三菱自動車工業は軽商用EV(電気自動車)「ミニキャブ・ミーブ」を大幅に改良し、「ミニキャブEV」に車名を変更して発売する。見た目はほとんど変わっていないようだが、中身はどう変わった? 続々と参入してくるライバルに勝てるポイントは? 実車を取材した。
「ミニキャブ・ミーブ」はどんなクルマだった?
2050年のカーボンニュートラル社会実現に向け、最も身近な働くクルマである軽商用車をEV化する動きが加速し始めている。スズキ、ダイハツ工業、トヨタ自動車の3社は軽商用バンを2023年度中に、ホンダは「N-VAN」をベースとするEV「N-VAN e:」を2024年春に投入する計画だ。
こうした動きに先駆け、12年前にはすでに軽商用EVを実用化し、国内メーカーとして唯一販売してきたの三菱自動車工業。同社の「ミニキャブ・ミーブ」(MINICAB-MiEV)は軽商用EVのパイオニアというべき存在だ。
ミニキャブEVは2011年12月発売の現行型ミニキャブ・ミーブに大幅な改良を加えたモデルだ。そのミニキャブ・ミーブも、1999年に発売となった6代目「ミニキャブ」をベースとしているため、街中でも見慣れたデザインとなっている。
「ミニキャブEV」の特徴は?
新型車の最大の特徴は、駆動用電池容量と一充電走行距離の拡大だ。電池容量は従来型の16kWhが20kWhに拡大。航続距離は従来の133kmから180kmまで伸びた。バッテリー容量の拡大に合わせてEVシステムも新世代となり、モーターとインバーターを一体化させた新たな駆動システムとなった。
先進の安全運転支援機能は標準装備とする。衝突被害軽減ブレーキ、誤発進抑制機能、車線逸脱警報、オートハイビーム、後部のパーキングセンサーなどを盛り込み、「サポカーSワイド」に対応する内容とした。
乗員の快適性向上と荷物への負担軽減を図るべく、サスペンションのショックアブソーバーを改良し、乗り心地も向上させている。EVの特徴である静粛性も高まっているそうだ。
上記のような改良を加えながらも、なんと価格は従来型とほぼ同等。2人乗り仕様は同価格の243.1万円、4人乗り仕様は3.3万円アップの248.6万円に抑えた。この物価高の時代にあって、性能向上を図りながら価格を維持するのは驚異的だ。
「ミニキャブEV」は価格ほぼ据え置き! 安さの秘密は?
価格低減の秘密は、顧客の使用環境を徹底的に調査した上での思い切った割り切りにある。ミニキャブEVのメイン顧客はビジネスユーザーだ。このため、見た目よりも中身を重視する。だからこそ、ビジュアルはフロントバンパーを小変更した程度。ちなみにフロントバンパー下部のデザインが少しだけ変わっているのだが、従来型と見比べないと分からないレベルだ。
先進安全支援機能の追加やEV性能の向上で生じる価格上昇分を抑えるべく、大胆にも急速充電機能やスペアタイヤはオプション化している。さらにいえば、航続距離では他社が目標とする「200km超」を無理に達成しようとしなかった。
180kmの航続距離は価格を優先した結果だと捉えるのは早合点で、背景には入念な市場調査がある。
三菱自動車の調べによると、軽商用バンの1日の走行距離は全体の80%以上が90km以下。そのうち77%は65km以下だ。つまり、フル充電で180kmも走れば、ほとんどのドライバーが求める航続距離の2倍を確保できていることになる。エアコンの利用や走行環境の影響があっても、無理なく一日の仕事を終えられる性能が担保できているというわけだ。
もちろん、電池量は可能な限り大きくした方がいいという見方もあるだろうが、価格面だけでなく、スペースにも限りがある軽商用車にあっては、電池の大きさは積載能力や電費にも大きな影響を与える。電池の大型化は、必ずしもクレバーな選択といえない。
スペアタイヤをオプションとし、パンク修理キットを標準装備としたのも、コスト面だけでなく、室内空間を有効利用する狙いがある。一見すると便利そうに思える急速充電をオプション化したのは、仕事中に急速充電の必要性が少ないため。軽商用車は基本的に、トラックのようにフル稼働しているわけではないので、帰社後の普通充電でも問題ない。だから、急速充電は必要なユーザーだけが選択できるようにした。
オプションで給電機能を追加すれば、上記オプションのCHAdeMO式急速充電機能と合わせて、専用機器を介して住宅などに給電するV2Hに対応可能だ。さらに2人乗り仕様では、車内で家電製品に給電できる最大1,500W出力の100Vコンセントも装備することができる。これらの給電機能については、主に自治体からの災害対策としての需要が高く、従来の急速充電機能が持つV2H対応に加え、車内コンセントも用意したという。
「ミニキャブEV」にライバル続々! 軽商用EV市場の状況は?
他社に先駆けて商用軽EVを手掛けてきた三菱自動車だが、12年間の販売台数は累計で1.3万台にとどまる。ただ、この市場は今後の成長が見込める。これまでは三菱自動車の独占市場だったが、これから他社の参入が増えてくるからだ。直近の市場規模は2022年度が2,000台強だったのに対し、2023年度は3,000台強まで拡大しており、ニーズ拡大の兆しはすでに表れている。
三菱自動車によれば、現在の軽商用バン市場(ガソリン車も含む)の規模は約22万台。近年、この数字は横ばいにあるという。軽商用バンEVの全体ニーズは2024年に4万台強、2030年には9万台強まで拡大するというのが三菱自動車の予測だ。現状は一社独占だが、2024年以降は他社の参入もあるため、2030年にはニーズの約4割を獲得したいと意気込む。
他者が参入すればミニキャブEVの航続距離は競合より短くなってしまいそうだが、この点については顧客のニーズを考慮しながら商品開発を進めていくようだ。まずは安い価格と長年にわたり販売を続けてきたEVの信頼性を武器に他社を迎え撃つ。
軽商用バンは短距離やルート配送での活躍する機会が多いため、小型の電池で十分であり、価格を抑えられるのでEVとの親和性は高い。すでに導入済みの現場からの反応も上々で、「乗り心地がいい」「静かで快適」「排気ガスが出ないのがいい」「エンジン音に対する苦情がなくなった」など歓迎する声が多いという。懐かしい見た目のミニキャブEVが、お手頃価格を武器に他社の最新軽商用EVとどう渡り合っていくかに注目だ。