40歳。サラリーマンから有機栽培のオリーブ農家へ
会社員時代は新規事業の開発などに携わりながら、40歳を前に何か自分のやりたいことに挑戦したいと思っていました。長い休みをとって、妻の実家である小豆島で数カ月暮らしたことがあるんです。畑仕事のまねごとみたいなことをしていたんですが、これが性に合った。農作業をやってるといくらでもできるんです。東京に戻るより農業中心の仕事に変われないかなと。
農業普及センターに相談したら、オリーブはどうかと勧められました。妻に相談したら、「子どもが生まれたばかりなんだから、東京で仕事して」といったん棚上げに。
でも、どうしても農業をやってみたい思いが消えない。2年たってから改めて妻へ相談してまず3年やってみようと。3年で家族が食べられるめどがたてば継続。できなかったら東京に戻る。その条件で小豆島に住んで農業をスタートしたのが、2010年。幸い3年目で自分で値段をつけて売ることができ、生業になるだろうという見込みがたったので、撤退せず農家を続けてきました。
農家になって気付いた。農家って、実は視野が狭くなりがち
私はECサイトでの直接販売が中心だから、お客さんからコメントが入ることがある。ちょっと気になるな、というコメントをいただいたお客さんには、こちらから問い合わせをして、詳しくうかがったりします。すると課題点が見つかったりする。農家の側からコミットしていかないと、お客さんの本音は聞き出せない。
1人でやってるからこそ、独りよがりになったり、頭がかたくなりがち。オリーブ以外にレモンを作ったり、小豆島に加えて三豊市に畑を増やしたのも、自分の考えが凝り固まらないようにするため。土地に根付いてずっと同じことをやるのではなく、違う土地、違う品目に取り組むことも必要かなと。視野が狭くなると食べていけなくなる。そう思って肝に銘じています。
農家になりたい人が誤解しがちなこと
農家になってみて気付いたことはいくつかあります。農作業ってものすごく手間もかかるし、丁寧に世話をする必要がある。だから、すごくいいものを作っている自負がある。当然のことだし、それ自体悪いことじゃない。でも大事なのは、その思いがお客さんに本当に伝わっているのか、ということ。
こんなに一生懸命やっているのになんで売れないの、と思っている人が多い。
値段が高くても無条件で買うかといえば、そうとは言い切れないですよね。いいものかどうかはお客さんが決めること。売れるべきだと思っていても始まりません。お金を出しても欲しいと思ってもらうには、自分がやっていることをお客さんにわかりやすく伝える努力をしないと。そうでないと、何も伝わらない。
農作業はすべて1人でやっているし、営業にかける時間もお金もない。ならば、どうやって知ってもらうか。
そこで、10年くらい毎日ブログを書いてました。コツコツ情報発信することから始めようかと。
ひと昔前だったら、地方で農家をしていても、それをだれも知る由がないから、買うこともできない。でも、今は一般の方が普通に見てくれるインフラができた。インターネットもブログもない時代にはできなかったことです。
自分が作った農産物、それらに対するこだわりを知ってもらえる世の中になった。しかもお金をかけずに。ブログ、SNS、YouTubeを通じて農産物に興味ある人が知るところになり、購入につながる。知ってもらうことが大事なんです。今はブログというより、YouTubeやインスタグラムでの発信が増えています。
夫婦農家の24時間365日って、実はけっこう大変
非農家出身ということもあって、農家になる前はあまり実感がなかったけど、24時間365日ずっと、公私ともに夫婦一緒に過ごすというのは結構大変なこと。都会でそれぞれ別の仕事をしてきた夫婦が、移住先で一緒に農業をやると未経験のことばかり。意見が分かれたりするのも日常茶飯事でした。親子でも同じだと思うけど。
うちは試行錯誤の末、夫婦分業制にしました。妻が営むカフェは別事業で、山田オリーブ園の製品を卸す仕組みにしています。仕事もプライベートも程よい距離感が保てて、いい感じですね。自分たちに合った役割分担と距離感を見つけることが大切なんだと実感しました。
農家のマーケティングって勉強するものじゃない。きれいごとではない。売れるためにあがいていたら、それがマーケティングだった
自分の頑張りや独りよがりを押し付けるのではなく、お客さんは何を欲しいと思っているのか、何が価値だと思うのか。そこに思いをはせないといけない。
オリーブの有機栽培を実現するため、こまめに害虫を取る作業を続けていますが、大変な手間がかかります。その一方で、山田オリーブ園のオイルを買ってくださるお客さんは、オリーブの品種で香りが違うことを理解し、楽しんでくださる。そこがお客さんにとっての価値の一つです。
自分の頑張りをアピールしすぎる必要はない。
お客さんが何を求めていて、どこに価値を置いているのか、見極めることです。これは、売れるためにあがいている中で、気が付いたこと。会社員時代、そういえばこれをマーケティングといっていたなと思い出しました。
マーケティングってきれいごとではない。この商品を買う、欲しいと言ってもらわないと話にならない。
当然ではあるけれど、新規就農者は、栽培技術や農地の確保、営農方法に関心がいく。かたや、どうやってこの商品をユーザーに知らせるか、資金回収するかといった点が抜けてしまうことが多い。作ることより、売ることに苦労している人が多い印象があります。
JAがなければ日本の食はもたない。直販農家が成立するのも実はJAのおかげ!!
農業を続ける中で、私たちのような有機栽培などニッチな農家が存続できるのも、JAがあるからなのだとわかるようになりました。農業を始めた頃は、規格に沿ったものを出荷しなければならないし、小規模農家ではあまり恩恵もないのではと考えていたんです。
でも、都会に住むたくさんの人たちがおいしい農作物を安く手軽に手に入れられるのは、JAのおかげです。
JAには、農産物をきちんと消費者に届ける使命がある。全国の農産物を的確にマネジメントしながら、市場に円滑に流通するミッションを遂行し続けているんですよね。いつでも手頃な価格で消費者の手に渡るよう、生産・流通を担っている。
消費者が求める「虫に食われていない、ほどよい大きさの白菜」を安定的に、大量に供給できるのもJAの存在があるから。農家も売ることを考えずに生産に注力できるし、消費者も欲しいものを簡単に手に入れられます。全国各地で農産物の生産を管理し、集めて売ってくれるというのはすごいこと。きちんとした生産と流通を担っていることの価値が、もっと知られるべきだと思います。
私たちのような直販を主体とする農家が、作りたいものを作り、自分で価格を決めて提供しているのも、JAがあるから。申し訳ないくらいの気持ちです。
日本全体が農産物の供給に困って従来の生産量を維持できないような状況になったら、付加価値で勝負するオリーブオイルのような商品を作っている場合ではないのかもしれない。実際に、高めの商品の売り上げが以前より難しくなっている。オーガニックを続けていくものか、考える局面にあるのかなとも感じます。
取材後記
未経験から有機栽培100%のオリーブを作り、自ら搾油・販売までこなす山田さん。確かな技術と経験を持ちながらも、今後もできる限り安定的な栽培を行い、必要な情報発信を続けたいと語る。そこには確かな自信が見えるものの「近道はない」と言い切る姿にはリアルな説得力がある。サクセスストーリーをきれいにまとめるような記事にはしたくないな、と感じる取材だった。切れ味の鋭い山田さんの言葉には、新規就農を考える人にとって参考になるキーワードがいくつも散りばめられているのではないだろうか。
【取材協力・画像提供】山田オリーブ園