「誰もが知ってる曲をカバーするよりやるべきこと」ギャビ・アルトマンのオープンな音楽観

デビュー作『Gabi Hartmann』でいきなりフランスのチャートを席巻し、同国屈指の人気アーティストになったギャビ・アルトマン(Gabi Hartmann)。彼女は成功を収めたあとも自分のペースで活動を続けており、今年10月にはギニアのシンガーソングライター、モー・クーヤテの楽曲「Tanoun」にフィーチャーされている。

ギャビの音楽にはジュリアン・ラージを起用したようにジャズが中心にあり、ジョアン・ジルベルトに傾倒するなどブラジル音楽からの強い影響も反映されている。ただ彼女の好奇心はそれだけに留まらない。大学で南アフリカの音楽を研究していたこともある彼女は、スーダンのフルート奏者ガンディ・アダムをアルバムに迎え、エチオピア音楽からの影響を公言するなど、アフリカの音楽にも強い関心を持ち続けてきた。メランコリックな歌もののなかに様々な要素が意図的に組み入れられており、多様な音楽文化への深い理解こそが彼女の音楽を特別なものにしている。

その歌がフランスやヨーロッパを経て世界中で聴かれている要因として、例えばレイヴェイのようにある種のノスタルジーを内包することで、今日のトレンドと合致している点も挙げられるだろう。ただ僕としては、ギャビのオリジナリティは、そのノスタルジーをもたらすインスピレーションの広範さにあると思っている。

さらにギャビは、彼女ならではのやり方で、今の社会の状況を音楽や歌詞に反映させたりもする。部屋でぼんやりと流しておきたくなるような心地よいサウンドのなかには、強いメッセージが込められていたりもする。言葉が耳に入ってきて、その表現の意味に気づいた時にハッとしてしまうような歌詞もまた重要なポイントだろう。

ここではそんな彼女の魅力を、前回のインタビューに引き続き掘り下げていった。1月10日・11日にブルーノート東京で開催される初来日公演(『Gabi Hartmann』のプロデューサーであるジェシー・ハリスも帯同)の前にぜひとも読んでほしい。

Photo by Fiona Forté

―前回のインタビューでキャリアや音楽性について尋ねたので、今回は歌詞の話から聞かせてください。まず「La mer」という曲について教えてもらえますか?

ギャビ:あれはけっこう前に書いた曲なんです。あの曲では私がその当時見ていた状況について書きました。それはアフリカからヨーロッパへたくさんの難民が渡ってくる地中海沿岸の光景です。国境を越えようとした難民の家族たちがどんどん亡くなってしまう光景……これは2015、6年の話です。特にリビアでの内戦(第二次リビア内戦)のあと、国境がオープンになったことでスーダン、リビア、エチオピアといった西アフリカからの難民がヨーロッパに渡って、パリに移住するようになりました。家族で移住してきた彼らの難民キャンプのような場所が、私が住んでいた家の周辺にできていたので、私はいち個人として彼らと交流を持って食事を振舞ったりして、彼らをサポートしていました。

―そうだったんですか。

ギャビ:そんな感じで2015年ごろにアイデアが生まれたんですが、そのリファレンスになったのはシャンソン歌手シャルル・トレネの「La mer」という曲でした。地中海の風景の美しさを「銀色の水面が踊っている」と歌った曲です。その曲の最初の歌いだしが”見渡す限りの海が、銀色の光を放っている”という内容なんですが、私はその「銀」を「赤」、つまり「blood」に変えた歌詞を書きました。子供の頃から大好きな曲を私の目を通して見た現状に書き換えた、新しいバージョンにしたということです。政府が援助しないことで難民が亡くなってしまう状況、つまり悲劇を描いた曲です。私が今までに書いた曲の中でも、最もポリティカルなものだと思います。

―美しい曲をすごく重いテーマに書き換えたわけですね。

ギャビ:そのシーンは悲劇を糾弾する意図もありました。でも、そういったヘヴィな題材をポエトリーとして歌うことは私にとってはすごく難しいことでした。普段の私の歌、私のアレンジで歌っても、それを聴いた人たちに(自分の意図を)なかなか気づいてもらうことはできないので。歌詞にしっかり耳を傾けないと、ヘヴィなことを歌っていることに気づいてもらえないわけですから。だから当時の状況に対して、私なりの想像力をできる限り膨らませて歌詞を書いたんです。

それともう一つ。この曲は海についての歌でもあり、海は人々を殺してしまうモンスターとして描かれています。私は曲の最後で「海だけが悪いの?」って問いかけているんです。「悲劇を引き起こしているのは、他に責任のある人間がいるんじゃないの?」っていう終わり方にしています。

―美しい曲調なんだけど、歌詞をよく読み込んで背景を調べてみると、実は社会的な内容や深いものが含まれている……というような音楽で、あなたのインスピレーションになったものはありますか?

ギャビ:まず、ジャック・ブレル。バルバラも。ニーナ・シモンは、自身ではあまり曲を書いていないけど、優れた翻訳家、もしくは紹介者みたいな存在だったと思います。彼女は美しいメロディやリズムの曲を選んで歌ったんだけど、ポリティカルな歌詞の曲を多く選んでいた。ジャック・ブレルも同じようなタイプ。レオ・フェレもそうですね。私はそういった人たちに刺激されてきたんだと思います。

―次は「L'Amour Incmpris + Azza Fi Hawak」の背景について教えてください。

ギャビ:「LAmour~」はフランスの50年代の喜劇俳優、フェルナンデルが出ていた映画の曲なんです。「Azza Fi Hawak」の方は、友人であるスーダンのフルート奏者、ガンディ・アダムから教わった伝統歌です。リズムはワルツで、アラビックな曲調で、スーダンでは誰もが知っている賛美歌というか、国歌のような曲です。”Azza”は女性の名前なのですが、スーダンの人たちにとっては自由や独立の象徴のような存在だそうです。

それぞれの曲は実はもっと長いんですけど、両方の曲のサビだけを歌って、このように一曲にしています。私は2016年ぐらいにフランスで様々なバンドに参加していた時期があって、フランス人やスーダン人の音楽仲間と、フランス語やアラビア語の曲をレパートリーに演奏していたことがありました。その時にも「Azza~」を歌っていました。すごくメロディに力がある曲なんですよね。

ジェシー・ハリスと一緒にアルバムを作りながら、レコーディングの最後の最後になって「実は昔からどうしても好きな曲があって、それも収録したいんだけどいい?」と私からこの曲を提案したんです。ミステリアスでどこかリンクし合う二つの異文化や、私とガンディというバックグラウンドの違う二人の出会い、そういったものがこの「L'Amour Incmpris + Azza Fi Hawak」には込められています。ガンディと出会い、この曲を知って、ヨーロッパではあまり知られてないスーダンの音楽のことに凄く興味を持ちました。アラブやアフリカのリズムと、ヨーロッパ的な何かが入り混じったような……エチオピアのジャズはフランスでも有名ですが、スーダンの音楽はあまり知られていないので、私がレコーディングすることでみんなに聴いてほしいという思いもありましたね。

―「Azza Fi Hawak」について調べてみたら、女性によるプロテストソングの歴史においても重要な曲であると紹介している2019年の記事を見つけました。

ギャビ:私がガンディから聞いたのは、これがトラディショナルソングであるということだけでした。コンサートで私がこの曲を歌うと、その場にいたスーダンの女性たちが皆この曲の歌詞を知っていて、歌ってくれたりするんです。2019年のスーダン現地の政治的な状況や、それに対する社会の動きといったものは知っています。大統領が独裁的な権利を握った時期ですよね。「Azza~」はナショナリスティックなものだったり、あるいは政治を含めた自分たちの国に対する誇り、そういったものを歌っている曲だと思います。

スーダンの人たちって、とても音楽的なんです。しょっちゅう歌ってるし、知ってる曲もたくさんあって、音楽とすごくコネクトした国民性だと感じます。文化としての音楽が凄く重要なんだろうなって。そこはフランスとは少し違いますね(笑)。音楽がある意味でツールとして、ある政治的な状況下でプロテストソングとして歌われるというのは、スーダンに限らずアフリカではよくある現象なんですよね。

アフリカ音楽からの影響、音楽や文化にオープンである理由

―先ほど、エチオピアのジャズについて言及していましたが、あなたが作成したSpotifyのプレイリストにはエチオピアの曲もいくつか入っていますよね。そういった音楽からの影響も大きかったりするのでしょうか?

ギャビ:はい! ジャズに限らずトラッドも含め、エチオピアの音楽が大好きなんです。例えば、ムラトゥ・アスタトゥケや、修道女でピアニストのエマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーですね。彼女は最近亡くなってしまいましたが。

『Gabi Hartmann』の最後の曲「The End - Meditation」のリファレンスは完全にエマホイでした。しばらくピアノを弾いていなかったけど、彼女にインスパイアされて久しぶりに弾いたんです。彼女が弾いていたスケール、つまりペンタトニック・スケールで即興演奏したのがあの曲です。なぜその曲をアルバムに入れようと思ったかのか、自分でもわからないんですけど、とにかく入れたかったんですよね。

―前回のインタビューで「南アフリカの音楽を研究していた」と話していましたが、あなたのプレイリストには南アフリカの音楽も入ってますよね。

ギャビ:そもそも、私が通っていた東洋アフリカ研究学院というロンドンの大学がそういったものを学ぶ場所でした。マスターを取ったのが、音楽人類学だったんですよね。

それとは別に、母が西・北アフリカによく仕事で行っていたので、その頃からアフリカのいろんな音楽を聴いていました。アフリカの様々な国のことを小さな頃から意識していた、と言えるかも知れません。そのうち、私はアフリカに関するいろんなセミナーを受けるようになりました。そこでアフリカ中の様々な音楽を聴いたんですが、南アフリカの音楽に出会ったのはその頃です。

アフリカのジャズ、特に南アフリカのジャズは歴史が古くて、ほぼアメリカのジャズと同じくらい長い歴史があります。アメリカのジャズをコピーしたり、マネしたりしながら、彼らは自分たち独自のバージョンを作ってきた歴史がある、ということを学校で教わって、すごくショックを受けました。新しい音楽の惑星が、私の眼の前に生まれたような感覚すらあったと思います……。

私が特に好きだったのはミリアム・マケバ、そしてクウェラ・ミュージック。私は50〜60年代の南アフリカの音楽にどんどん興味を持っていきました。歌もの、特にクワイアが多くて、伝統的にボーカル・ミュージックが強い国。そういうものを探しては聴いていたら、ポール・サイモンがレディスミス・ブラック・マンバーゾを始めとした南アフリカのアーティスト達と作ったアルバム『Graceland』と出会い、「こんなの聴いたことがない!」ってすごく驚いたのを覚えています。

だから、私は最初から南アフリカのアーティストに詳しかった訳ではなかったんですよね。私が育った環境ではフランスの植民地だった西アフリカの音楽の方がよく耳に入ってきたから。でも、私はどんどん南アフリカの音楽にのめり込んでいきました。南アフリカ人の先生に歌を教わる機会もあって、そのときに現地の歌も習ったりもして、これはもう現地に行くしかない、と思い立ったんです。それでケープタウン、ヨハネスブルグにリサーチに出かけて……。

―実際に現地にも!

ギャビ:もちろん、実際にクウェラを聴きたくて。パイプフルート(ペニーホイッスル)奏者のスポーク・マシヤニみたいなスタイルのね。だから、ああいうミュージシャンを探していたんですけど、さすがに当時のような音楽をやっている人とはなかなか出会えなくて。新しい世代の人たちはああいう音楽をもう演奏していなかったのが残念でしたね。

ギャビが作成したプレイリスト。上述のムラトゥ・アスタトゥケ、ミリアム・マケバやヒュー・マセケラといった南アフリカの音楽も選曲されている

ポール・サイモンとミリアム・マケバがデュエットした『Graceland』収録曲「Under African Skies」

―前回のインタビューで、音楽だけではなく、政治や歴史についても興味があると話していましたよね。南アフリカに興味を持ったのはそういった側面もありますか?

ギャビ:それも関係あると思います。もともと私は、音楽以前に政治を学んでいたんです。具体的にはポリティカル・サイエンスと哲学。音楽への考え方が変わったのは学生時代、インターンシップでブラジルのリオに行った時に受けた衝撃がきっかけにあります。それまで音楽というのは自分にとってパーソナルなもので「自分が楽しむ」あるいは「友達と楽しむ」レベルのものでした。でも、ブラジルではもう社会というか、「国の中心に音楽があるんだ!」と思ったんです。カーニバルを基準にスケジュールが組まれていて、音楽がいつでもどこでも流れて、みんな踊っていて……ここまで音楽が中心にある国もあれば、一方で、そうでもない国もあるのはなぜなんだろう?と疑問に思うようになって、そこから音楽人類学を学ぶなかでその理由を掘り下げるようになりました。

それにフランスだと、トラディショナルな音楽は今でも残ってはいるけど、かつてほど力を持っていませんし、徐々に失われているようにも感じます。そういう国は多いと思いますが、かと思えば、昔から変わらず、そういった音楽が昔から大きな存在であり続けている国もあります。その差も気になっています。

―その答えは見つかりましたか?

ギャビ:音楽が中心にある国とそうでない国、トラディショナルな音楽の影響力が健在な国とそうでない国……この二つの疑問への答えを探しているのですが、まだその答えは見つかっていません。大きなミステリーのままですね。

―そういった研究によって考えたことは、自分自身の音楽に反映されていると思いますか?

ギャビ:自分ではよくわかりません。ただ思うのは、自分の趣向みたいなものを問い直す、捉え直すことが多くなっているのは、研究からの影響かもしれませんね。つまり、あまり知られていない音楽が、なぜ知られてないのかというと、単純に露出が少ないからですよね? なぜ少ないかと言えば、有名ではないから。では、どうしてそういう結果になってしまうのか。そういうことを考えるようになりました。

音楽のスタイルによって、人気が出るもの、出ないものと分かれてしまう。スーダンの音楽もその好例で、全然有名ではないけど、だからこそ私は興味を持ったわけです。フランスの有名なスタンダードをカバーするよりも、スーダンの音楽の方を歌う方が、自分にとっては有意義だと思ったんです。

そういう意味で、(研究を経て)自分の趣向について、より深く考えるようになりましたね。フランスのジャズ・スタンダードに限らず「みんなが知ってる曲を私がカバーして意味があるんだろうか?」と思うようになったし、より多くの音楽にオープンになったとも思います。要するに「決めつけをしない」ということが大事ですよね。そういう意味では、今のポピュラーミュージックにだって面白い部分はあるでしょうし。私は何でもどんどん聞いて、いいところを見つけていく、という姿勢でやっているんです。それがなぜ人気があり、有名なのか、なぜ私はこれが好きなんだろうか、そういった小さな疑問を常に持ち続けていることは、研究の影響なのかもしれません。

それと、ソングライティング自体に音楽人類学からの影響が出ているかはわかりませんが、「La mer」のように、自分の研究と直接関係はなくても、音楽と絡んでくる政治や社会、自分を取り囲む状況や問題について、作品で取り上げることはあるんです。私はアーティストなので、ハッピーなことばかり歌っていられない。アーティストは自分の時代と社会にあるすべての問題を反映しなければならないと思います。そう考えることになったのも、研究からの影響があるのかもしれませんね。

ギャビ・アルトマン with ジェシー・ハリス

2024年1月10日(水)・11日(木)ブルーノート東京

公演詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/gabi-hartmann/

※ブルーノート東京公演の前日1月9日、恵比寿・BLUE NOTE PLACEにてプレビュー・ミニ・ライブも開催

ギャビ・アルトマン

『Gabi Hartmann』

発売中

日本盤ボーナストラック追加収録

再生・購入:https://sonymusicjapan.lnk.to/Gabi_GabiHartmann

ギャビ・アルトマン特設サイト:https://www.110107.com/gabi