トリプルフェイスのメロン農家
通山さんは、南九州市の鳳凰(ほうおう)高校で地歴・公民を教える40歳。島根大学を卒業後すぐに同校へ就職し、来年で教員歴18年目を迎える。会社員の夫とともに、3人の子どもを育てる母でもある。
通山さんのもう一つの顔が、メロン農家だ。手掛けるのは、作り手がきわめて少なく、市場ではほとんど流通しない「川辺メロン」。ただでさえ多忙で知られる高校教師の仕事に加え、温度管理や水管理に手が掛かるメロンを栽培期間中農薬不使用の方法で育てる。これを土地もコネも農業経験もない状態から、国やJA の補助金を一切受けずに始めたというから驚きだ。
「毎年6月になると、川辺メロンを栽培していた親戚から送られてくるのが楽しみでした。そんな親戚も70代に差し掛かり、『いつまで作れるか分からんど』とぽろっとこぼしたこの一言が全ての始まりです。そんな中、親戚から技術を継承するなら今しかないと、まずは夫が栽培方法を学び始めました。」(通山さん)
親戚から栽培方法を学びながら、まずは自宅近くの畑で、家族や親戚で食べるだけの量を露地栽培で作り始めた。高校教師としての勤務時間は8時20分から17時過ぎがコアタイム。平日は3~4コマの授業や担任業務をこなし、退勤後は夏場で20時過ぎまで、冬でも18時半ごろまで、夫婦で農作業に当たっている。
補助金が下りない。「ならば自己資金で」と一念発起
現在は主に高校教師とメロン農家のダブルワークをする通山さんだが、当初は教師を辞め、夫と一緒に新規就農するつもりだった。そうしなかった理由に、自身が望む農業と行政から求められる農業のギャップがあったと通山さんは振り返る。
就農に際して、当時の青年就農給付金(現・農業次世代人材投資事業)申請のため、経営計画書を持って地域振興局や市役所に赴いたが、そこでの見解はいずれも「メロンはもうからないからやめた方がいい」「栽培品目がメロン一つだと申請は通らない」というものだった。
「(栽培品目は)メロンじゃないほうがいいのか、とブレたこともありましたが、地域の方々の後押しもあって『メロンを守りたくて農業を始めるのだから、作れなければ意味がない』と思い直しました。補助金が受けられないのならばと、教師を続けながら、自己資金でメロンのハウス栽培を始めることにしました」
背中を押した、地域住民の協力
この翌年には土地やハウス、苗に至るまで、メロンのハウス栽培に必要なもののほとんどを工面できた通山さんだが、これは地域住民の協力があったからこそと強調する。
農地については、子どもが通う小学校の校庭で野菜を手掛けていた、地域を代表する生産者から、職場にほど近い土地を持つ地権者を紹介してもらった。「この方からは、私がメロン栽培をすべきか思い悩んでいたときも、『(栽培する作物は)メロンで間違ってないよ』と背中を押されました」(通山さん)
ハウスに至っては、高齢化などを理由にメロン栽培からの撤退を余儀なくされた生産者らから、ハウスの骨組みやビニール資材などを譲り受けた。
新たに農業用ハウスを施工しようものなら、その費用は数千万円はくだらないが、通山さんの「川辺メロンを守りたい」という心意気を知る住民たちは「タダでいいから持っていっていい」と快く応じてくれた。
持ち出し費用は骨組みの移設と設置、ビニールの買い替え費用として300万円ほどに収まり、2021年から晴れて、4連棟でのハウス栽培がスタートした。
ダブルワークを可能にした、DIYのハウス自動化
前述のように、メロン栽培が「手が掛かる」とされてきた最大の理由が温度管理の大変さだ。「例えば、メロン栽培では雨が降ったらハウスを閉め、暑くなったら逆に開けてあげる必要があるため、一度植えてしまったら、もうどこにも出かけられません」(通山さん)
教師として勤務する間は、当然ながら畑に顔を出すことができない。そのため、ハウスの温度管理の自動化は避けられなかったが、「導入するにしても、値段を考えたら厳しい。大きなビニールハウス用のシステムはあったとて、トンネルハウスの規模で自動化するシステム自体、私が探す限りありませんでした」と当時を振り返る。
ここで手を差し伸べてくれたのも、地域住民だった。「日曜大工が趣味の郵便局長さんが『(ハウスの自動化は)やったことはないけど作ってみよう』と一緒になって考えてくれたんです」
試行錯誤の末に完成したのが、トンネルハウス内の温度計が25度以上になると、巻き上げパイプがビニールを巻き上げ、それ以下になると巻き上げたビニールを戻すシステム。
経費はホームセンターやAmazonで購入した材料費の約2万円のみ。気温の高い時期や梅雨の時期でも、このシステムにハウスの管理を任せて、気兼ねなく学校に出勤することができている。
栽培期間中農薬不使用の難しさ。おととしはアブラムシ被害で全滅
栽培期間中農薬不使用の方法にこだわり、メロン作りを手掛ける通山さん。
ハウス栽培1年目の2022年は苦しんだ。象徴的だった出来事が、アブラムシの蔓延だ。
「温度管理も水分管理もうまくできると思っていましたが、後から振り返ってみるとメロンの株間が狭く、空気の循環も悪かったんです。それが原因で、わずかに発生していたアブラムシが瞬く間にハウス全体に広がってしまいました」
アブラムシを発見してからは、木酢液やニームオイルを噴霧する定番の方法から、コーヒーやサラダ油などを葉面散布するといったトリッキーな方法まで、世に出ているあらゆる方法を用いて手を尽くしたが、蔓延を食い止めるには至らなかった。結局この年は、200株植えたメロンのうち、出荷できたものは一つもなかった。
教訓生かし、重ねる試行錯誤
こうした教訓を生かし、ハウス栽培2年目の今年はクラウドファンディングで資金調達し、トンネルハウスに循環扇を設置。株間も広げて空気の通りを改善し、アブラムシが住み着きにくい環境を作った。「気付いた時に、いかに駆除するかにも注力しました。発生した場所にピンを差し、その場所を重点的に見回るようにしています」
天敵農薬もフル活用。「子どものお友達が、アブラムシを捕食するテントウムシやカマキリの幼虫をコップに入れて持ってきてくれるんです。ここでも地域の皆さんに助けられています」
2022年に正品として出荷できたのは200株のうち40個弱。それでも、収穫したメロンのほとんどは地元の飲食店へ提供し、前年のような廃棄はほとんどなかった。飲食店へ提供した通山さんの川辺メロンは、メロンソーダやパンナコッタとして生まれ変わり、多くのファンの舌をうならせている。
取材した12月中旬は、ちょうど来作に向けた土づくりの真っただ中。可能な限り正品としての出荷量を増やすため、今作からは施肥設計も見直すつもりだ。「今まではYouTubeで得た情報や、生産者から聞いた情報をもとに施肥量を調整してきましたが、『本当にこれでいいのか』という疑問も抱えてきました。今年からは有機肥料に詳しい外部コンサルに知見を仰ぎながら、病害虫にも強い土づくりを目指していきます」
生産量の少なさから「幻」と呼ばれてきた「川辺メロン」。通山さんのたゆまぬ努力によって、いつか都内在住の筆者でもありつける日が来るかもしれない。メロン好きの一人として、今後の挑戦を応援せずにはいられない。
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