「2023-2024 日本カー・オブ・ザ・イヤー」の10ベストカーに選ばれた電気自動車(EV)のアバルト「500e」に試乗してきた。そもそも、アバルトのEVってどうなの? このクルマが今年を代表する10台に選ばれた理由は? それほどいいクルマなのか、乗って確かめた。
エンジン音のするEV?
アバルト500eはフィアットのEV「500e」のアバルト仕様だ。
アバルトはオーストリア生まれのカルロ・アバルトが第二次世界大戦後に興した会社。市販車のチューニング(性能向上)で頭角を現し、のちにフィアット傘下となった。サソリのエンブレムがトレードマークだ。フィアット「500」のアバルト版「595」を街でご覧になったことがある方もいらっしゃるだろう。
アバルト500eの技術的な構成はフィアット500eと共通だ。ただし、エンジン車の500と595の関係と同じく、アバルト仕様は性能が向上している。
最高出力はフィアット500eが87kW、アバルト500eが114kW。馬力はアバルトの方が30%以上も大きい。最大トルクは500eが220Nm、アバルト500eが235Nm。モーターは低い回転から最大トルクを発生できるため、トルク値の向上幅は6%ほどでしかない。しかし、そのフラットな(最高性能を長く維持できる)トルク特性により、発進・加速が鋭いのがEVならではの特徴となる。
最高出力の向上は、アバルト500eにどのような利点をもたらすのか。乗った印象としては、アクセルペダルを深く踏み込んだときの速度の伸びがより壮快に感じた。
フィアット500eでも、かなり鋭い加速を味わうことができる。最大トルクがアバルト500eに近い大きさだからだ。そのうえで、加速を続けていったとき、アバルト500eがいつまでも伸びやかな勢いを保つのは、最高出力が高いおかげだろう。
「エンジン音を聞きながら走れるEV」であることはアバルト500eならではの点だ。モードの選択しだいではEVらしく静かに走らせることもできるのだが、音の出るモードを選ぶと、アバルトのハイパフォーマンスエキゾーストシステム「レコードモンツァ」を再現した疑似エンジン音を聞くことができる。
アイドリング時はややくぐもった音色だが、アクセルペダルを深く踏み込み速度を上げていくと、透き通った高周波の排気音へと音が変わっていく。この音は車両の外にも聞こえる。
疑似エンジン音は排気音を忠実に再現しているものの、EVは変速しないので、音が途切れなく続くところはエンジン車と異なる。エンジン車は変速のたびに排気音が上下するが、EVは途切れなく音が続くので、そのまま走り続けていると人によっては耳障りに感じるかもしれない。とはいえ、歴代アバルトを愛し続けてきた人にとっては懐かしく、アバルトデビューを目指す人にとっては憧れの排気音をEVでも体験できるのは面白い。
走ってみるとフィアットとは違う?
走行感覚はフィアット500e同様、いかにも「チンクエチェント」(イタリア語で500)らしく機敏な動きで、運転の醍醐味が味わえる。乗り心地はフィアット500eより硬めで、引き締まった印象だ。ここが、アバルトならではといえるところだろう。
装着するタイヤはフィアットより1インチ大径の205/40R18となる。タイヤはスポーツ銘柄だ。その影響で、走行中のタイヤ騒音はやや大きくなっている。EVは基本的に静粛性が高いので、風切り音を含め騒音が耳に届きやすい傾向にある。ましてや走りを優先したスポーツタイヤであれば、騒音が大きくなるのはやむを得ない。この音が高性能車に乗っていることを実感させてくれると思えば、聞こえ方も変わってくるのではないだろうか。
やや硬めの乗り心地となっているにもかかわらず、路面の凹凸を乗り越える際など、衝撃が入る場面での乗り味は決して悪くない。衝撃を素早く収束させるサスペンションの仕立てが、スポーティーさと快適さを両立させている。後席に座っても同様だ。
後席は空間として広くはないが、座席の座り心地は悪くない。よほど長距離の移動でなければ、座っていられる快適さがある。身長166cmの筆者の場合は頭上に隙間があり、天井に頭をぶつけたり、こすったりすることはなかった。
EVの運転で気になるのは回生効果だ。EVは減速するとき、モーターが発電機に切り替わって減速のエネルギーを回収し、車載バッテリーを充電する。その際、磁力の影響でエンジンブレーキのような減速度がかかる。この回生ブレーキの効き具合がEVの個性にもなる。
アバルト500eには「ツーリズモ」「スコーピオンストリート」「スコーピオントラック」の3つの走行モードがある。ツーリズモは電力を節約して走るモードで、車載バッテリーの充電量が減ったときにクルマが節電してくれる。スコーピオンストリートは回生が強まり、アクセルペダルを戻せばクルマを停止させられる。停止したあとはブレーキホールドが作動して停車状態を保ってくれるので、まさにワンペダルでの操作が可能だ。スコーピオントラックはエンジン車と同様、アクセルとブレーキのペダルを使い分けながら運転するモード。オートマチック車と同じようなクリープ(ブレーキペダルを離すとゆっくり動き出す)も使える。
あえてEVを運転するのであれば、スコーピオンストリートを選べばワンペダル走行ができるし、ペダルの踏み替え回数が減って楽に運転できる。ペダルの戻し加減で減速度を変えられるので、発進と停止を繰り返す一般道だけでなく、高速道路での速度調整にも便利だ。
やや硬めのサスペンション設定の効果も相まって、アバルト500eは右左のカーブが連なる道路で的確に進路を変えていける。これにワンペダルでのアクセル操作を組み合わせると、実に爽快に屈曲路を駆け抜けることができる。アバルトならではのチューニングの威力を実感する場面だ。
高速道路ではクルーズコントロール(CC)も試した。アバルト500eは前車追従型のアダプティブ制御(ACC)ではなく、速度を維持するだけの簡素なシステムを搭載している。したがって、前車との車間距離調整は運転者が行わなければならない。
ただし、速度設定スイッチは時速1km単位で調節できるので、スイッチ操作でも車間距離の調整は可能だ。スイッチを長押しすると時速5km刻みで設定を変えられるので、状況によって使い分けよう。
貴重な5ナンバーEVに魅力的な選択肢
改めて、5ナンバー車であることにも気づかされた。現在、5ナンバーのEVはフィアットとアバルトの500eしか選択肢がない。小型車をうたうEVでも、3ナンバーであることがほとんどだ。日産自動車の「リーフ」でさえ、初代から3ナンバー車だった。
日産サクラと三菱自動車工業「ekクロスEV」は、軽自動車であるとはいえ5ナンバー車の扱いやすさを実感させるEVだ。登録車の5ナンバー車となるアバルト500eも、身近なEVの魅力を再発見させてくれるに違いない。軽EVで実証されたように、EVになれば静粛性や乗り心地の上質さが車体の大小を問わず向上する。モーターの特性による加速性能も十分だ。
フィアット500eは当初、サブスクリプションでの販売のみの車種だったが、現在では購入して所有することが可能となっている。アバルト500eも所有することのできるEVである。ACC(前車追従型クルーズコントロール)がないのはやや残念だったが、アバルト500eは誰もが注目すべき魅力的なEVであるというのが結論だ。