営業職から移住・新規就農

株式会社六星は1982年から加工品の製造を始め、1996年には直売店を設立、また2000年には餅加工場にHACCP方式の品質衛生管理手法を導入するなど先駆的な取り組みを続けてきました。その功績が認められ、2017年に内閣総理大臣賞 農産部門を受賞、翌年には安倍元内閣総理大臣が視察に来るなど名実共に地域を代表する農業法人です。

代表取締役を務める軽部さんは、東京都出身・在住でしたが、1997年に石川県へ移住、同社に入社しました。
「妻の父親が六星の創業メンバーの一人だったんです。販売力を強化したいという話があり、うちもちょうど子どもが生まれたタイミングで子育ての環境面でも石川県の方がいいだろうと思って、移住・転職を決意しました」(軽部さん)

入社後は農業を1から学ぶのはもちろん、経営改革にも取り組みました。高品質の商品を安定製造できるよう製造工程を改善し、社会保険労務士と労務管理も整備しました。また、若い女性にも手に取ってもらえる商品をと、デザイナーとコンセプト設計から行いブランディングをするなど、幅広く変革に取り組んできました。

特に力を入れて行ったのが採用です。事業を変えていくには人が変わることが必要と考え、若手の新規採用に踏み出しました。また計画、実行、評価、改善を数字に落とし込み、経験と勘に頼る農業からPDCAを回し業務改善をする農業経営をするよう、環境を整えました。

六星の人気商品「ハレの日セット」

周囲は会社経験のある軽部さんを尊重し、営業や組織づくりについてはある程度自由にやらせてくれたそう。軽部さんは「すごく恵まれていました」と振り返ります。

「不確実性のリスクを減らす」ための6次化

直売店を経営し、贈答用の商品や総菜の販売、レストラン事業も展開する六星。そうした事業を始めた理由は「不確実性のリスクを減らしたかったから」と軽部さんは話します。

軽部さんが入社した頃は地元スーパーを中心に餅や米を卸していましたが、その後、県外の百貨店やスーパーにも営業し、販路を拡大していきました。
「大手百貨店やスーパーには総菜部門もあるので、お米を販売するのはもちろん、お弁当のごはんにも使ってもらっていました。しかし人事異動で担当者が変わると、別の産地の米に変わることもあって……ちょっとしたさじ加減でガラッと変わってしまうことがあるんです。だから自分たちの強みを生かしつつ、リスクをある程度コントロールできる方法がないか考えました」(軽部さん)

むつぼしマーケット金沢長坂店はデリやランチ、カフェメニューも充実。

その解決策が、農家の顔が見えて、とれたての農作物が買える直売店でした。最初は米、餅、野菜を中心に販売していましたが、おにぎりや和菓子、お弁当など徐々に商品数を増やして売り場を作り、レストランの経営もスタート。売り上げは、卸売と店舗とで半々ぐらいになりました。「堅実に安定性を考えていった結果、今の形になりましたね」と軽部さんは言います。

6次化に重要な「品質管理」

軽部さんが6次化で重視しているのが「品質管理」。デザインなどでどう見せるかも重要ですが、小売店から安心して売れると思ってもらえるかどうかも重要だと言います。六星はHACCPを20年以上前に導入しているほか、食品安全マネジメント規格「JFS規格※」のJFS-B規格を取得しています。毎年監査があり費用もかかりますが、食の安全基準が高まっているため、こうした認証を取得することは大きなアドバンテージになると軽部さんは話します。

「こうした認証を取得する目的は、とにかく食品安全に関するトラブルを減らすことです。僕らは今、ものすごい数の餅を製造しています。もし1個おかしなものが出てきて、全品回収になったら間違いなく倒産します。規格に沿って製造することで、日々の品質管理はもちろん、万が一、トラブルが発生しても被害を最小限に抑えることができます。あとは営業する際にも取引先に安心してもらえてスムーズに商談も進みます。営業力や販売力をつけていくためにも必要ですね」(軽部さん)

本社に併設する「むつぼしマーケット」

※JFS規格 :2016年に一般財団法人食品安全マネジメント協会(JFSM)が開発した、食品の安全管理に関する国際認証制度。

これからの6次化は「食文化の輸出」

六星は現在、アメリカの日系スーパーにも餅を輸出しています。軽部さんは餅つきや寿司・おにぎりを握るイベントなどにも参加していますが、食品をそのまま販売するのではなく、食文化を伝えることが重要だと言います。

「日本だとお米のうまみや甘みを重視しますが、アメリカなど海外ではお米を単独で食べることって少ないと思うんです。日本のお米だけを輸出しても、そのおいしさがローカルの人たちに受けるかどうかはわかりませんし、価格も現地で主流のカリフォルニア米にはかないません。でも、例えばおにぎりという食文化であれば伝わりやすいですし、お餅も、お正月に食べるお雑煮に使われる食材であるというストーリーを含めて伝えれば攻めやすいと考えています」(軽部さん)

また、輸出は個々の会社で取り組んでも認識されにくいことから、今後は「石川県」「北陸」「日本」など国や地域などの産地ブランドとして売り込む必要があるのではないかと言います。
例えば、六星の本社がある石川県白山市は、2023年5月24日、市内全域が「白山手取川ジオパーク」としてユネスコ世界ジオパークに認定されました。こうした世界的な認知度を活用して、地域の皆と販売する、新しい売り方の可能性を模索します。

地域の中で発展していく農業を続ける

「農業は代々その地域で発展してきたという土着性があるんです」という軽部さん。自分たちの地域の課題を解決しながら、会社としての経営も成り立たせてきました。今後もこの方針は変えずに農業を続けていきたいと言います。

軽部さんは以前、能登半島のほうで小豆を作っていたことがあるそう。白山市から片道2時間半かけて通い、1週間ほど作業して戻ってくるということを繰り返しました。しかし、結果はボロボロ。片手間で通いながらやる農業は結果が出ず「やっぱりなめてたなと思いました」と振り返ります。地域に腰を据えてやることや、そこに住む地域の人たちとの関わり合いも大切であることに気づきました。

店頭での軽部社長。時流を読み、いち早く商品の打ち出し方を考える

移住・就農当時は「爪痕ぐらい残してやろうと思っていた」と振り返る軽部さん。今でもその気持ちは変わらず、自分自身でも「来てよかったなって思いたい」と語ります。

「自分にとっては人から評価されることも重要で、『あいつが来てくれたからよくなったね』って思ってもらえるようになりたいです。だからまず、会社をちゃんと経営していこうと思っています。それから農業界や地域にも少しは貢献できたらと思っています。最近はそういう機会をもらえて、農業だけでなく地元の都市計画や観光についても会議に参加したり、商工会議所の副会長として経済活動の旗振り役をやらせていただいたり。今後もそれぞれの分野で実績を積んでいきたいと思っています」(軽部さん)

(編集協力:三坂輝プロダクション)