電気通信事業者や地方自治体など181者は12月4日、現在行われている「日本電信電話株式会社等に関する法律」(NTT法)の見直し議論について、NTT法廃止に反対し、慎重な議論を求める意見表明を行った。また同日、KDDI/ソフトバンク/楽天モバイル/日本ケーブルテレビ連盟がこの件について記者発表会を行っている。
NTT法廃止に反対し、慎重な議論を要望する意見表明
NTT法の見直し議論については、12月1日に自民党の作業チームが政府への提言案をまとめたと報じられている。報道によればその内容は、2025年の通常国会をめどにNTT法を廃止するよう求めるもので、NTTに課している研究成果の公開義務、政府による株式の保有義務は廃止し、政府保有株式を売却するかどうかは政策的に判断すべきだとしているという。
この日の意見表明は自民党によるこういったNTT法廃止の方向性に反対し、慎重な政策議論を行うことを要望するもの。意見表明に名を連ねているのはKDDI/ソフトバンク/楽天モバイルの3キャリアのほか、CATV/ISP/電力系などの通信事業者や自治体など。内容については各社がWebサイトに掲載しており(KDDI、ソフトバンク、楽天モバイル)、記者会見での説明にあたっての資料もリンクされている。
具体的な内容としては、わが国の通信市場の発展は公正競争環境の確保があってのものであり、それは電気通信事業法とNTT法を組み合わせて初めて実現されるものであるとして、NTT法が廃止された場合に以下のような懸念が生じると指摘している。
- 公正な競争環境が阻害され、利用者料金の高止まりやイノベーションの停滞などが生じ、国民の利益を損なう
- 競争でカバーできないエリアについてはNTTがラストリゾートの役割を担うことが適当と考えるところ、NTTがその公益的な責務を負わなくなる
- 地域事業者の排除により情報化/防災/生活情報などの地域情報発信機能が失われ、地域サービスが衰退する
こういった懸念を踏まえ、今後必要とされる情報通信インフラの健全な発展や事業者間の公正な競争環境整備のため、電気通信事業法とNTT法を通信制度の両輪とする前提の下での制度設計がなされるべきだというのがこの日表明された意見の骨子だ。
十分な議論がないままに「特別な資産」を持つNTTを制約から解放すべきか
記者発表会では、まず登壇者を代表してKDDI髙橋氏が意見表明の内容とその論拠などを説明した。
髙橋氏が強調していたのは、「NTT法の廃止のような公正な競争環境に大きな影響を及ぼす問題については、オープンな場で十分に議論を尽くすべきである」という点。今回の自民党作業チームの提言内容は、前述のような報道があったものの、記者発表会時点で正式には公開されておらず、登壇者も再三「内容を正確に把握していない」と繰り返していた。そういったクローズドな場での議論でNTT法の廃止という方向性があたかも既定のものであるかのように進められていることについての危機感が、今回の意見表明の根底にあるという。
そして「NTT法の廃止」という方針そのものについても反対の姿勢だ。その理由のひとつには、NTTの事業が電電公社時代に国民負担で構築された「特別な資産」と呼ばれるインフラの上に成り立つものであるという点がある。この「特別な資産」を抱えるNTTに対して、競争事業者が同規模のインフラを構築することはほぼ不可能。公正な競争環境を実現するためには、NTT法によって制約を課すことが必要で、それが通信料金の低廉化やサービスの向上につながるという見解だ。NTTがNTT法廃止を求める理由に挙げている研究成果の普及義務については、NTT法の改正でも十分にNTTの求めるところは実現でき、そのための改正には反対しないとしている。
ソフトバンクの宮川氏は、NTTが「ソフトバンクも日本テレコムを経由して国鉄から資産を承継している」とSNSに投稿した点について、「ソフトバンクが国鉄から承継した資産はいちど外資に譲渡された後に買い戻したものであり、NTTが公社から承継した資産は性質も規模もまったく違う」と指摘。またボーダフォンを2兆円を投じて買い戻したことにも触れ、「同様なことがNTTであったときに買い戻せる企業があるのか」と語った。
また前述の「特別な資産」について、当時の電話加入権や電電公債などで構築したものであり、本来であれば国民に返還するべきところ、「当時は特殊法人だからということで国民に戻さないことも仕方なしと判断したと聞いている」と話し、NTT法廃止ということになるのであれば、郵政民営化の際に当時の小泉純一郎首相が衆院を解散して国民に意を問うたのと同じように、国民に返還するという議論があってしかるべしとした。
楽天モバイルの三木谷氏は「新規参入者の視点から」と前置きして、「NTTがいつでも接続料を挙げられるような環境だったら楽天は携帯事業に参入しなかった。それは対抗できる手段がないから。通信事業法でそれを担保するといっても信じられない」と、NTT一体化への回帰に警戒を表明。NTT東西の資本分離やドコモの再分離といった方向でNTTのありようをしっかり議論することを岸田内閣に求めた。ネットワークへの接続がある意味ライフラインとなっている現状で、その根幹であるネットワークのコネクティビティについて議論することなくNTT法廃止を言い出すことには違和感を感じるという。
日本ケーブルテレビ連盟の村田氏は、ケーブルテレビ事業者の間でもこの問題への危機感が広がっていることを報告。現在でもNTTが保有する電柱の利用申請を拒否される例などもあり、優越的な立場を競争環境で利用される不安があると語る。地方公営ケーブルテレビの現状などを踏まえ、ケーブルテレビ事業者が担ってきた地域情報発信を維持するためにもNTT法の廃止に反対する姿勢だ。
「通信事業者の間の小競り合いではない」ことを強調
登壇した4者とも、通信事業者らの反対にも関わらずNTT法廃止に向けた動きが進んでいることについては強い危機感を感じているようだ。キャリア3社には自民党作業グループで意見を伝える機会があったそうだが、3社で1時間ほどの時間が与えられたのみだったという。今回の意見表明や記者発表会の開催/YouTubeでの公開についても、広く議論を喚起したいという狙いがあるという。
再三強調されたのは「これは通信事業者の間の小競り合いではない」「国民に関心を持ってもらいたい」「メディアにもしっかり問題を伝えてもらいたい」という点。また、当初のNTT株の売却を防衛予算の財源にするという話が後退し、NTT法廃止の理由として研究成果の普及義務の存在のみが取りざたされる中で、NTT法の改正ではなくNTT法廃止にこだわる点に、NTTの一体化・独占回帰といの狙いがあるのではないかというのはキャリア3社が共通して抱いている疑念のようだ。
質疑で「この意見表明のあと、どういう展開を期待しているか」を問われると、髙橋氏は「防衛財源の話ではなくなっているのだから、総務省の管轄。有識者を交えて議論を」としており、議論のないままNTT法廃止に向けて進んでいくことは避けたいという考え。宮川氏はより強い言葉で、「我々は引くつもりはない。2025年にまとまるとは思っていないし、次の社長にも引き継いでとことんまで議論してお付き合いする」と、妥協しない姿勢を見せている。
「このまま反対の声にも関わらずNTT法廃止に向けて進んでいった場合、法的手段などは考えられるのか」という質問もあった。これに対する回答は「検討しなければならない」(髙橋氏)、「我々も含めて日本国内の有識者がおかしいと思えば裁判になるでしょう」(宮川氏)というもので、必要とあれば法的手段をとることもやむなしと考えているようだ。