食品リサイクル法への対応と、コーヒー豆への愛着から生まれたリサイクルのアイデア
食品流通の現場で日々大量に発生している食品廃棄物。「食品リサイクル法」では、その量を抑えるとともに、発生した食品廃棄物を家畜の飼料や農業肥料などに再利用することを事業者に求めている。
2000年に施行されて以来、外食産業においてもその対策が課題になっているが、分別・回収の手間やコスト面などで負担が大きく、実施率は目標値の50%を大きく下回る35%(令和3年度)にとどまっている。
※農林水産省「令和3年度食品廃棄物等の年間発生量及び食品循環資源の再生利用等実施率(推計値)」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/recycle/syokuhin/attach/pdf/kouhyou-14.pdf
そんな中、「スターバックス コーヒー ジャパン(以下スターバックス)」が2014年から実施しているのが、コーヒー豆かすのリサイクルだ。この取り組みへの動きが始まったのは2008年頃だという。
「スターバックスの店舗から出る食品廃棄物のうち、8割ほどを占めるのがコーヒーを抽出した後に残る豆かすです。食品リサイクル法の求めに対して、この豆かすを何とかしなければならないという課題がありました。
また、私たちはコーヒー豆に対して特別な思い入れがあります。大切に育てられ、情熱を注いで調達した豆が、お客様にコーヒーを提供した途端、ゴミになってしまう。この点に一抹のさみしさや違和感を抱いていました。
リサイクルの課題、コーヒー豆への特別な思い。この二つの側面から、豆かすをリサイクルできないだろうかと検討を始めました」(普川さん)
メニコンとの共同開発で豆かす単体での堆肥化に成功
2008年当時、コーヒー豆かす単体での大規模な堆肥化・飼料化の実績はほとんどなく、他の食品廃棄物と混ぜて処理されていた。しかし、コーヒー豆への愛着から、単体で付加価値の高いものが作れないだろうかと、豆かすだけで堆肥化・飼料化する道筋を模索していたという。
そんな折に出会ったのが、コンタクトレンズ用品の開発で培った技術を環境・バイオ事業にも展開している株式会社メニコンだった。同社で行われている酵素や菌の研究が、豆かすにも生かせることがわかり、共同開発が始まった。
リサイクル処理施設の選定と並行し、食品の製造を委託している会社を通じて協力してくれる農家を探していった。
「数ある取引先農家さんの中から、この方なら取り組みに共感してくれるだろうという方に声をかけさせていただきました」
そして2014年3月、「食品リサイクルループ認定(再生利用事業計画)」※1を取得。コーヒー豆かすを利用した同事業の認定は国内初。正式に「コーヒー豆かすリサイクルループ」の取り組みが始まった。
2023年9月末現在、全国にある1885店舗のうち、約250店舗から豆かすを回収。その約半分が堆肥に、残り半分が牛の飼料などに生まれ変わっている。
※1 食品リサイクル法に基づき、リサイクルを進めるために食品関連事業者と再生利用事業者、農林漁業者がリサイクルの輪を構築し、再生資源を有効に活用する計画を国に申請して認定を受ける制度。
茶葉に張りと艶が出てきた! 作物の変化に加え、対外的な評価もアップ
豆かす堆肥には一次発酵タイプと二次発酵タイプがある。
実はコーヒー豆には作物の発芽や根張りを抑制するポリフェノールが多く含まれており、コーヒー抽出後の豆かすにも微量に残っている。
そのため野菜農家には、二次発酵後のポリフェノールを完全に分解した堆肥に、トリコデルマ菌という作物の成長を促す善玉菌を混ぜた堆肥を供給している。
一方、茶農家にはあえて一次発酵の豆かす堆肥を薦めている。根の成長を抑制することで新芽に養分が集中するという研究結果があるためだ。
コーヒー豆かす堆肥は、圃場ではどのように使われているのだろうか。
スターバックスの商品に使用している抹茶の原料「碾茶(てん茶)」を栽培している「KAWANE抹茶」大橋一輝(おおはし・かずてる)さんと、「萩村製茶」萩村浩史(はぎむら・こうし)さんに話を聞いた。
●農家の声~堆肥のコストダウンや茶園のブランディングにつながっている~
KAWANE抹茶は、お茶の名産地として知られる静岡県島田市川根本町で、20年以上碾茶や煎茶の有機栽培に取り組んでいる。
「以前から、菜種かすやゴマのかす、魚かすを中心にした有機の配合肥料を春と秋の2回まいているのですが、現在はそこに20%ほどコーヒー豆かす堆肥を混ぜています。
導入して3年たちますが、今のところネガティブな要素がまったくなく、安心して使用しています。配合肥料が高騰している中、豆かす堆肥は価格が据え置きなのでコストダウンにもつながっています」と大橋さん。
また、展示会などで海外の取引先にこの話をすると、「ぜひ続けてほしい」と高く評価されるという。
「有機農業とリサイクル堆肥は親和性が高いんですよね。実際に始めてみて、こういった取り組みに参加する意義を非常に強く感じますし、ブランディングにもつながっていると思います」
●農家の声~害虫も減って、茎も根も張りがよく、葉に艶が出てきた~
「葉が元気になってきた」と手応えを感じているのは、古くから良質なかぶせ茶の産地として知られてきた三重県四日市市水沢町で茶農家を営む萩村製茶の萩村さんだ。以前は、元肥として春に油かすをまいていたが、スターバックスの契約圃場に限って、それをすべて一次発酵のコーヒー豆かす堆肥に切り替えた。
「以前はカイガラムシがつくこともあったんですが、それが減ってきて、茎も根もしっかり張ってきました。葉っぱも艶が出てきたように感じます。使い続けることで、堆肥と肥料、両方の効果を期待できると思います」
コーヒー豆かす堆肥はペレット状になっているためどんな機械でも扱いやすく、コーヒーの香りに癒されながら作業しているという。
「リサイクルループの一員として、僕たちも循環型社会の実現に向けた取り組みをしっかり進めていきたいですね」(萩村さん)
取り組みに賛同し、追加の作業負担も快く受け入れてくれた! 店舗スタッフ、物流業者、チルドセンターにも広がる共感の輪
リサイクルループの実現には、リサイクル処理施設や農家以外にも、関係するすべての人たちの理解と協力が欠かせない。
リサイクルループの第1走者となるのが、店舗のパートナー(従業員)だ。豆かすをリサイクルに回す上で、店舗での作業も増えている。コーヒー抽出後の豆かすを脱水して、専用のビニール袋に移し替え、カビが生えないよう高濃度の酢をスプレーして密閉。こうした作業が1日2回ほど発生する。
「大事に育てられたコーヒー豆が、役目を終えてから新たな資源としてまた生まれ変わることに、パートナーも共感し取り組んでくれています」
店舗から出たコーヒー豆かすの袋を回収しチルドセンターに運ぶのは、第2走者となる物流業者。そしてその袋をある程度の量がたまるまで一時保管しておくのが第3走者のチルドセンターだ。
実は、チルドセンターへの戻り便にコーヒー豆かすを乗せるこの流れは、食品リサイクルループ認定を受けたことで、特例として認められているもの。物流業者にとって食品廃棄物をトラックに載せて運ぶのは異例のことで、チルドセンターでも保管場所の確保や管理などイレギュラーな仕事が生まれてしまった。しかしいずれも反応は好意的だった。
「取り組み開始時の物流業者さんには、スターバックスが日本に初出店した時からお世話になっていて、弊社の荷物を運ぶことに以前から意義を感じてくださっていました。この件もできる限りサポートしたいと応援してくださって、本当にありがたかったですね」(普川さん)
農家と“顔の見えるつながり”が生まれた。思いを共有する仲間が増えたことが何よりの価値
リサイクルを始めたことで、思いがけない変化もあった。これまでスターバックスでは、食品については、委託先の企業に原材料の調達から製造までをすべて任せていたという。
しかし、このリサイクルループを通じて、農家など国内の生産者と“顔の見えるつながり”が生まれた。
新たなつながりができたことで、連携している農家のもとを店舗のパートナーが訪ねる機会も生まれた。生産者の苦労や情熱に触れ、自分たちが販売している商品に改めて誇りや愛情を持つことにつながったという。
「私たちがコーヒー豆に愛着を持っているのと同じように、農家さんも育てている作物をとても大事にされていることを再認識しました。
農家さんを探す過程では、アプローチを重ねても、条件が整わず取引につながらなかったケースもありました。そうした壁に突き当たるたびに、この取り組みは私たちがやりたいだけでは実現しない、思いに共感してくださる方々の協力があるからこそ完成するループなんだと痛感しました。
法律の求めにきちんと応えられるようにと始まった取り組みでしたが、今ではそれ以上に、『サステナブルな未来のためにコーヒー豆かすを生かして再生したい』という同じ思いを共有する仲間が日々増えていくことが、私たちにとって何よりの価値であると感じています」(普川さん)
コーヒー豆かす堆肥を使って栽培されたお茶や野菜は、スイーツとなってスターバックスの一部店頭に並んでいる。スイーツを入れるカップには、社内で公募したリサイクルループのイラストをプリントした。そこには採用された8名それぞれのリサイクルに対する思いが込められている。
「リサイクルループはまだ小さな取り組みですが、店頭でお客様に商品をお渡しする際にお話ししたりしています。こうした取り組みが、リサイクルについてお客様にも考えていただくきっかけになればと思っています」(普川さん)
スターバックスの店舗から物流業者やチルドセンターを経て、再生処理施設、農家、そして再びスターバックスの店舗に戻り、お客さんの手へ。コーヒー豆かすというバトンでつながる共感の輪は、こうしてリサイクルのループを飛び出し、少しずつゆるやかに広がっていく。
【取材協力・写真提供】スターバックス コーヒー ジャパン