国内の港から港へ、日夜、貨物を海上運送している内航海運。国内物流の約40%を担う、まさに物流の要となる業界だ。それにも関わらず、全船員に占める女性船員の割合は令和4年現在でわずか3%ほど(国土交通省の資料による)。いまだ、男性船員が大多数を占める状態が続いている。
そこで日本内航海運組合総連合会(以下、内航総連)では、女性にも「魅力のある」「働きやすい」職場環境を構築すべく、内航海運業を女性の目線から鋭く検証する「ジェンダーレスな視点による船員対策検討会」を発足させた。
そんな折、静岡・清水港にて12月16日に開催された「めざせ海技者セミナー in 静岡」には国立清水海上技術短期大学校の学生をはじめ、多数の女子生徒が参加。同セミナー後には、先述の検討会のメンバーとセミナーに参加した女子生徒22名による”意見交換会”も実施されている。女性の活躍できる内航海運に向けて、どんな意見交換が行われたのだろう?
■大盛況の海技者セミナー
古くから、漁業や海運業で栄えてきた静岡県の清水港。世界文化遺産の三保松原にほど近く、晴れた日には富士山の雄大な景色を望むことができることから、長崎、神戸とともに”日本三大美港”のひとつに数えられることもある。
そんな清水港にて16日、中部運輸局の主催による「めざせ!海技者セミナー in 静岡」が開催。全国から海運事業者45社が集い、若い船員希望者に向けて企業説明を行った。
中部沿海海運組合 専務理事の吉村剛氏に話を聞いた。
「中部地方で就職セミナーを開催する際、会場には必ず清水港が選ばれてきました。平成19年度からやっておりますので、これで17回目の開催になります(うち2回は名古屋市内でのLIVE配信)。今回も全国から事業者が参加しました。地元の企業だけでなく、北は北海道から南は鹿児島まで、様々な会社がブースを出展しています。船種だけ見ても貨物船、セメント船、曳舟、フェリー、RORO船、オイルタンカー、液化ガス、海洋調査船など、本当にバラエティ豊か。変わったところでは、名古屋税関(税関監視艇)もブースを出しています」
そして参加校については「セミナー会場からほど近い国立清水海上技術短期大学校(111名)、東海大学 海洋学部(10名)、そして静岡県立焼津水産高等学校(27名)といった県内校。また県外では愛知県立三谷水産高等学校(9名)、三重県立水産高等学校(20名)など、遠方からも学生が参加してくれています」とのこと。総勢186名の海技者を志望する学生や求職者が集った。
短大の1年生をはじめ、これから就職活動を始める学生が参加するこのセミナーは、企業担当者と直接話ができる場だ。「参加した学生たちは、自分の将来像をより高い解像度で描けるようになります。また、『4級海技士(航海・機関)』の資格取得だけではなく、大型船の士官として乗るために必要な上級資格の筆記合格を目指すため、授業のモチベーションが上がる学生もいるのではないでしょうか。このタイミングで話を聞いておくことで、就活で本番の面接をする際、より具体的な話を進められるといったことも考えられます」と吉村氏。
男子生徒のみならず、女子生徒も数多く参加したこの日。ブースには『女性歓迎』のマークを掲げる会社も少なくなかった。
■未来の女子船員たちは何を思う?
セミナー後、「ジェンダーレスな視点による船員対策検討会」の座長である邦洋海運 代表取締役社長の内藤陽子氏、由良機船 代表取締役の八木理恵子氏、白石海運 取締役の白石紗苗氏(リモート参加)の3名と、船員を目指す短大生22名による意見交換会が行われた。
議題となったのは、船員を目指す女性が不安に感じていること、女性船員の結婚・出産・子育てについて、キャリアパスについて、など。座長を務めた内藤氏は、その冒頭「いまだ内航海運業は男性船員が中心です。女性船員は3%しかおらず、まずは女性を増やしていくことが大事だと思っています。男女がお互いを尊重し合いながら働ける環境を目指して活動していきます」と話す。
いまの学生は、どのような人生観を抱いているのだろうか?ある女子生徒は「いま19歳です。この先、20歳で就職してRORO船に乗りたい。そこで10年間ほど勤めたあと、外航船に乗って海外で経験を積みます。40歳で内航船に戻って、45歳で退職できたら。その後は人生を楽しみたいです」と語る。
またある女子学生は「20歳で調査船に乗り、23歳で結婚、25歳で第一子を生みたい。もし育休・産休がとれるなら子どもを生みたいけれど、取れないなら、まだ仕事は続けていたい。育休・産休をとったあと、できれば同じところに職場復帰したい。それができなければ、陸上職に転職したい」。
ここで内藤座長は「いま法律で『育休』を取る権利が認められています。その期間は、延長の手続きなどをしても2年くらい。では2年の育休を取れたとして、その後は、どうやって子どもを育てたら良いと思いますか? 私たちも『どうしたら良いのだろう』と頭を悩ませているところです」と話す。
生徒たちからは「夫が陸上職なら育ててもらえるでしょうか」「お互いの両親のもとで育てることはできる?」「船に子どもも乗せることはできないか」「船員は特殊な職業。陸上職よりも長い期間、育休を取れるよう法律を制度改正してもらえないでしょうか」といった反応があった。
ここで、いま実際に育休を利用して子育て中だという白石委員とリモートで繋がる。彼女は現在1歳4か月の子どもがおり、ひと晩だって家を離れるのは難しい状況。でも子どもが3~4歳になり、いく晩か実家に寝泊まりできるような年齢になれば状況も変わるのでは、と前向きに話す。「やがて休暇交代を利用して1週間だけ、あるいは20日だけ船に乗ります、ということも考えられる状況になったら良いな、と思っています。社内には、同じような状況で職場復帰を目指している同僚もいます」と女性船員。内藤座長は「女性の働き方も、人それぞれの時代になってきます。こうした場で、皆さんのアイデアもどんどん検討会に吸い上げていければ」。
それでは、学生たちの結婚観は? ある生徒は「いま彼氏はいますが、私には人生でやりたいことがありすぎるので、今後も結婚する意思はありません。世界一周もしたいし、イタリアあたりに移住もしたい。彼氏との時間も楽しみながら、1人でいる時間も楽しんでいきます」。ちなみに出席した学生のうち、「将来は結婚したい」と回答する生徒は半数くらいにとどまった。
船員になって重視したいことは?「仕事のやりがい」「給料」「自分の時間」から選ぶとしたら、どれが当てはまるか。ある学生は、給料と自分の時間を大事にして、プライベートな旅行を楽しみたいと打ち明ける。「内航船なら3か月間は陸上に戻れなくても、その後で1か月間の長期休暇が取れる。そこで旅行に行けるでしょう。このサイクルを繰り返せば、3か月の内航船、1か月の旅行、結果として年間を通じて1度も家に帰らない生活だって送れます」。
このほか、パワハラ・セクハラ問題についても議論がおよんだ。内藤座長によれば、いま企業の経営陣も頭を悩ませている問題だという。例えば、どんな言葉を使ったらパワハラ・セクハラにあたるのか?様々な意見交換が行われるなかで、ある学生は「言葉ありきの議論ではなく、その人のためを思って言っているかどうか、だと思います。船上では怪我や命の危険にさらされることもあり、指導のために強い言葉を使ってしまうこともあるのでは」とコメント。これには検討会のメンバーも深く頷いていた。
そして、女性船員が少ない理由について。男性に比べて女性は、たしかに重労働はあまり向いていないかも知れない、けれど女性だから務まる細やかな仕事もある、といった意見。また「これまで女性船員が少なかったので、規模の大きくない企業は、まだ女性を受け入れるための設備を整えられていない。これから私たちが初の女性船員として船に乗ることで、そんな環境も変わっていくのではと思います」「そもそも女性と一緒に働いたことがないので、想像できなくて、女性の採用に尻込みしている会社もあるのでは」「セクハラ問題が起こったときに責任を取りたくないという理由もありそう」「現場が男性だけのほうが楽、と思っている男性も多いのでは」と様々な声があがった。
これに八木氏は「皆さんが出してくれた意見、すべて当てはまると思います。でもこの先、女性船員の割合が10%、20%と増えていくにつれ『あれ、うちの企業でも女性船員が活躍できるじゃないか』と気が付く企業もたくさん出てくるはず。私たちも、そこを目指しています。今後も女性が積極的に発言していくことで、少しずつですが、皆さんが働きやすい環境に変えていければと考えています」と話していた。