“JAPAN”で画像検索すると、上位に出てくる「富士山と五重塔と桜」の写真を見たことはありますか? 富士山を望む新倉富士浅間神社の五重塔と、満開の桜がバッチリはまった奇跡の一枚。これがSNSで海外から注目され、たくさんの訪日外国人観光客が、この絶景を求めて山梨県富士吉田市を訪れるように。そんな富士吉田市で、国内唯一となる布の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK 2023(フジテキスタイルウィーク)」が開催されています。このほど、ひと足先に行われたメディアツアーに参加することができました。

  • テキスタイルの街・富士吉田市は「富士山と五重塔と桜」の写真で一躍、海外から注目される観光スポットに

富士吉田市は1,000年以上続く織物の産地で、日本屈指のハタオリの街。繊維産業が盛んだった黄金時代には、“ガチャッとひと織りすれば1万円儲かる”、「ガチャマン」と言われたほど景気が良かったこの街も、1979年をピークに産業は衰退。その後はOEMが主流となり、高度な技術を活かして超有名ブランドの製品なども数多く手がけるものの、“名前のない受注産地”というのが課題に。そこでOEM脱却と新たな市場開拓を目指し、近年ではオリジナルブランドで市場にも参入しています。

  • 富士山を望む街の中心地、本町通りのカフェ「FabCafe Fuji」にもファブリックが展示されている

そんなハタオリの街を舞台にした“布の芸術祭”は、伝統産業と地域活性を目的として2021年に始まり、今年で3回目。今回のテーマは「BACK TO THREAD/糸への回帰」。アート展とデザイン展で構成されています。

廃業した工場や店舗の跡地が会場となったアート展

「アート展」では、彫刻、写真、刺繍作家、パフォーマーなど国内外の11組のアーティストによるさまざまな表現形態の作品を、使われなくなった工場や倉庫、店舗などのスペースを再利用して展示。メイン会場のひとつが、機屋街の中心地にあり織機部品を扱う工場だった「旧山叶(やまかの)」です。長年に渡って富士吉田の織物産業を支えてきた山叶は今年3月に廃業、現在店舗と倉庫は整理され空いています。

  • 《mountain wishes come true》ネリー・アガシ/展示会場:旧山叶

山叶の工場跡地、地上約9m、幅約20mの広大なスペースには、シカゴを拠点に活動するネリー・アガシさんが、日本では初となる大規模インスタレーションを発表。現在取り組んでいる作品、彼女と親しい人たち、ここ数ヶ月の間に出会った人たちとのコラボレーションも紹介されています。

  • 《それぞれのかたりて / 在り続けることへ》池田杏莉/展示会場:旧山叶

別の空間では、山叶で実際に使われていた家具やユニフォームが、薄くて白い皮膚のようなものに幾重にも覆われた、池田杏莉さんの彫刻作品も。表面を覆っているのは、富士吉田でテキスタイル産業を支えた人たちの手足をシリコンで型取りしたもの。かつて多くの職人や従業員たちがここにいた残像が伝わってきます。

  • 《Map Sampling_Fujiyoshida》顧剣亨/展示会場:旧山叶

事務所の跡地では、フォトグラファーの顧剣亨(こ・けんりょう)さんが、複数の写真データをピクセルごとに編み込む「デジタルウィービング」という独自の手法で、富士吉田の様々な時代の地図を、傷などの理由で一般には流通しない「B反」にプリントし、立体感のあるイメージで街の記憶を浮かび上がらせています。

  • 【写真】この大胆なインスタレーションは、観光客たちが交差点で富士山の写真撮影に興じる光景に着想を得て制作されたそう

    《あなたの山を探して》ジャファ・ラム/展示会場:旧山叶

富士山を一望する屋上には、捨てられた傘など廃材を使った作品づくりで知られる香港のアーティスト、ジャファ・ラムさんの巨大な作品が。リサーチで街を訪れたときに、多数の観光客たちが交差点で写真撮影に興じていた光景に着想を得たといい、あえて富士山を隠してしまう大胆なインスタレーションが、見る側自身に、新たな視点を促しているよう。

  • 《ねんねんさいさい》津野青嵐/展示会場:旧文化服装学院

  • 《日々》ユ・ソラ/展示会場:旧文化服装学院

  • 《Small Factory》パシフィカ コレクティブス/展示会場:旧糸屋

幻の織物「甲斐絹」を読み解くデザイン展

いっぽう「デザイン展」は、100年前に織られていた“幻の織物”「甲斐絹(かいき)」に光を当て、多角的な視点で解き明かしていく企画展。羽織の裏地として用いられていた甲斐絹は、江戸時代の贅沢を禁止する奢侈禁止令で、江戸っ子がどうにかオシャレをするために、表地は地味に、隠れた裏地に凝って豪華にした“裏勝り”の文化から生まれたものとされ、富士吉田周辺地域はこの甲斐絹の一大産地でした。

  • デザイン展の会場「FUJIHIMURO」外観

  • デザイン展「甲斐(かい)絹(き)をよむ」内観

さまざまな文学作品にも登場する甲斐絹ですが、現代ではその甲斐絹を作る技術も、そのデザインに込められた意味やメッセージを理解する知識も失われてしまったそう。もはや織ることがかなわない貴重な甲斐絹を、研究者、詩人、写真家の多角的な視点で読み解く意欲的な展示となっています。

  • 生地展「MEET WEAVERS SHOW 2023」(※金土日のみ開催)/会場:旧田辺工場

  • 生地展「MEET WEAVERS SHOW 2023」(※金土日のみ開催)/会場:旧田辺工場

また、ビジネスマッチングプログラムを目的とした生地展「MEET WEAVERS SHOW 2023」も開催されています。会場には山梨県産の織物の紹介に加えて、高級アパレル専門の縫製職人が常駐し、パターンや縫製に関する相談会や、予約制で工場の見学ツアーなども実施。産地のファクトリーブランドの商品や、地域の織物工場の倉庫に眠っていた布の販売、織物産地ならではの蚤の市など、さまざまなマーケットも開催されます。

使われなくなった倉庫や空き家を舞台に、伝統の織物産業と現代アートを融合させたこのイベント。昭和レトロな街並みにオシャレなカフェやショップが溶け込んで、街中に点在する会場間の移動も、おさんぽ感覚で楽しめます。訪日観光客が写真を撮るために押し寄せている交差点は、ややオーバーツーリズム気味でビックリしますが、皆さんこの街と景観を楽しんでいるようで何より。

  • 富士山を望む交差点はインバウンド観光客でオーバーツーリズム気味

  • 信号が変わった瞬間に撮影が始まる

なにしろ、街のいたるところから富士山を眺められ、時間によって刻々と表情を変えるその姿を見ることができるのは、この街ならではの貴重な体験。日本で唯一の布の芸術祭「FUJI TEXTILE WEEK 2023」は、12月17日まで開催です。

■information
「FUJI TEXTILE WEEK 2023」
会期:11月23日~12月17日(※期間中の月曜休)
時間:10:00~16:00
会場:山梨県富士吉田市下吉田本町通り周辺地域
料金:1,200円(高校生以下及び18歳未満、65歳以上、心身に障害のある方と付添者1名は無料)