーターなのです。常に頭の中で創造しながら描いているので、確かにそういうことかもしれません」
つまりは、この先々も布垣氏はすでに頭の中で企画を描いている、ということだ。「ミュージアムやホテルという枠を超えて、富士モータースポーツフォレストをどう盛り上げていくか。今回の芝生広場でのミーティングも、チャレンジのワンステップにしたい。感触がよければ、ならばもっとこうしていこうと次に繋がっていきますからね」
会場でのコンクールデレガンスの審査&表彰を経て、富士スピードウェイホテルのレストラン『トロフェオ』でのランチ終了後、参加者は布垣"館長"が案内する、ミュージアム見学ツアーへのためFMMへと移動した。
聞けば館長が自ら案内、解説するのは稀有なことらしいが、実際に聞いてみるとまるで何十年ものベテランガイドのように流暢な解説が続くことに驚かされた。展示車に詳しいのは当たり前かもしれないが、時に試乗経験も交えて話される内容は、さすがは動態保存が前提となるトヨタ博物館の館長を兼務されるだけのことはあると納得した。そしてその姿から、車好きという安易な言葉では収まらない布垣氏の情熱が見えてきた。
世代を超えた責任
FMMを開設するにあたり、モリゾウ(豊田章男トヨタ自動車会長)氏からのひと言が布垣氏は忘れられないそうだ。「君たちは、珍しい車を集めればいいと思っていないよね?」
この仕事はそんな生易しいことではないという示唆であろう。 布垣氏の中で自問自答が続く。
「自動車産業やモータースポーツがどう生き延びていくのか。単に続けていければいいのではなく、サスティナブルに変えていく努力が必要です。いま100年に一度と言われる自動車の大変革期において、果たして富士モータースポーツフォレストがどこまでその変革に貢献できるのか。モータースポーツの”聖地”と呼ばれるくらいの求心力を持てるのか。人々を触発するくらいの施設にならないといけない、そんな危機意識があります」
布垣氏はモータースポーツに特化したミュージアムの難しさも、もちろん感じている。
「量産車のミュージアムと違うのは、ここはモータースポーツの大きな舞台の上で活躍した花形の集まりであるということです。モータースポーツではドライバーもスター、もう一方の主役ですが、ここにはその展示がありません。当初は展示車だけでは成立しないと心配しましたが、来場された往年のドライバーの方々からは『このような施設ができてよかった』といわれます。『この展示ならばやってきたことが残る』と感謝され、それは嬉しかった反面、大きな責任も感じました」
そして、今はまだすべてが発展途上だという。「これは物語の一端を紹介しているにすぎません。ご紹介できていなこともありますし、いろいろな方が来られて、実はあの時……と我々が預かり知らぬことも教えていただくこともあります。そのたびにもっと深く正確に伝えていかなければと強く思うのです」
布垣氏を突き動かす、この情熱の原点、モチベーションはどこにあるのだろうか。「2014年にデザイン部長だった時に、トヨタ博物館の責任者のオファーを受けました。その時はちょうど55歳で、年齢的にも…というくらいの気持ちでした。デザイナー時代も過去の歴史などを勉強する機会はあり、やはり過去のものと似たものを作りたくないので、世界中のミュージアムも訪れていて、そんな当たり前だと思っていたことが、今役に立っていますが、不勉強だったことも思い知りました。つまみ食いの集大成だったんです」
そこから必死の勉強が始まった。人に説明することの責任感。そこで気がついたこと。
「ヘリテージが、現在のメーカーの支えになっていることです。知らぬうちに貢献していると。タイムスケールを20、30年から100年単位に置き換えて、失われていくものに対し、どう残していくか。世代を超えた責任があると思っています」
そして――。
「ライフワークだな、と思っています。車文化を残して、発展させていくための土台を作らなければいけない。火が消えないように、仕組みにしていかなければならないのです。それはミュージアムだけではできず、そのための大きな仕掛けが富士モータースポーツフォレストです。レースだけではない楽しみ方に、もう少し貪欲さを持っていいと思います。引き継げるところまでは持ってきました。今後、これらが波及力を持った時点で、"聖地"と呼ばれるようになるのだと思います。それができそうだな、と思ったら引退します(笑)」
デザイナーとして数多くの実績を残したあと、そこに待ち受けていたのは、”聖地の設計”という、まさに人生をかけた”登山”だった。
「車文化を残す装置としてようやく博物館ができたのですが、聖地の一部として機能させるにはまだまだ仕掛けが必要で、FFCもそのひとつだと思います。富士モータースポーツフォレストのグランドデザインは、やはりモリゾウさんを抜きには語れませんし、私はその中で、車文化の伝承がサスティナブルに続く仕組みのお手伝いができれば……との思いでやっております」
文:平井大介 写真:尾形和美
Words:Daisuke HIRAI Photography:Kazumi OGATA
【NEWS】展示車を一部入替え| 国際大会で初めてクラス優勝した「富士号」も
富士モータースポーツミュージアムでは来年1月末までにかけ、展示車の一部入替えが順次行われている。
展示車両は連携各社の協力により定期的に入替えが行われており、今回は「オーストラリアの悪路を走った日本車 1万7千キロ走破 Mobil gas trial」コーナー、「栄光の日本グランプリ 鈴鹿サーキットと富士スピードウェイ誕生」コーナー、「アメリカンドリームへの挑戦」コーナーおよび「創業者とモータースポーツ 本田宗一郎氏」コーナーの展示車両が入替えられる。展示車両の詳細は以下の通り。
日産自動車株式会社
展示期間:2023年12月21日(木)~2024年12月中旬(予定)
●ダットサン 富士号(1958年豪州ラリー クラス優勝車)
1958年、日産自動車は初の国際競技挑戦となる第6回豪州ラリーに「富士号」「桜号」と名付けた2台のダットサンで参戦。事前に入念な準備を経て挑んだ結果、「富士号」がクラス優勝、「桜号」も同4位入賞を果たした。
●ニッサン R381(1968年日本グランプリ優勝車)
1968年の日本グランプリ優勝を目指して開発。自社製のV12・5Lエンジンの開発が間に合わず、やむを得ずシボレー製V8・5.5Lエンジンをチューンして搭載した。また、操縦安定性を確保すべく”エアロ・スタビライザー”と呼ばれる左右分割型の可変リアウィングを採用。コーナリング中は左右が独立してウィング角度が変化し、ブレーキング時は左右ウィングが連動して立ち上がる姿から「怪鳥」と呼ばれた。R381は3台が出場、1台はリタイアしたが残り2台が1位、6位入賞を果たした。展示車両は北野元選手の運転で1位となった実車。
本田技研工業株式会社
展示期間:2024年1月末~2025年1月末(予定)
●RC162
1961年のロードレース世界選手権250ccクラスに参戦。全11戦中10戦で優勝し、ライダーおよびコンストラクタータイトルを獲得した。展示車両は、チャンピオンとなったマイク・ヘイルウッド選手が搭乗した実車。(Photo:本田技研工業株式会社)
●RA273
1965年のF1最終戦メキシコ・グランプリで初優勝を飾った同社が、翌年参戦に備えて開発。同年から採用された新エンジン規定である排気量拡大(1.5L→3L)に対応可能な新車体の開発に時間を要したため、66年は3戦を以てシーズン終了となった。翌67年も継続使用し一層の熟成と軽量化を進めるとともに、チーム体制を一新。元世界チャンピオンのジョン・サーティースを招聘したことで、南アフリカ・グランプリ3位表彰台、イギリス・グランプリ6位、ドイツ・グランプリ4位入賞を果たした。展示車両は、同年のF1世界選手権ドイツ・グランプリに出場して4位入賞した実車。(Photo:本田技研工業株式会社)
●LOLA T93
ホンダは、アメリカにおけるレース活動をサポートするために、1993年、HPD(Honda Performance Development, Inc.)を創設。翌94年からアメリカ最高峰のオープンホイール(フォーミュラカー)カテゴリーだった「CARTワールド・シリーズ」へのエンジン(V8・2.65Lターボ)供給を開始。参戦当初はライバルとの性能差や信頼性に大きなギャップがあったが、現地主体で取り組んだ同社「三現主義」の実践により、1995年に初優勝を獲得した。展示車両は、1994年のCART初参戦車両。
富士モータースポーツミュージアム
住所:〒410-1308 静岡県駿東郡小山町大御神645
TEL:0550-78-2480
開館時間:10:00~17:00(入館受付は16:30まで)
休館日:年中無休 ※但し、2024年1月10日(水)は臨時休館
入館料:平日)大人 1,800円/中高生 900円/小学生 700円
土日祝日) 大人 2,000円/中高生/1,000円/小学生 800円
※消費税込み/オンライン・団体割引あり
※開館時間・休館日や入館料の詳細は公式WEBサイトをご覧ください。