海外活動からの転身、日本全国の農家を訪ね歩きたどり着いた理想郷

熊本県菊池市で半農半Xの暮らしを実践する宮さんは現在、オンラインでフィットネスの講師などをする傍ら、ビジネスパートナーの農家と共に畑を運営している。
畑では自分たちで食べる分の野菜やコメを中心に作る自給自足の生活をし、その畑を使ったイベントなどを通して、農業や「農的暮らし」の魅力を発信する。

宮さんは、シルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマーとして10年以上海外で活動をしていたという異色の経歴を持つ。東京出身の宮さんがなぜ熊本県の菊池市へ移住し、農業に関わることになったのか。

宮さんは大学を出てすぐのころ、青年海外協力隊としてパナマに派遣された。水道も電気もインターネットもない自治区の中で自給自足で暮らす人々を見て「ライフラインやお金がなくても人は生きていくことができるんだ」と衝撃を受けた。

このことをきっかけに農業や自給自足についての興味関心が高まったものの、パフォーマーとしての道へと進み、シルク・ドゥ・ソレイユの一員として活躍し、退団後には舞台役者へと転向。海外を飛び回る生活を送っていた。
しかし、2020年に新型コロナウイルスの影響により、出演していた舞台の公演は全て中止。海外から緊急帰国することになり、パフォーマンスの仕事が一切できなくなってしまったという。

日本に戻り、今後どういったことをしていくのかを考えた時、真っ先に思い出したのが農業だった。とはいえ、これまで一切農業という分野に関わることがなかったため「まずは農業や日本の農家さんについて知りたい」と、自転車で日本一周しながら各県から1軒ずつ農家を訪ねて旅をしたのだそうだ。

各県の農家さんと触れ合う日本一周の旅は1年ほどかかったという。
そんな宮さんが最終的に選んだ拠点は、菊池市だった。農業大国とも呼ばれる熊本県に位置する地域であり、単純に菊池市で出会った人々の人柄にひかれたのも大きな理由。自分のやりたいことを話しても「面白そうだね」「それやろうよ!」と、受け入れてくれる人が多かったのだそうだ。

菊池市は有機栽培やオーガニックに対しての関心がとても高く、約40年も前から有機栽培や自然栽培といった栽培方法に取り組んできた農家が多いことも魅力の一つ。宮さんは2022年初めに菊池市へ移住した。

経済との両立を目指す“半農”という生き方

宮さんが行っている“半農”という農業への関わり方は、経済との両立を目指している。
青年海外協力隊として訪れたパナマで見たような完全な自給自足での生活は理想的ではあるものの、日本の社会の仕組みや情勢においては難しい部分もあるのが現実だと感じたという。

そこで宮さんは、日々の生活の中に農業を取り入れる「農的暮らし」を提唱している。

この考えの一つが「好きな時間に畑を訪れ、2〜3時間ほど作業をするということを複数人で行う」というもの。最近話題となっているシェア畑のようだが、各々というよりはみんなで一つの畑を運営するといったイメージ。現在は会員制でコメや野菜を育て、収穫したものを還元したり販売したりするといったことを行っている。

宮さんたちが運営する田んぼ

複数人で作業することにより負担も分散され、作業時間も短くなる。自分の手が空いた時間に作業ができるので、仕事や家庭との両立もしやすい。

「みんながちょっとずつ作業をすれば十分に運営は可能ですよね。自分は農家だなんて言えないけど、畑や農業と関わっていくことは大切だし、農を身近にする『農的暮らし』を多くの人が行えば自給率は上がっていくんじゃないかなと」(宮さん)

宮さん自身も畑との関わりは1日数時間程度が多く、オンラインでのフィットネス講師や体操教室の仕事などと両立している。野菜などはほとんど買うことはなく、自給自足に近い生活を送れているのだという。

農業と無縁に生きている人にも届けたい

農に対してもっと多くの人に関心を持ってもらいたいという思いから、宮さんは自分の経験やスキルを融合させた「農タメ」という活動も行っている。

「農タメ」は農とエンターテインメントを組み合わせたもので、畑の新しい活用法を提案し、イベントなどを行っている。

象徴的なのが「農業フィットネス」。
農機具や農作業道具などを使ったトレーニングや畑でフィットネスをするといったものや、田んぼでのPKサッカー大会などのスポーツを取り入れた企画など、ユニークな発想で、畑で楽しく過ごせるような催しを月に1回以上は開催している。

取材時訪れたコメの田んぼでは、稲の天日干し用の“はさがけ”を使った逆上がり教室を行っていた。収穫後のでこぼこの田んぼの中でバスケをプレーする「田んぼバスケ」というイベントも開催予定なのだそうだ。

はさがけで逆上がりをしてもらった

「まずは畑が楽しいところなんだよっていうことを感じてもらいたい。今まで畑や農業に興味関心がなかった人でも、面白いことやってるよ!っていうエンターテインメントを通してならちょっと行ってみようかな?ってなってくれるかもしれない。そうやって入り口を広げてまずは畑に足を運んでもらう、それが僕にできることかもしれないって思ったんです」(宮さん)

農業の知識はなくとも体を動かすことや体の仕組みは熟知している、という自身の強みを生かした新しい農業の発信だ。

「畑ってでこぼこで歩きにくいでしょう? だけど人にはたくさんの関節があって、本来はこういうところをちゃんと歩けるはずなのに、今は舗装されたまっすぐな道を歩くことが多いから、ちゃんと筋肉や関節を使えてなかったりする。同じ筋肉ばかり使ってそこが凝ったり、ちょっと違うことをするとケガしやすかったりね。だから畑を歩くだけで実は体によかったりするんですよ」(宮さん)

いろんな人に畑に来てもらえるように

華やかなエンターテインメント業界から転身し、半農という新しい道を開拓する宮さんに今後の展望を尋ねた。

「青年海外協力隊ってお手伝いで行っているはずなのに、逆に現地の人たちからさまざまな大切なことを教えてもらったんですよ。パナマで出会った彼らのような完全自給自足の生活はできなくても、彼らの生き方や在り方へのリスペクトを持って生きていけたらなって。でもそれって自分1人だけができていても意味がないから、多くの人が行動してくれるといいなと思うんです。だからまずは関心を持ってもらうこと、知ってもらうことをやっていきたいし、農業の“の”の字も知らない人に、どうやったら興味を持ってもらえるかな?って考えて行動して、いろんな人に畑に来てもらえるようにするのが今の目標です」

現在は体を動かすのが苦手な人向けに、染色やクッキングといった室内でできる関わり方のイベントも考案しているのだそう。

最後に、これから半農半Xや農的暮らしを実践したい人へのアドバイスを宮さんにもらった。

「まずは一歩踏み出す勇気、これにつきますよね! 実際の農家さんや半農や農的暮らしをしている人に話を聞くとか会いに行くとか。今はシェア畑といったものも増えてきているし、まずは関わろうとしてみることが大事だと思います」