日本中に魅力を伝えるマッシュルーム農家
山形県最上郡にある有限会社舟形マッシュルーム。68棟のハウスで国内生産量の約2割にも及ぶ約1500トンの有機JAS認証マッシュルームを栽培する農業法人です。同社では、生産以外にも水煮やポタージュ、カレーなどの加工事業にも取り組んでいます。
マッシュルームの魅力を世の中に伝えるため、マッシュルームを使ったピザやパスタ、ハンバーガーを楽しめるカフェ(マッシュルームスタンド舟形)の運営を行っています。
地域の未利用資源(稲わらやコーヒーの搾りかすなど)を活用し、自社で菌床を生産しているのも特徴の一つ。使用後の菌床は有機肥料へと作り替え、近隣の農家へ供給するといった地域貢献もしています。
マッシュルーム一筋46年
長澤さんは高校卒業後に食品会社へ入社。配属先が偶然にも、マッシュルームの仕入れなどを担当する部署でした。約8年間のサラリーマン生活で、国内外からの仕入れや国内の産地開拓をすることで知識や経験を得たといいます。
当時は水煮へと加工され、海外に輸出して外貨を稼ぐ商材とされていたマッシュルーム。最大で年間約3万トンと、現在の4倍以上も国内で作られていたのです。冬には大雪が降り、農業を営むことのできない最上郡でも、農閑期の稼ぎ頭として昔から重宝されてきました。長澤さんの父も同様に生産していたといいます。
入社してから8年が経過したころ、人生の転機が訪れました。会社の大株主が変わり、社内の雰囲気や方針が変わっていったのです。それまでは、少量で付加価値のあるものとしてマッシュルームを取り扱ってきた会社が、大量生産・大量消費へとかじをきっていったといいます。それまでは仕事を辞めることなど考えたこともなく、マッシュルームに情熱を燃やしてきたという長澤さんですが、「このままでは会社がダメになる」と感じ、新しい道を模索し始めました。
その頃の日本はオイルショック以降の円高で、海外での水煮の価格優位性は無くなりつつあり、下火になっていたといいます。その一方で、足が早いことから加工をメインとして扱われてきたマッシュルームが、海外ではチルド輸送が可能となり、生食用も遠くまで運ばれるようになり始めました。
そこで、長澤さんは「日本でも必ずチルド輸送は実現し、生食用の需要は伸びていく」と考え、新しい道として国内向け生のマッシュルーム生産に目を付けました。当時は農薬の使用が当たり前だった中、海外での生産現場を参考に総事業費1億8000万円の最新設備を導入し、あえて農薬を使わない栽培を行いました。
2000年ごろになると、海外での日本の価格優位性は完全に無くなったといいます。それだけでなく、農薬の規制が厳しくなったことや国内では安価な韓国産や中国産の水煮が輸入され始めたことから、多くのマッシュルーム農家が生産をやめ、国内の生産量は約2500トンにまで落ち込みました。
そうした影響もあり、国内で生食用を生産する舟形マッシュルームは多くの企業から必要とされる唯一無二の存在に。海外の動向から国内の動きを読んだ長澤さんは、当時から現在に至るまでマッシュルーム業界のトップランナーとして走り続けてきたのです。
長澤流農業経営
マッシュルーム栽培において確固たる地位を築き上げてきた長澤さん。農業経営で大切にしていることを聞いてみました。
徹底的な情報収集
「就職してからマッシュルーム一筋で働き続けてきたので他を知りません。そうでなければ今頃作っていなかったでしょう」(長澤さん)
何年もマッシュルームと向き合ってきたことで知識と経験、人脈においても誰にも負けないものが培われてきました。だからこそ、マッシュルーム栽培を始めることができたといいます。また、加工を始める時も前職時代の経験や培ってきた人脈を使い徹底的に情報収集をすることができたからこそ、成功することができたといいます。
「加工だけでなく農業を始めるにしても、中途半端に調べただけでは成功することはできないんです」。長澤さんが成功した要因の一つに国内だけを見るのではなく、海外の動向も含めて多くの情報を持っていたことが挙げられるでしょう。
後ろから作り上げる経営
長澤さんは取材の中で、もう一つ興味深いことを話してくれました。
「事業は立体的に描いていく。最終的な目標を描いて、色々な角度からどれだけの時間と段階を経て近づいていけるかの作業なんです。そうすることで、従業員も進むたびに達成感を味わうことができ、企業としても成長していくことができると思います」
舟形マッシュルームにおいても、海外の栽培から農薬不使用やチルド輸送、有機栽培、GAPなど将来的に日本で求められる大きな目標を描き、それに近づくための小さな目標を設定し、日々実践してきました。だからこそ、世の中に必要とされるタイミングで、農薬不使用、日本初の有機JAS認証のマッシュルームを作る事ができたといいます。
これは、近年よく耳にするSDGsと同様の考え方ではないでしょうか。「持続可能なよりよい世界を目指そう」と大きな目標を掲げ、そのために17個のゴールを設定。いきなり実現はできなくとも、各企業が自分たちにできることから一つ一つ実践していくことで、最終的に世界がより良い方向に向かっていけるというものです。
世の中を動かすような大きな目標ではなくとも、自分たちの終着点を考え、そこに近づいていくための小さな目標を設定する舟形マッシュルーム。こうした小さな目標に向かって実践していくことこそ、経営において重要なのではないかと感じる取材でした。