◆「とまたろう」こと浦田大志(うらた・たいし)さん プロフィール
滋賀県米原(まいばら)市出身。中学校までは東京で育つ。大学卒業後は営業職などを経験し、39歳で農家を志す。2016年に大阪府羽曳野(はびきの)市の藤井農園に入社。翌年独立し「しばファーム」を立ち上げ、ミニトマトを中心に多品目の野菜を栽培し、直売所などで販売している。2020年からはYouTubeに動画投稿を開始し、チャンネル名「とまたろう」として知られるようになる。

倒産の危機からチャンネル登録者数8万人のYouTuberに

──とまたろうさんが動画投稿を始めたのは2020年ですが、何かきっかけがあったんですか?

当時就農3年目の冬で、農業だけで食っていけてなかったんですよ。「あ、このままじゃ倒産するな。何か変えなきゃ」と。

そのころ、ビジネス系のYouTubeがはやっていて、そういうのを見ているうちに「YouTubeにチャンスがあるな」と思ったんですよね。それで、「YouTubeがはねないと俺やっていけない」と覚悟して始めました。

──今は倒産の危機から脱して、登録者数は8万人を超えていますね。これだけ登録者数が増えたのはなぜだと思いますか?

ミニトマトで一点突破したところじゃないですかね。名前も「とまたろう」にして「ミニトマトならとまたろう」っていうのを作り上げました。たまたまミニトマトの栽培動画が再生回数を伸ばしたので、そこを深掘りしていったのが強かったと思います。
それに「わかりやすいから」ですかね。

──確かに、コメント欄には「わかりやすい」とコメントしている人が多いですね。何かコツがあるんですか?

聞く人に不快感を与えないように、最低限の話し方は教材とかで学んでから投稿を始めました。PREP(プレップ)法というやつで、結論(Point)、理由(Reason)、具体例(Example)の順に話して最後にもう一度結論を言うというスタイルです。

──動画の投稿のテーマは栽培方法だけじゃなくて、新規就農に関するものも多いですね。

再生回数を伸ばすことだけ考えたら、栽培系の動画だけ上げてた方がいい。それでも新規就農関連の動画を上げるのには二つ理由があります。一つは社会的意義。僕が苦労したことを、次の新規就農する人にはしてほしくないからです。もう一つは「(就農時の体験談などを話すのが)楽しいから」。農業も楽しいからやってます。

とまたろうさんが出荷しているトマト(画像提供:しばファーム)

“暗黒時代”に訪れたネパールで「楽しいことしかしない」と決めた

──前職は花屋や不動産の営業マンなどをしていたとか。

僕、33歳ぐらいまで本当につまらない人生だったんですよ。世の中で「これが普通だよね」と言われることをやるだけ。その後いろいろあって、35から39までは営業の仕事でお金がたまったら海外に行くということを繰り返していました。

──自由で楽しそうですね。

いや、あれは暗黒時代でした。もう一度生まれ変わろうとしてたんですね。
そんな中でネパールに行ったときに、現地の人が貧しい生活の中でもめっちゃ楽しそうにしているのを見て、「人の豊かさって何だろう」と思って。それまではお金とか物質的なものばっかり求めてたけど、「金じゃねえな、自分のやりたいこと、楽しいことだけしよう」と決めたんです。

──それで、農業に行きついたのはなぜですか?

以前、花屋で仕事をしていたこともあって、植物が好きだなと。それに、母方の祖父母が農業をやっていて、小さい時に見た祖父母の暮らしがとても豊かに見えてたことに気づいたんです。それで、農家になろうといろいろ調べ始めたのが39歳の時でした。そこから農業研修に行って雇用就農の期間を経て、2017年に40代前半で独立しました。でも全然もうからなくて、YouTubeを始めたという流れです。
最初のころは畑で動画を撮っていたら、周りの農家さんに「遊んでないで畑仕事しなさい」と言われてましたけど、今はこれも仕事だとわかってもらえるようになりました。
今、すごく楽しいですよ。本当に、年々楽しくなってます。

とまたろうさんの畑(画像提供:しばファーム)

動画で訴える新規就農者の苦悩

──動画の中では、自身の農業を「半農半X」と表現することもありますね。

そうですね。僕は「半農半Xでもええやん」と思っている派なんです。そうじゃないと農村は死ぬなと。
僕が就農した熊取町というところは中山間地域で、営農するのに条件のいいところじゃないから、周りの農家はみんな兼業。農業だけじゃ食べていけないんです。
そんな状況で、まわりの農家も高齢化でどんどんやめていって、畑が空いていく。僕のところに「この畑やってくれ」って頼んでこられることも多いです。でも、断ってます。

──新規就農者にとって土地が確保できるというのはありがたいことでは?

そうなんですけど、土地の条件が悪すぎて引き受けられないんです。今は獣害も多くて、本当に大変です。水も取れないような畑では何も育てられない。現地の人は水にもシビアですし。機械を入れるにも道が悪すぎで難しい。そんな場所なのに、基盤整備する町の予算もない。
新規就農者に回ってくるのはそんな条件の悪い土地が多いです。

──動画でも、新規就農者のさまざまな困難についてもお話をしていますよね。

新規就農者が苦労するような農村の闇には光を当てていかないと。そうじゃないと解決しない問題がたくさんあります。そんな闇に光を当てるのが僕の役割だとも思っています。

農家の所得や農家の地位を上げたい

──YouTubeのチャンネル登録者数も増え、まさに半農半YouTuberとなりましたね。かなりの農業外の収入もあるのでは?

実は今、農業の収入を農業以外の収入が超えています。最初は「ヤバいな」と思ってたんですけど、今はそれでいいと思うようになりました。
ネパールでの体験から、お金よりも大切なものがあると思ってきたんですが、やっぱりお金がないとやりたいことができないし。今は稼ぎたいと思っています。

──お金をかけてやりたいことがあるということですか?

はい。農家の所得や農家の地位を上げるような取り組みをやりたいなと。ここで該当する農家は大規模農園とかではなくて、小規模の個人農家とか、有機無農薬で希少な作物を作っている農家のことです。
それで、YouTubeで稼いだ収益を全部ぶっこんで、新しく始めたのが「tomajoDAO(トマジョダオ)」です。

──トマジョダオ? なんだか不思議な響きですね。それはどういったものですか?

ウェブ上で全国の小規模な農家がつながるためのコミュニティーですね。今は農家だけでなく、野菜が好きな人とか農家とつながりたい人とかが集まっていて、全部で会員が2000人ぐらいになっています。
ポイントは、このコミュニティーが「自律分散型」の組織だということです。「tomajoDAO」のDAOというのは、Decentralized Autonomous Organization(自律分散型組織)の略で、特定の管理者なしで運営できる組織を言います。それがブロックチェーンなどに代表される「Web3(ウェブスリー)」と呼ばれる新しい技術でできるようになって、今後農業でも活用されていくのではと思っています。

トマトの品種ごとにイメージした女性像をNFTアートとして販売も行っている(より)

──最先端ですね! でも、なぜそんなことを?

これまでの農業って、中央集権的だったと思うんです。農協とかそうですよね。大規模農家さんとかはそれで利益が得られたし、それは悪いことではないと思うんですが、僕らのような小規模農家だと、利益を上げるのは難しいと思います。
小規模農家の価値を上げていくには、こうした取り組みを通じて、ウェブ上で消費者と直接つながることが必要です。今、このコミュニティーで出会った農家と消費者がリアルでもつながって、農家のところに消費者が体験に来たりすることで、僕らがやっている農業や作っている農産物の価値を感じてもらえる場もできています。
「自律分散型」の組織なので、そういう取り組みもtomajoDAO内で自発的に起こっているんです。

いずれtomajoDAOの取り組みが評価されれば、そこに所属する農家が評価されるということにもつながると思っています。

「scrap and build(スクラップアンドビルド)」で農業の金脈を探す

──とまたろうさんの農園の屋号は「しばファーム」ですね。この名前の由来は?

ネパールで出会ったヒンドゥー教の神様の「シヴァ」です。「しば」とひらがなにしたのは、画数がよかったから。よく「とまたろうさんの本名って、しばさんなの?」と勘違いされることもありますけど(笑)。

シヴァ神は破壊と創造の神なんです。scrap and build(壊して創り直すこと)で、自分も常に変化していこうという気持ちも込めています。もちろん、自分の農業の形もそうです。

──確かに、とまたろうさんの農業は従来の農業の枠から大きく飛び出していますね。

僕は、農空間でお金を稼ぐことはすべて農業だと思っているんです。作って売るだけが農業じゃない。畑でYouTubeを撮ることも農業の一環。今はさらに農に関連したさまざまな取り組みを通じて「金脈」を探している感じです。「農業のゴールドラッシュ」は必ず来ると思っています。

──とまたろうさんのこれからの夢はありますか?

「トマト配りおじさん」になることです(笑)! おいしいトマトを作って、たくさんの人に「うまいで~」って配って、食べてもらいたい。
もし金脈にあたって稼げるようになったら、タダで配れるようになるかも。そのためにも農業は絶対にやめません。僕、トマトを作るのがめっちゃ楽しいし、大好きなので。