インターネットイニシアティブ(IIJ)は11月、都内で記者懇親会を実施した。この席で、同社の創業者であり代表取締役会長兼Co-CEOの鈴木幸一氏の講演が行われた。その様子をお届けしよう。

日本になぜGAFAが生まれないのか?

創業31周年を迎えたIIJは、年末にはメディア関係者を招いての懇談会を開催しており、その中で鈴木幸一会長の講演が行われるのが定例となっている。鈴木会長といえば、穏やかそうな外見に似合わず、歯に衣着せぬ発言でも知られているが、この記者懇親会の講演でも毎年その鋭い舌鋒は遠慮なく発揮され、一部の記者・ライターの間では密かな楽しみとなっている。

そんな鈴木会長だが、この日の講演では「日本になぜGAFAのような企業が生まれないのか」ということを中心に話されていた。現在テクノロジー企業のトップを占めるGAFA(M)も、かつては小さなスタートアップからの創業だった。IIJもまた、1990年代に雑居ビルの片隅に起業した小さなスタートアップのひとつだった。しかし、米国からは巨大なIT企業がいくつも育っているのに、日本からはなかなかそうした起業・サービスが登場してこない。政府などは日本からも世界に通用する企業の誕生を目指してさまざまな施策を行っているが、なかなか目立った成果は現れていない。鈴木会長はこれを「資金を配分する政府や企業が製造業の発想から抜け出せていないから」と分析した。

  • IIJの共同創業者であり現会長の鈴木幸一氏。この日は「せっかくだから1時間くらい話したいのに、広報から20分しかもらえなかった」と愚痴をこぼすシーンも…

かつてベトナム戦争などで疲弊し、国民の気持ちが離散した米国が、21世紀にも覇権を握るためにインターネットやITなどに莫大な投資を行ったが、その資金は徴兵を逃れたヒッピーのような若い世代にまで行き渡ったと指摘する。大学や企業の研究所には若い才能が集まり、そこからスティーブ・ジョブズらが台頭していくわけだ。「GAFAの経営者なんて大体は社会人失格だ」としつつ、それでも彼らはしがらみにとらわれない斬新な発想や素早い対応でビジネスをどんどん拡大させていく。

一方で日本では、政府が産業に投資しよう、大きなプロジェクトをやろうとするとき、必ず大企業が受け皿となり、大企業を通じて金が動く。そして大企業を動かしている人たちの思惑で金の配分が決まってしまう。上から下へと資金が動くなかで中抜きされていくことで、末端にまで十分な資金が行き渡らず、また全体としても投資効率が下がってしまうため、天才の発想や、野心的なプロジェクトが育つ余地がない。こうしたことを挙げ、「日本には一緒になって面白い企業を作るというカルチャーがなかなかできない」と分析する。さらに現在、熊本でTSMCなどが何兆円という投資をして工場を作っていることを挙げ、こうした投資に日本式のやり方で太刀打ちできるのか、と疑問を投げかけた。

また、鈴木会長が力を入れて創業したが、トヨタやソニーが資本関係から撤退したことで、志半ばで潰えることになってしまったクロスウェイブに触れた時には、IIJの本社を海外に移転しなかったこと、海外資本を頼らず、NTTなど日本企業からの支援でIIJが存続したことに、後悔のような思いを持っているようにも見受けられた。

技術は人を退化させるのか

現在は生成AI(機械学習)が最もホットな技術として人気を集めているが、こうした最新技術がもたらす影響にも話題は及んだ。1990年代、米国で読んだ本には「ネットによって人間の脳がどこまで退化するか」という内容が載っていたそうだ。その本によれば、インターネットを子供の頃から使っていると、記憶を司る脳の面積がどんどん小さくなっていくのだという。鈴木会長自身も、スマートフォンを持ち歩くようになり、人の名前や場所、できごとなどをどんどん忘れてしまうという。これが加齢によるものなのか、テクノロジーによる影響なのかは定かではないとしつつも、「インターネットや技術が人の脳まで変えてしまう」という点が非常に怖くもあり、興味深い点だと紹介した。

また、量子コンピューティングについても言及し、現在量子コンピュータ開発でトップを走っているうちの一社はIBMであろうが、量子コンピュータが発達すると一番困るのはIBM自身ではないか。自分が作った技術革新で、自分自身のレゾンデートル(存在理由)が揺るがされ、自分すら飲み込まれてしまうかもしれないと、技術が持つ面白さでもあり、怖さについても触れていた。

その上で、今後、超高速なネットワークや通信サービスが登場すると、その上で動くサービスが大きく変わり、企業の事業形態もまた一変するだろうと予測した。その上で、IIJとしてはどのような企業カルチャーを目指していくべきなのか、考えていきたいとまとめた。

  • 懇親会会場で展示されていたパネルには、IIJが展開しているサービスが掲載されていた。ネットワークから農業ICTまで、さまざまなところにIIJのサービスが進出している

鈴木会長肝煎の音楽祭も20周年

  • 「東京・春・音楽祭」のパネル

最後に、鈴木会長が創設し実行委員長を務める「東京・春・音楽祭」が、2024年で20周年を迎えることを明らかにした。同音楽祭は毎年3~4月に、桜が見頃を迎える上野公園を舞台に開催される、国内最大級のクラシック音楽イベント。2005年の「東京のオペラの森」を前身として、2009年から現在の形で開催されている。

ここ数年は新型コロナウイルスの影響もあり、ネット配信中心に開催されてきたが、2024年は再び実施設でのイベントが復活。国内外の著名なアーティストを招き、オペラ、オーケストラ、室内楽など、多彩な演奏会が上野公園にある東京文化会館や国立科学博物館など、各施設内で開催される。会場に足を運べない人のために、IIJが開発・運用するオンラインでのライブストリーミング配信も行われる。

「この20年で世界的な音楽イベントに育った」と嬉しそうに語る鈴木会長は、「ぜひ一度顔を出してほしい」とアピールしていた。ぜひ読者諸兄も世界的な演奏家による名演に触れてほしい。