奇跡の越冬ぶどう®とは何か
──まず、「奇跡の越冬ぶどう®」とはどのようなものなのでしょうか。
晩秋まで樹上で完熟させ、平均糖度20度を超えた風味豊かなブドウです。太陽光パネルと冷蔵庫を組み合わせた販売方法で、11月から翌年の5月ごろまで出荷しています。一般的に、ブドウは8月から10月に旬を迎えるので、その時期は日本中ブドウだらけになるわけですよね。
特に今年は残暑が厳しくて、ブドウが早く熟してしまった。そうすると農家は慌てて出荷する。シャインマスカットは生産量も増えているから、供給過多になってしまって、相場が崩れるわけですよね。
──確かに、2023年はシャインマスカットの価格が暴落したというニュースもありました。
温暖化も進んでいますし、この傾向は来年以降も続く可能性があります。じゃあ、どうすればいいかというと、供給の少ない時期に出せば、有利に販売できるわけですよね。
──時期をずらすとなると、ハウスを活用した加温促成栽培で、通常よりも早い時期に出す、というのが一般的ですよね。
はい。早い時期に出せば、当然供給量が少ないから、高価格で販売できるという理屈ですよね。
五果苑も10年ほど前までは加温栽培のマスカット・オブ・アレキサンドリアを作っていました。でも、それはちょっと違うんじゃないかな、と思ったんですよ。私はSDGsを目指していまして。
──ブドウでSDGs!? どういうことでしょうか。
加温栽培には、石油やガスをたくさん使うわけでしょう。環境破壊につながるじゃないですか。以前「牛のゲップが温暖化につながる」なんてニュースもありましたが、それより加温栽培のほうがよっぽど環境に悪いんじゃないかと。温室効果ガスがたくさん出ますからね。
そのため五果苑では、直売所と一部のブドウ棚の上に太陽光パネルを設置しています。太陽光発電で農業器具の電力をまかない、収穫後は冷蔵庫を冷やします。そうすれば、電力を補うことができます。電力の一部は蓄電池にためておいて、夜間の冷蔵庫の電力に使います。
また、水やりに必要な水を削減するために、建物やハウスには雨どいをつけて、雨水をタンクにためています。
──環境に優しい農業を目指しているんですね。
はい、将来的なことを考えると、これは推進するべきだと思いますね。発電所や大きい工場、クルマも化石燃料はなるべく削減するような方向に動いてますけど、農業の方ではなかなかそれが進んでいないはずです。だって、まだ動く加温機器をエコのために入れ替えるなんて、普通しませんから。
日本全国の野菜や果物を合わせると、相当な化石燃料を使って、CO2を相当出してると思うんです。地球環境を守るためには、必要なことだと思っています。
冷温貯蔵のメリットとは
──冷温貯蔵を始めたきっかけは?
最初は石油の高騰ですね。これがだいぶ高くなってしまって。何とかしなきゃなと思っていたんですが、そもそもこういう農業は自然環境のためにもよくないのでは、という考えに至りました。
高い燃料を買ってCO2を出すよりも、自然の恵みである太陽光でブドウを作って、太陽光で貯蔵する。これはもう誰が考えても理想だと思うんですね。
──今作っていらっしゃる品種は、シャインマスカット、オーロラブラック、紫苑(しえん)、ピオーネがメインですか?
その他に、マスカット・オブ・アレキサンドリアやマスカットビオレもやっています。どの品種でも冷蔵には対応してますよ。
数量的にいうとやっぱりシャインマスカットが多いんですが、将来的にはまたこれも変わる可能性はありますね。
──ブドウは品種によって日持ちが結構違うと思うんですが、日持ちがいいとされるシャインマスカット以外の品種も持つんですか?
ピオーネなんかの巨峰系も可能なんですけど、問題は脱粒ですね。軸から粒が取れやすいですから。水分を考慮して冷蔵しないと難しいですね。
でも、年始ぐらいまでなら全く問題ないと思います。去年の実績で言うと、シャインマスカットも紫苑も工夫して5月末までは出荷しておりますから。
──5月末!? 加温のシャインマスカットは4月ごろから出回っていますよね。
はい、今年のブドウと、去年のブドウが重複する時期がありますね。
──ただ、そうなると去年のブドウよりは今年採れたもののほうがいいような気がしてしまいます。冷温貯蔵の長所を教えてください。
加温栽培の場合は、貴重な燃料を使って作るわけですから。基準の糖度になるとすぐ出荷します。だって、わざわざ何日分も余計な燃料費をかけようとは思いませんよね。
冷温貯蔵の場合は完熟を貯蔵するわけですから、その時点で糖度が全然違います。食べ比べたら、絶対おいしいです。
──価格帯的にはいかがですか?
今は価格の基準がないもんで、私が値段を決めて出しているんですが、通常時期の価格の2倍〜3倍ぐらいですね。あまり安くすると、5月になる前に全部出てしまうので、ある程度の価格はいただいています。
それでも、5月に出る加温栽培のものよりはずいぶん安く販売してます。
──4、5月ぐらいに加温のものが出てきたタイミングで、ちょっと価格を下げる余地もありそうですね。
いや、価格は下げません。というのも、4月5月に出る加温のものはずいぶん高いんです。それだけ長期間燃料費をかけてるわけですから、当たり前ですよね。
五果苑の場合は冷蔵庫の電気代だけで、それもほぼ全てが太陽光パネルでまかなえてしまう。ただ特殊な冷蔵庫で、ちょっと工夫をしているので、その部分だけを上乗せして販売しています。
──シーズンのものと貯蔵のものとの比率はどれぐらいですか?
だいたい半々ぐらいですね。房数でいうと3000房ぐらいです。11月、12月というのは厳密にはまだ越冬してないんだけど、市場からブドウが消える11月ごろから出荷するブドウを「奇跡の越冬ぶどう®」として販売しています。
奇跡の越冬ぶどう®の秘密とは
──五果苑さんは旬の時期にも販売をされていますが、貯蔵に回す畑は別だったりするんですか?
基本的には一緒ですが、半年間の貯蔵に耐えられるブドウと、耐えられないブドウがあります。
──その違いはどういう部分ですか?
軸の太さとかですね。乾燥を防ぐような工夫をするんですけど、軸が細いほど乾燥しやすいですから。
──台木を変えるとか、熟期をわざと遅らせるということは。
これは企業秘密の部分もあるんですけど、お話できる範囲で違うのは、ハウスの屋根ですね。基本的にはどこの農家も「太陽光が当たった方がいい」と思っているでしょうが、私は違うと思うんですよ。
夏の光と秋の光は違うので、必要以上の光を当てる必要はないんじゃないかと。
──先ほども太陽光パネルは直売所だけでなく、ブドウ棚の上にも設置しているとおっしゃっていましたね。
例えばブドウに遮光袋をかける人もいますし、ハウスの内側に遮光シートを引いてる方とかもいる。それから、ブドウの葉っぱを多くして、適度に光をさえぎるとか。
棚の上に太陽光パネルをつけても、真上から光が当たらないというだけで、朝日と夕日は当たるようにしてますからね。
──シャインマスカットのような、着色を気にしなくていい品種だと特に。
そうですね。太陽光を当てすぎると日焼けして変色したり、緑のブドウが黄色くなったりする。そうなると、冬を越すのに耐えにくい状態になる。だから、うまくほどほどの太陽光で育てて、貯蔵するようにしています。
──紫苑やオーロラブラック、ピオーネのような着色系の品種はいかがですか?
紫苑なんかは、日差しが強すぎると腐敗の元になります。日光が当たると色づきがよくなることもあるんですけど、逆に日光が当たりすぎてブドウを悪くしてしまうようなところもありますから、そこはバランスが難しいんですよ。
──日光は必要だけど、必要以上の日光はいらないと。
特に岡山県の場合は晴れの国といわれるように、日照時間が長い。つまり、日照が多すぎるんですね。だから昼間の強い日差しは少し遮ってやった方が、ブドウの環境にはいいようです。
直売所の前にあるシャインマスカットは、一部太陽光を遮ってない部分がありますが、9月末時点で糖度が25度ありますから。すごいシャインマスカットですよ。
でも、そうすると痛みが早くなります。病気でなしに、過日射からの腐れが出やすくなる。そうすると、今食べるとおいしいけど、保存にはちょっと向かなくなってきます。
──そういう熟したものは普通に販売をして、太陽光を調節したものは引っ張って貯蔵すると。
そうですね。あとは、基本の着果量があるんですが、それよりも多めにならすと、熟すのが遅れます。ですから、基本よりも少し多めにならすようにもしています。
──通常より遅めの時期に収穫して、貯蔵をして高く売れるなら、農家さんとしてはうれしいですよね。
季節感がなくなるということはあるかもしれないけど、もうこれは絶対日本中でやるべきだと思いますよ。これから農業をやりたいと思う人を増やして、ひいては日本の農業を維持するためには。
失礼な言い方だけど、安売り競争するくらいなら、ちょっと時期をずらして有利に販売ができるようにしたほうがいい。どうせなら、よけいな費用もかけずに、環境にも優しいほうがいいですよね。
──先ほど「今はシャインマスカットが多いけれど、将来的にはまたこれも変わる可能性がある」とおっしゃっていました。今後の品種構成はどうなっていくと思われますか?
これは全く意図してなかったんですけど、ここ3年ぐらいで紫苑の注文が多くなりました。食欲がなくなったとか、余命が短いとか。そういう方々からの注文が、全国からたくさん来ていまして。
食事は取れないけど、紫苑は食べられると言うんです。皮離れがいいのと、果肉が少し柔らかくて、のどごしがいいからですかね。
シャインは甘いんだけど、皮と実を一緒に食べるので食べづらいと。これは本当に想定外なんですが、不思議と紫苑の要望が増えてきています。
冷温貯蔵に使う冷蔵庫とは
──冷蔵庫はどういったものを使っているんですか?
いろんなメーカーさんがありますが、何種類かモニターをしました。企業秘密なんではっきりは言えないんですけど、電気的な作用で生鮮品を長く保てるような冷蔵庫を使っています。メーカーさんの冷蔵庫の中に、そういう装置を取り付けて。
まだまだ私も100%満足はしていませんし、私が今利用している冷蔵庫よりも効率のいいものが出てくると思います。また、いろいろ実験を繰り返して、試行錯誤をしています。あまり複雑にすると面倒なんで、手間をかけずに貯蔵できる方法はないかと。
──冷蔵庫の大きさはどのくらいでしょうか。
2つ使っているのですが、いずれもサイズは小さいですよ。うまく収納しても3000房しか入りません。今は私が全部検品してますので、それが可能な範囲だと思ってね。
冷蔵庫を増やせば、そりゃあいくらでも増やせるわけなんだけど、雑になって悪いもんを提供するのはよくないし。
──検品もお一人でやられてるんですね。ロス率はどれぐらいですか?
10年前はそれこそ8割、9割をダメにしたこともあります。いろんな実験をしたんで、トータルでは何千房も無駄にしました。それでも消去法で徐々に悪い部分をカットしていって、今では確率がかなり上がってきました。ロスは数%ぐらいですかね。
年末ぐらいまで引っ張るのであれば、これはもう極めて簡単なんです。それを5月まで引っ張ろうとするから、エラーが出る。その中で、これは絶対駄目だなということを、たとえば10項目あれば、今は9項目ぐらいまでクリアできていますのでね。
──失敗を重ねて、確率を上げてきたんですね。
一時期は冷蔵庫のブドウを真空パックにして、密閉したらかなり持ったんだけど、真空の度合いを強くすると首の部分が折れるから、そこがネックでしたね(笑)。首を痛めないように、また違う方法を模索したりね。
確率が上がってきたのはここ3、4年の話ですから、今後はもっとよくなる可能性も十分あります。
──冷蔵する前に注意をしていることは。
雑に扱うと、袋に入れたときにブドウの首の部分が傷んだりすることがあるんですよ。作業中に痛めた部分から菌がついて駄目になったりする。丁寧に扱って正しく貯蔵すれば、かなり防げます。
ブドウ狩りに行くと、買う時に農家さんが悪い粒を切ってくれたりするでしょう。そうやって、貯蔵前にちゃんと悪い部分は除いてね。出す時も改めて確認して送っています。
──二重に手間をかけているんですね。
手間をかけないと、高く売れませんから。工業製品とは違うからね。だから、冷蔵庫の中の状態も常に把握しておかないと駄目だし。毎日見るようにしていますよ。
──3000房もあったら、チェックするのも大変そうです。
いや、それは部分的にチェックポイントがあるからね。全部を見るわけじゃないんだけど。
それから、機械がうまく作動しているかどうか。幸い今まで長期にわたる停電はないけど、蓄電池にも限界がありますから。そのへんは気を付けているところですね。
若い世代が続けられる「持続可能な農業」を
──それにしても、農協の冷蔵庫に預けるという話は聞いたことがありますが、個人で冷蔵庫を持って大々的に活用するという発想はありませんでした。
今まで農業に使わなかった物を取り入れる、これはもう社会的に必要なことですよね。
もう30年、40年前の気候とは変わってしまっているので。だから作り方も当然変えていかないと、これからの果樹栽培は難しくなってくると思います。
──設備投資は必要だけど、それは加温ハウスも同じことだと。
確かに設備投資もかかるけど、通常の2倍、3倍で売れるわけでしょ。それを考えると、すぐ取り返せると思いますよ。加温ハウスだとボイラーとか水のタンクや配管とか、そういったお金もかかりますよね。燃料も毎年買わなきゃいけない。そういうのをひっくるめたら、相当得ですよ。
冷蔵庫の電気代はあんまりかからないし、電気も自分で作ってしまえばいいわけだから。
──環境面の配慮もあるし、ちゃんと自分へのメリットもあるという。
私は、ブドウは日本の農業に必要なもんだと思ってます。でも、私が今までやってきた、日の出から日没まで土日も関係なしに働くという生き方はね、正直子どもに勧められる仕事じゃない。
やりがいがある仕事だとは思うけど、子どもにやれとは言いにくい。
──難しいところですね。
本当に難しいね。
でも10年、20年先には農業も変わらなきゃいけない。ちょっとでもメリットがある方法、環境にいい農業、若い人たちが続けられる「持続可能な農業」を考えるのも、私らの仕事じゃないかなと思うんです。
正直、最初にお話を伺ったときは「ブドウでSDGs!?」とびっくりしましたが、聞けば聞くほど納得感のあるお話でした。「気候が変わっているんだから、農業も変わっていかないと」という言葉も、胸に響きました。
持続可能な農業を目指して、市川さんの挑戦は続きます。