GIGAスクール構想などICT教育の推進で小中学校や高校に浸透したiPadですが、まんがを学ぶ芸術大学でもすべての学生が自前のiPadを使っていました。「まんがを描くなら液タブ(液晶ペンタブレット)では?」と思っていましたが、学生は「まんがやイラストの描画だけでなく、アニメや動画の制作も場所を問わずにできるので、もはやiPadがないと話にならない」と語ります。先生も、学生の作品の添削や指導にiPadやAirDropを活用しており、先生にとっても手放せない存在になっていました。
紙と鉛筆では不可能な方法で効率よく作業を進めていた
兵庫県神戸市にある神戸芸術工科大学には「まんが表現学科」(2024年度よりメディア芸術学科)があり、プロのまんが家を目指す多くの学生が在籍。市販のまんが雑誌で連載を持つプロのまんが家を多く輩出するなど、学内でも実力派の学科として存在感を放っています。
まんが表現学科を担当する多田由美先生の2年生の授業を見学させてもらうと、オリジナルのキャラクターを作って描くグループワークを実施していました。全員が自前のiPadとApple Pencilを使っており、iPadでもっとも大きい12.9インチiPad Proを持っている学生が多いのに驚きました。ある学生は「アプリのツールパレットで画面がある程度ふさがってしまうので、まんがを描く際は描画できるエリアができるだけ広い方がいいから」と、12.9インチモデルを選んだ理由を語ってくれました。
作業の様子を見ていると、画面を拡大して細部を描いたあと、画面を縮小して全体を確認する、といった流れの繰り返しで描画を進めていました。紙とペンでは不可能なiPadならではの方法で、効率よく作業しているのが印象的でした。Apple Pencilを持つ手は常に同じ方向に動かし、絵を回転させて描画するスタイルを採る学生が多かったのが新鮮に感じました。
資料を参考にしながら描くのがまんがの基本ですが、画集などアナログの資料を持ち込むのではなく、インターネットで画像を検索する方法が主流になったそう。検索も、iPadでアプリを切り替えたり画面を分割するのがわずらわしいので、隣に置いたiPhoneで検索や表示をしている学生がほとんどでした。
紙と鉛筆と比べてのメリットを学生に聞いたところ、やはり作業効率の向上が第一に挙がりました。「iPadならばアンドゥ機能でやり直しもワンタップででき、修正もサッと手軽にできます。作業環境の持ち運びも革命的といっていいと思います。かさばるスケッチブックや筆記用具が不要になってiPadだけで済むので、電車に乗っている時も作業できます。準備や片付けの作業もいらず、作業を中断した時の状態で次もすぐ始められるのもありがたいです。iPadやデジタルの仕組みがないともうだめ、というぐらい重要性は増していますね」
添削も色の伝達もiPadならでは、先生にとっても欠かせない存在に
iPadはなくてはならない存在、と語るのは学生だけではありません。先生にとってもiPadは欠かせない存在になっていました。
授業中、学生から「人物の体のデッサンがうまくいかない」と相談を受けた多田先生。しばし学生のiPadの画面を見ながら口頭でアドバイスしていましたが、作業中のファイルを自身のiPadにAirDropで送ってもらい、ササッと描き加えて再びAirDropで学生に戻していました。
多田先生は「iPadになって添削がグッと楽になりましたね。かつては紙に描いて戻していましたが、効率が断然違います」と評価します。iPadならではのメリットは色塗りの指導だ、とも指摘しました。「色って、自身の頭で思いついたものを言葉で忠実に伝えるのが難しんです。iPadなら、自身のiPadで作成した色をそのまま送れば、スポイトツールで正確に反映してもらえますから」と語ります。
意外なことに、ふだんiPadでデジタルツールを駆使している人ほど、紙と鉛筆を使ったアナログのデッサンも上手にこなす傾向がある、と語ります。多田先生は「最初は不思議に感じたのですが、iPadとApple Pencilとの組み合わせが紙と鉛筆の感覚とまるで変わらないからなんでしょうね」と分析します。
多田先生は、まんがやイラストを描く能力以外もiPadで身につけてほしいとも語ります。「イラストレーターは飽和状態なので、SNSの活用はマストだと教えています。SNSがなければ発信すらできませんし。どうすればフォロワーが増え、どう活用すれば仕事につながるのかも指導しています。さらに、まんがやイラストを手がける人にとっても、今後は動画編集のスキルが必須になると思っています」。多彩なクリエイティブや情報発信の能力を発揮する相棒として、iPadの重要性はさらに増していくのは間違いないようです。