Philip Morris International(PMI、フィリップ モリス インターナショナル)がスイスに構える研究開発施設で開催したイベント「TECHNOVATION」。世界30カ国以上から80人ほどのジャーナリストなど招待したもので、筆者も招待を受けて参加して同社最新の開発事情を取材しました。

TECHNOVATIONでは、PMIのエグゼクティブが登壇した講演やパネルディスカッションにて、PMIが注力する「煙の出ない製品」に関する現状を報告。ここでは、CEOのJacek Olczak氏に続く講演などの内容をお届けします。

  • 欧州でもIQOS(アイコス)に力を入れるPMI。これはスイスの首都ベルンにあるIQOSストア

  • 欧州ではいくつかの国でIQOSストアを見かけます。ドイツ・フランクフルトのIQOSストア

紙巻きたばこから煙の出ない製品へ移行。ハームリダクションという喫煙対策

PMIのInternational Communications and EngagementのVice PresidentであるTommaso Di Giovanni氏はまず、自動車メーカーのボルボで1959年に3点式シートベルトが開発され、現在では自動車の安全にとってなくてはならないものになったことを紹介。現在は当たり前の装備も、「イノベーションが理解されるまで時間がかかった」と語ります。

  • ボルボで3点式シートベルトを開発したニルス・ボーリン氏を紹介するTommaso Di Giovanni氏(手前)

自動車の3点式シートベルトは、スイスでは1959年の開発から12年後の1971年にようやく義務化。ちなみに米国でも標準化されたのは遅く、ビクトリア州で最初に義務化されたところ、自動車事故の死亡者が17%減少したそうです。

Giovanni氏は、世界における肉の消費量のうち10%~15%程度が代替品になったことや、ノンアルコールビール、LED電球、電気自動車など、イノベーションによって公共の問題を解決する取り組みの紹介を続けます。

紙巻きたばこに対する加熱式たばこなど煙の出ない製品も、同様の位置付けというのがGiovanni氏の説明です。紙巻きたばこが有害であることは以前から分かっていましたが、代替品の1つとしてIQOSを例に取ると、製品としてリリースできるようになるまではバッテリー技術の進化が足りなかったそうです(IQOSはバッテリーで動作します)。「2016年までに、我々は多くの進歩を遂げ、紙巻きたばこに対するより良い代替品が可能になっている」(Giovanni氏)とします。

PMIのメッセージは、「非喫煙者は吸い始めないことが最善。喫煙者はやめること、それができないなら代替手段に切り替えること」というもの。その代替手段が、加熱式たばこのIQOSをはじめとした煙の出ない製品です。

EUでは、ギリシャやチェコでハームリダクション製品への切り替えを促す検討が始まっており、ニュージーランドではすでにそれが開始されているといいます。オーラルたばこの「Snus」が普及しているスウェーデンでは、成人の喫煙者が5.6%となっており、これはEUでは最も低い数字。たばこ関連の死亡率の割合も最も低いそうです。

ハームリダクションとは何らかの依存症に関連した用語で、「必ずしも使用料は減ることがなくとも、使用により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする政策、プログラム、実践」(厚生労働省の資料から引用)というもの。

日本では加熱式たばこのIQOSが2015年にリリースされ、紙巻きたばこからの移行が進んでいます。日本のたばこ市場は約35%が加熱式たばこに移行しているとのこと。ただ日本はやや特殊な面もあり、比較的早い段階でテレビのバラエティー番組で取り上げられたことが大きく影響したようです。

PMIがいうには、現在のたばこ規制はおもに3つの柱。予防(たばこを吸わせない)、禁煙(たばこをやめさせる)、課税(買わせない)、といったものです。PMIのExternal AffairsのSenior Vice PresidentであるGregoire Verdeaux氏は、「最も重要なのは最初からニコチンを摂取しないこと」と指摘しますが、すでに世界で10億人以上が喫煙している現状では、どのように削減するかという方策が必要になります。

「多くの規制当局は、(元ニューヨーク市長でたばこ規制を主導するなどした)マイケル・ブルームバーグのように『(たばこを)やめるか、死か』という考え方だが、実際はそういうわけにもいかない。ステップが必要」(Verdeaux氏)。それが第4の柱としてのハームリダクションだと言います。

これはたばこ業界だけの取り組みではなく、国連の条約にもあるルールだとVerdeaux氏。第4の柱である害の削減を、PMIはイノベーションで実現しようとしていると強調します。

対してGiovanni氏は、ハームリダクションとしての煙の出ない製品を普及させるために「4つのA」が必要という認識を示します。

世界中で紙巻きたばこは入手できるのに、煙の出ない製品はそうではないという「手に入れやすさ」(Availability)、ニコチンを摂取する人たちに「受容」(Acceptability)されること、たばこの代替品が存在するという「認知」(Awareness)、紙巻きたばこだけでなく違法だったりグレーゾーンだったりするたばこ類似品にも対抗できる「値ごろ感」(Affordability)という4つのAです。

  • 4つのAの原則

予防・禁煙・課税という3つの柱のたばこ対策、特に日本の税制はこの10年~15年でどんどんたばこの税率が引き上げられています。ただ、税率が高すぎる国では違法な紙巻きたばこが蔓延している例もあるそうです。

結果として、3つの柱で対策を進めていた国では、思ったより喫煙者が減っていないというデータも。一方、煙の出ない製品が普及している国では移行が進み、紙巻きたばこの喫煙率を削減できているとしています。

  • 従来の対策(予防・禁煙・課税)をしている国における喫煙率の減少幅(左)と、加熱式たばこなどの代替製品が広まった国の紙巻きたばこの減少率

なお、Giovanni氏は、英国が導入を検討している「2009年生まれ以降の人に対するたばこの販売禁止」という施策は、2040年までは購入できることから「ゲームチェンジャーではない」と指摘。イングランドの公衆衛生当局はベイプ(電子たばこ)のほうが有効という判断をしているそうで、煙の出ない製品への移行を訴えます。

そうした政策がないというフランスは「残念な状況」(Giovanni氏)とのこと。特に低所得者層が喫煙を継続しているため、「ある時点からは政府の力が必要」との認識です。

  • 左はGregoire Verdeaux氏、右はモデレーターを務めたPMI Regulatary PolicyのGlobal HeadであるAgnieszka Wyszynska-Szulc氏

紙巻きたばこを一気に禁止まで急進的に切り替えるのではなく、ハームリダクション製品を挟んでゆるやかに禁煙へと向かうことが効果的――というのがPMIの考え。政府の力としては税率を挙げ、紙巻きたばことハームリダクション製品(例えば加熱式たばこ)の税率が同じでは差別化につながらないとしています。

旧来の紙巻きたばこよりも開発に費用と時間をかけ、製造コストも異なるIQOSのような製品について、PMIは科学的に有害性が低いという証拠もあると主張。紙巻きたばこからの移行を促すためにも、税率を低く見積もる必要性をアピールします。国によっては電子ベイプ製品が課税されていないことが若者への誘因になってしまうため、こうした課税の不均衡を解消する必要性も訴えます。

Giovanni氏「適切な製品を適切な価格で、消費者にアピールしようとしているが、政府がイノベーションを阻む例がある」と述べます。

リスクを科学的に分析し、よりリスクの少ない製品へ

PMIは、2009年から100億ドルをかけてきた研究開発に自信を見せます。喫煙はリスクがあり、紙巻きたばこから煙の出ない製品に切り替えれば害は減らせるものの、「誰も使わなければ、または紙巻きたばこを吸い続けたら無意味」だと、Global Scientific Engagement Vice PresidentのGizelle Baker氏は話します。

  • Gizelle Baker氏

  • 喫煙期間が長いほどリスクは高まり、禁煙するとリスクは下がっていきます。煙の出ない製品に切り替えるとどれだけリスクが下がるか、紙巻きたばこからの完全移行と併用でリスクがどれだけ違うか、そういった科学的な証拠が必要だとしています

研究開発に加えて、「少なくとも11カ国の政府がPMIの製品をテストして報告書を作成し、文献レビューなどをしている」(Baker氏)といいます。例えば米国ではFDA(食品医薬品局)がIQOSの販売許可を出しており、「先行研究において喫煙関連の疾病に帯する罹患率と死亡率が減少する可能性が合理的に高いと判断された」(Baker氏)とします。

  • 日本では、国立保健医療科学院、鳥取大学、国立健康・栄養研究所といった研究があるそうです

Baker氏は、今後さらに研究を続け、紙巻きたばこからの切り替えによってどれだけ良い影響が出たかを数値化することを目指していく考えを示します。

2013年ごろから厳しいたばこ規制を敷いていたオーストラリアでは、電子たばこの入手が処方によるものに限られ、2019年までに喫煙者が1.8ポイントの減少でした。対して電子たばこを2015年に導入した英イングランドでは4.5ポイント、ハームリダクション製品への移行を強化したニュージーランドは3.9ポイント、加熱式たばこの全国販売をした日本は6.2ポイントの減少(移行を含む)という結果になりました。

  • 厳しい規制を敷いたオーストラリアに対して、代替手段を導入した各国の減少率

紙巻きたばこの禁煙を目指してゆっくりと減少させるか、煙の出ない製品を経由して段階的に禁煙をさせるか。害の少ない「煙の出ない製品」への移行を促すことが重要というのがPMIの主張です。

EUに関しても喫煙率は減少していますが、このままのペースで継続したとしても、WHOが期待する喫煙率5%まで下がるには「2040年までかかる」(Communications & Public Affairs, Swedish MatchのVice PresidentであるPatrik Hildingsson氏)。それに対してスウェーデンは「15年前倒しで達成できる」(Hildingsson氏)という状況です。

  • Patrik Hildingsson氏

Hildingsson氏によれば、これはスウェーデンで代替製品への移行が進んで煙の出ない製品の利用が拡大したからだといいます。たばこ規制を強めたかというと、「規制という点ではスウェーデンはEUの中でも劣等生」(Hildingsson氏)ながら、テレビ番組によってオーラルたばこ「Snus」が紹介されて普及。「公衆衛生当局が促進したわけではなく口コミ」(Hildingsson氏)で広がったそうです。このあたりはバラエティー番組でIQOSの普及が促進された日本と似ているかもしれません。

  • EU各国とスウェーデンのたばこ喫煙者の割合。スウェーデンが顕著に低くなっています

  • ところが、たばこ規制の度合い(左図の横軸)では、スウェーデンは50以下の弱い規制

オーラルたばこに関しても研究が進められています。口の中にニコチン入りのパウチを貼り付ける関係上、「口腔ガンになる」という懸念もあったそうですが、米FDAもリスク軽減製品と認めていて「裏付けが得られている」とHildingsson氏は話します。

  • 紙巻きたばこの減少に対して、オーラルたばこのSnusが微増

結果として、スウェーデンではたばこ関連の疾病率が「過去最低」(Hildingsson氏)になっているといいます。ニコチンを抽出する関係上、「たばこ葉の消費は欧米各国と同じぐらいだが、たばこ関連の罹患率が低い」(Hildingsson氏)とのことです。

  • EUにおける、たばこが原因と思われる死亡率は平均で10万人あたり約150人でしたが、スウェーデンは最少

もともとスウェーデンは「200年前からSnusのようなもの(かぎたばこ)を使っている」(Hildingsson氏)そうです。1915年には60メーカーに対して政府が製造を許可していたそうで、それだけ一般的でした。

Baker氏は、「過去5年間で500ほどの文献が独立した研究者から出されている。煙の出ない製品に切り替えた人に利益があったことが実証されている」と指摘。Rossi氏は「(有害物質への)暴露を減らすことはエビデンスとしてはすでに判明している」と強調し、製品を使ってもらってその良さと、「なぜ切り替えるべきなのか」を理解してもらうことが重要だと話します。

とはいえ「長期的なデータはない」(Rossi氏)のもまた事実。「分かっていることと分かっていないことがある」(Rossi氏)。ただ、紙巻きたばこの喫煙者に対して「何か行動を起こす必要がある」というのがRossi氏の考えです。

「加熱式たばこで問題のある研究結果が出たとする。それでも紙巻きたばこのほうが同じ問題の影響がより大きい。加熱式たばこも決してリスクフリーではないが、紙巻きたばこよりはよほど良い代替製品になる」(Baker氏)

また、PMIのe-VaporにおいてGlobal Headを務めるVenkat Sridhar氏は、いわゆるベイパー製品について「市場を見ていると規制に反したり無責任なマーケティングを行ったりする悪い事業者がいる」と指摘します。

Oral SmokelessのPresidentであるNikolaus Ricketts氏は、「自らルールを決めてそれ以上は行わないと規制している」と話し、法規制を含めた重要性を強調します。日本は液体にニコチンを溶かし込んだベイパーの仕組みが規制されており、そのぶんIQOSが成功しています。

  • PMIのポートフォリオにある煙の出ない製品群

スウェーデンではオーラルたばこ製品を用意し、PMIとしてベイパーなどの製品も提供することで、ポートフォリオを拡充して、様々なユーザーや各国の規制にも対応した製品を提供しています。

Sridhar氏は「未成年が使わないように、成人の喫煙者だけに訴えられるように気を遣っている」と話し、未成年が電子ペイバーに手を出さないような「責任あるマーケティング」を心がけているそうです。

  • Nikolaus Ricketts氏(左)はオーラルたばこを口の中に入れた状態で登壇。「この状態でも違和感なく話せるし誰も気付かない」とアピールしていました。右はBertrand Bonvin氏

喫煙者に受け入れられやすいフレーバーは重要な観点ですが、「バブルガムやキャンディなど甘いフレーバーは間違った利用者を誘引してしまう」と話すのは、President, Smoke-free Inhaled Products & Chief Consumer OfficerのStefano Volpetti氏。

そうした未成年を誘引するような製品の規制は必要と訴えつつ、過度な規制には疑問を呈します。特にたばこ税を高める規制によって「違法なたばこの取り引きがどんどん増えている」とVerdeaux氏は指摘。「違法なたばこにはセメントが成分に使われている」とVerdeaux氏は話し、適切な規制と代替品への誘導が最適であるとの認識です。

  • IQOSの普及状況。欧州が中心ですが、先行した日本が高い普及率となっています

TECHNOVISIONでPMIは、加熱式たばこのIQOSをはじめとする煙の出ない製品をさらに拡充していく方針を打ち出しました。さらなる研究開発も続け、煙の出ない製品が紙巻きたばこに対して適切な代替品となり、健康被害の削減につながるかどうかの研究も継続する方針です。紙巻きたばこからの移行を促すためにも、適切な税制をはじめとした政府側の施策の必要性も訴えています。

さて、今回はあくまでPMI側の主張を取り上げていますが、科学的な研究と適切な施策によって、喫煙者を禁煙に導きながら健康被害の削減につながる方策を国としても考えていく必要があるでしょう。

  • 最初期の紙巻きたばこ代替製品。米国で1998年に販売されたAccord(左)と、日本の大阪で1999年に販売されたOasis

  • オーストラリア、ドイツ、スイスで2006年に販売されたEHCSS(Electrically Heated Cigarette Smoking System)に対応したHeatBar。「Tabacco Heating System(THS)」の1.0となる製品です

  • 2007~2009年にかけて開発されたTHS 2.0となるデバイス

  • そしてこれは2014年にイタリアのミラノと日本の名古屋でパイロット販売が行われたTHS 2.2を搭載した「IQOS 2.2」

  • THS 2.2のIQOS 2.4(右)とIQOS 2.4 PLUS。IQOS 2.4は2016年、PLUSは2018年の製品

  • こちらもTHS 2.2のIQOS 3シリーズ。2018年の製品です

  • 2021年にはTHS 3.0となったIQOS ILUMAが登場

  • 同じく2021年にはTEREAブランドのスティックも登場しました

  • 加熱式たばこ「BONDS」と、Blendsブランドのヒートスティック(いずれも日本未発売)

  • 韓国のたばこ会社KT&Gとの協業による、LILとMIIXブランドのヒートスティック

  • 上段はたばこ葉、下段はヒートスティックに至るまでの各製造工程

  • たばこパウダーに食品グレードの添加物を加えていきます

  • 製造工程ではこうしたシート上の状態になるそうです

  • 最終的な状態

  • これをスティックに封入していきます

  • エアフローチャンバーやクーリングプラグといった空気の流れを誘導する素材も盛り込みます

  • エアフローの穴が空いています

  • たばこの味わいに近づけるために様々な工夫

  • 火を付けた紙巻きたばこと加熱したヒートスティックを装着して、疑似的に吸い込みを再現し、口の中から肺に入る煙と水蒸気を分析する機器

  • シリンダーに充満する煙(上)と水蒸気。写真では分かりづらいのですが、煙のほうはやや黄みがかっています

  • PMIが主力と位置づけるIQOS ILUMAシリーズ

  • 種類も豊富なヒートスティックのTEREA

  • 旧モデルもIQOS ORIGINALとして継続しているようです

  • 電子たばこのVEEVシリーズ。液体にニコチンを溶かし込んでいるため、日本での販売は難しい製品(ニコチンレスであれば販売可能)

  • 韓国中心のLILブランド。ヒートスティックはFiit

  • 日本未登場のオーラルたばこ「ZYN」。ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)のオーラルたばこ「VELO」は日本でも発売済み。前述のNikolaus Ricketts氏もZYNを日本で発売したい旨を話していましたが、現時点で決まったことはないそうです

  • このように中にはパウチが入っていて、これを歯茎と口の間に挟みます

  • パウチ内にあるのは粉。食品グレードの添加物なのでそのまま舐めても大丈夫だそうで、実際にNikolaus Ricketts氏が舐めていました