ゼロから1人で始めた広報活動
広報部隊がゼロだったJA金沢市
かつてJA金沢市には専属の広報担当職員はおらず、広報活動が課題でした。
そこで自己改革(※)の取り組みとして掲げたのが「広報の強化」。さらに、そのためには外部から人を入れたほうが短期間で発信力が引き上げられるだろうという考えを持っていました。
※自己改革:「農業者の所得増大」「農業生産の拡大」「地域の活性化」を基本目標として全国JAが行う取り組みのこと。
元テレビキャスターという異色の経歴を持つJA職員
そこでJA金沢市に広報専属の職員として入ったのが三原千明(みはら・ちあき)さんです。前職ではNHK金沢放送局などでテレビキャスターを務めていた三原さん。約10年続けたテレビキャスターから転職を考えていたタイミングで、JA金沢市から声がかかったそうです。
「退職の挨拶に回っている中で、JA金沢市にも行ったんですね。そのときに『辞めるならうちに来てほしい』と言われたんです」
ただ、三原さんは農業に無縁だったこともあり、最初はイメージが湧かなかったといいます。
「もうプレッシャーがかかるくらい熱心にオファーをしてくれて(笑)。でもそのうち『それだけ言うのであれば』という気持ちになり、半年後くらいに決めました。役員の方たちとの面談で、みなさんから『全力で広報に取り組みたい』という気持ちが伝わってきたことも理由でした。やっぱり1人ではできません。相談すれば力になってくれる人がいること、役員全員が広報の必要性を感じている点は心強いと思いました」
こうして2016年2月に三原さんはJA金沢市で初の専属広報に就くことになりました。
何が広報の“ネタ”になるか
三原さんがまず行ったことは、広報委員会の立ち上げでした。委員会は、役員をトップに各支店や営農の部署の責任者などにより構成されます。
「広報は情報が集まらないと発信ができません。ですから情報を集める体制をまず整えました」
情報を出してもらうためにも“情報提供シート”という情報を書き込める書式を用意。さらに広報委員会を立ち上げた目的を、委員を一同に集めて説明して、広報体制をスタートさせました。
しかし、なかなか情報が集まりません。そこで最初は三原さんから現場に働きかけて情報を聞き、それを広報誌や日本農業新聞などの記事にしていきました。三原さんは1年目に、大小さまざまな記事を230本書いたといいます。また、広報委員会の会議にて、各部署の情報提供数を共有し、提供が少ない部署に協力してもらうよう、担当者からも周知してもらうように工夫しました。
広報活動が売り上げにつながった
「3年くらい経って、ようやく徐々に情報が集まるようになりました。それまでは、新商品が知らないうちに直売所に置かれていたりしました。ある日、JA金沢市と隣接する農産物直売所「ほがらか村」のバックヤードに行っくと、翌日から売る新商品だった『すいかのくずきり』が置いてあったんです。けれど、私はその情報を知らなくて。見た目にもすごく面白くてかわいいですし『こういう情報こそほしいです!』と話しました」
三原さんはすぐに地元大手新聞社に連絡。「すいかのくずきり」の取材をしてもらい、翌日には記事が掲載。記事を見たテレビ局が後追い取材のように取り上げ、結果として期間限定ながら約4カ月で9万個が売れたといいます。
生産者と連携して“仕掛けていく”広報を実践
生産者のモチベーションを上げる
広報のうえで、生産者との連携は欠かせません。「みなさんの意識が広報に向いて、今はこちらから仕掛けていく感じになりました。たとえば『来年の初出荷に合わせて、新しいことを考えてほしいです』と言って、計画的に動けるようになりました。組合員さんの『作る』モチベーションを上げてもらうためにも、月刊の広報誌で、組合員さんを取材して応援するような記事を書いたりしました」と三原さん。
「売り上げにつながる広報がしたい!」
「JAでいえば、JAバンク事業などは数字で結果が見えますし、営農に関しても販売高で結果がわかります。けれど、広報は売り上げにつながったかどうかがわからない。だから肩身がせまい気持ちも若干あって。去年、売り上げにつながる広報がしたいと思ったときに、芸能人の方と対談するオンライン番組に出演しました。そこで番組のページにすぐに商品を購入できるように「JAタウン」というJAグループのECサイトの販売リンクを貼ったんですね。スイカを紹介したところ、配信月のスイカの販売数は全国でトップだったそうです。スイカの担当者にも、生産者にもすごく喜ばれました」
他にも、金沢駅での販売イベントを企画して、生産者も呼んでトークイベントを行ったり、試食品を作って行き交う人に食べてもらうなど仕掛けは多岐にわたります。
「結局、広報はPRやメディアへの発信だけではなく、仕掛けもすごく大事。さらにその仕掛けに乗っかってくれる人がいることが大事ですね」
現場に行った数=PRできる幅
三原さんが強調したのが「現場に行くこと」の大切さ。
「PRできる幅が、現場に行った数の分だけ広がる。現場に行かないとわからないことがいっぱいあります。もちろん担当者がいるので、たとえばあらかじめ巡回の情報を頂いて同行します。メディアからの取材が入ったときも、基本的にすべて立ち会うようにしています」
現場に行くと生産者の悩みも直接聞くことができます。
「『小さくて目立たない野菜も知ってほしい』と言われたんです。大きい品目は極端に言えば、放っておいても売れるけれど、目立たない野菜は埋もれてしまう。そこで、金沢こかぶは去年から地元シェフとタイアップして自宅で作れるレシピを考案したり。(それを)広報誌に載せて、読者から、実際に作ったという感想がくれば生産者にも伝えました」
こうした取り組みの結果、生産者からは「自分では広報まで手が回らない。JAに広報を頼れるようになって良かった。言ってくれれば、何でも協力しますよ」と言われるほどの信頼が得られるようになったといいます。
JA金沢市の広報は7年目。ゼロから始まった広報は、今や関係者みなが一体となった取り組みへと変わっています。
三原さんは言います。「農業は、自然の影響など、いつ何が起こるかわからない世界。ですからどんどんいろいろなことをやり続けないといけないと思っています。その土台は整ったと思いますから、さらにPRしていかないと、また振り出しに戻ってしまう気がしています。広報は常に現状に満足せず、アンテナを張って活動していきたいですね」
編集協力:三坂 輝(三坂輝プロダクション)