華やかなイメージが先行するリシャール・ミルだが、彼らほどユーザビリティとメカニズムに対して真摯に向き合っているブランドはない。新作の「RM 30-01 オートマティックデクラッチャブル・ローター」に搭載される新型機構は、使いやすい時計とは何かをという命題に対して本気で立ち向かった、ひとつの答えだ。
【画像】自動車文化を愛し、メカニズムを愛し、レースを愛する人が作った時計(写真5点)
「自動車好きは時計好き」という表現は、ずいぶん使い古されてきた。どちらも精密な機械の集合体であり、正確にエネルギーマネージメントを行いながらパーツを動かすのも共通しているし、電気仕掛けの機構によって古き良きメカニズムが岐路に立たされているという点も同じである。
しかしこういった話は、あくまで概念上であり、実際の自動車と時計とでは、歴史も目的も駆動源もメカニズムも大きく異なる。では、自動車と時計は完全に別物なのか? リシャール・ミルの最新モデル「RM 30-01」を見ていると、やはり両者は似た者同士であることを実感する。
リシャール・ミルといえば、高機能な特殊素材や大胆な耐衝撃機構、あるいは複雑機構やアスリートとのパートナーシップなど、華やかな仕掛けが話題となっている。しかしその根っこにあるのは、時計文化への敬意と使い勝手を高めるための、たゆまぬ研鑽だ。
新作の「RM 30-01」にて採用された「デクラッチャブル・ローター」という機構は、決して派手ではない。むしろ地味といってもいいだろう。
そもそも自動巻き式ムーブメントは、腕や体の動きによって回転するように重量のバランスを偏心させたローターが回ることで、動力ゼンマイを巻き上げる。アクティブな人であるほど、どんどんローターが回転し、どんどんゼンマイを巻き上げていく。しかしゼンマイの巻き上げ量には限界があるので、限界点以上は巻き上がらないように、動力ゼンマイは香箱という円筒形のパーツの中で空転するようになっている。これだけでも十分優れた機構だが、リシャール・ミルは満足しなかった。リシャール・ミルは究極のスポーツウォッチであり、この時計をつけたユーザーはアクティブな休日を過ごすとなると、香箱内のゼンマイの空転量はすさまじいことになるだろう。この状況が長期間続くと香箱の内壁が擦られ、金属粉たちが不具合を起こすかもしれない……と考えたのだ。
そこで開発したのが、デクラッチャブル・ローター機構である。これは動力ゼンマイの巻き上げ量が一定量に到達すると、ローターなどの巻き上げ機構と香箱をつなぐクラッチを自動的に切って、ローターの回転運動が香箱に伝わらないようにするというもの。そして徐々にパワーを消費して、残り駆動時間が40時間を切ると、再びクラッチがつながり動力ゼンマイを巻き上げるのだ。このクラッチのON/OFFは、ダイヤルの11時位置のインジケーターで表示している。
しかし、なぜリシャール・ミルはここまでニッチな機構にこだわるのか? それはひとえにユーザビリティの向上に尽きる。リシャール・ミルの時計はどれもが独創的であり、非常に高価である。しかしだからといって貸金庫の中で値上がりを待つための資産ではない。特別な素材も独特の構造も大胆なメカニズムも、すべては時計を日常使いしてもらうためにある。その信念に一切の揺らぎはない。
リシャール・ミルの多くのモデルに採用されている「ファンクションセレクター」も同様に、ユーザビリティを追求するための機構だ。RM30-01の場合は2時位置にあるプッシュボタンを押すと、リューズの役割が、自動車のギアボックスのようにW=Winding(巻き上げ)、D=Date(日付合わせ)、H=Hour(時刻合わせ)へと切り替わる。これは時計の内部と外部をつなぐデバイスであるリューズを引き出すことなく操作するためにメカニズム。こうすればリューズの閉め忘れによる故障の心配がなくなり、ユーザビリティが高まるだろう。
デクラッチャブル・ローター機構もファンクションセレクターも、数百年に及ぶ機械式時計の歴史の中で、良くも悪くも常識となっていた香箱のスリップ構造やリューズを引き出すという仕組みに対して疑問を抱き、ユーザビリティを向上させるために解決を試みたものだが、それがどちらもクラッチやギアボックスといった自動車のメカニズムに似ているというのは偶然ではないだろう。
ブランドの創始者であり、時計のコンセプターでもあるリシャール・ミル氏はヴィンテージ・レーシングカーのコレクターであり、すべてを動体保存するために専門メカニックを雇っているほどの人物。自動車を愛し、メカニズムにも精通しているのだから、時計のコンセプトメイキングに影響を与えていても不思議はない。
「自動車好きの多くは、時計が好き」であることは事実だが、すべての時計に当てはまるのではない。自動車文化を愛し、メカニズムを愛し、レースを愛する人が作った時計に魅了されるのだ。
リシャール・ミルの時計には、エンジニアリングへの探求心が詰まっている。しかもそれは見た目の華やかさとは無縁の、奥の奥に宿っている。ガレージにこもり、エンジンを眺めながら友と何時間でも語り合える"Oily Boy"であれば、その面白さがわかるだろう。
文:篠田哲生 Words:Tetsuo SHINODA
RM 30-01オートマティックデクラッチャブル・ローター
搭載するCal.RMAR2は、約55時間パワーリザーブで、毎時28,800振動。
(左)自動巻き、18KRG×Tiケース、ケース縦49.94×横42mm。3718万円
(右)自動巻き、Tiケース、ケース縦49.94×横42mm。3058万円
ともにリシャール・ミル(リシャールミルジャパン)
リシャールミルジャパン TEL:03-5511-1555