ファッションから入ったエシカル消費
北アルプスの雄大な自然に抱かれた長野県白馬村。山岳リゾート地として知られる人口約8500人の村は、スノーシーズンになると国内外から訪れる多くの人々でにぎわいます。
加藤さんが経営するベジタリアン&オーガニックカフェ「自然派喫茶Sol(ソル)」は、エイブル白馬五竜スキー場のベースセンター(商業施設)にあり、2023年12月に4周年を迎えます。
「普段はオーガニックやヴィーガンにふれる機会がない人たちに農産物のストーリーを伝えることで、頑張っている農家さんを応援したくて、あえて多くの人が行き交うこの場所を選びました」と、加藤さんは意外な立地の背景を語ります。
フランス生まれの加藤さんが白馬村にやってきたのは、生後2カ月のとき。中学卒業まで、同村で暮らしました。京都の高校に進学後は、興味のあったファッションを学ぶために東京へ。専門学校へ通い、ファッション業界に身を置いた1年間に価値観を広げる出来事がありました。2013年4月に発生したバングラディシュの縫製工場事故です。労働者の低工賃や短納期が明るみに出て、いわゆるファストファッションブランドの責任を問うムーブメントが起こりました。
「ファッションを入口に自分が普段買うものがどうやって作られたのかを気にするようになりました」と加藤さん。その後、21歳で語学留学したオーストラリアで多国籍の多様な文化にふれ、日常の食にベジタリアン、ヴィーガン、オーガニックの選択肢が普通にある社会を知りました。
「友人にベジタリアンを選ぶ理由を聞いて、自身の健康のためだけでなく、環境保全のための食の選択肢があることに気づきました」と言う加藤さん。以来、服がどうやって作られたかを気にしたように、食も時間をかけて選ぶようになったといいます。
20代で経験したオーガニックと農的暮らしの心地よさ
オーストラリアでの留学を終えた加藤さんは、22歳で白馬村に戻ってきました。「食べるものを一番ピークで気にしていた時期で、オーガニックやベジタリアンを選ぶには自分で野菜を作るしかないと思いました」と、地元に戻った経緯を振り返ります。冬はスキー場で働き、農業を学ぶために夏は高原野菜の農場でアルバイト。さらに海外の有機農業を学ぼうとWWOOF(ウーフ※)を利用して3カ月間フランスの農家で体験した農的暮らしが、それからの道しるべになりました。
※WWOOF=World Wide Opportunities on Organic Farms:有機農場を核とするホストとそこで農業や暮らしを学びたいと思う人をつなぐ世界的なサービス。利用者はホストから宿と食事が提供される代わりに農業や行事の手伝いをする仕組み
「小規模多品目の農家だったので1日にいろいろな作業があり、タスクは多いけれど働く側には変化があって楽しい農業でした。ニワトリも飼っていたので動物も含めて多様なものと関わりもありました。自分たちで作れるものは自給して、作っていない調味料や乳製品は卸先のオーガニックスーパーで地域通貨で買うというシステム。小さな経済ですがすごく循環しているのが目に見えました」と加藤さん。フランスから白馬村へ戻ると、1反弱の畑を借りて有機農法で多品目の野菜を作り始めました。
安心して有機農業ができる地域をつくりたい
加藤さんが白馬村で農業を始めた頃、地域でもオーガニックの機運が高まっていました。有志による白馬オーガニックマーケットの立ち上げメンバーに加藤さんも加わり、2018年に第1回の市が開かれました。
「自分が農家になるかどうかを悩んでいた時期でしたが、まずオーガニックに理解のある買い手を増やすことが先だと思いました」と加藤さんは話します。そこで消費者への啓発の手段として選んだのが、多様な人が行き交うスキー場でのオーガニックカフェの経営でした。
そんな加藤さんに村議会議員への立候補を促したのは先輩女性議員でした。
「環境保全や消費の裏側に目を向けてもらうために、行政から有機農業の推進につなげていくのもありだと思いました」と背中を押してもらう形で立候補した加藤さん。取り組む課題は20代でやってきた有機農業と食の流通がふさわしいと考え、公約を有機農業推進と有機給食に絞って出馬。白馬村議会では最年少で当選を果たしました。
加藤さんが有機農業推進の理想とするのは、WWOOFで経験したフランスの村での地域経済の回し方です。さらに公共調達を活用した学校給食で地域を豊かにして有機農業を発展させることが可能と考えたのです。
「白馬村には昔から冬はスキー客向けに宿泊業をして、夏は野菜を作る兼業農家が多いのが特徴です。経営するカフェでも冬の繁忙期には(野菜は)量が消費され、野菜のある夏は集客が少ないというアンバランスが生じています。有機農業を志す人の安定した収入になりうる販路の一つが学校給食だと思います」と加藤さん。
白馬村では学校給食の地産地消が進められてきましたが、有機給食はまだこれから。白馬オーガニックマーケットも、5年である程度の需要を創出しましたが、さらに広がりをつくるためには行政の関わりが後押しになります。
農家と子どもたちのために、有機農産物を消費する社会をつくる
「今年、娘が生まれました。子どもに食べさせるものがどのように作られているかは、母としても気にすること。子どもたちが平等に与えられる給食でオーガニックを知り、そこで育まれる一人一人の価値観が消費活動につながっていくと思います」(加藤さん)
公共調達による有機給食と日常で有機農産物を消費することがシンプルに大事という考えは変わりません。2023年の夏、オーガニックマーケット仲間が地域に常設のオーガニック直売所を作ったことは、有機農産物を普及させる一歩になりそうです。
自身が経営するカフェでは、夏は有機農業で自家消費する野菜を作り、冬はカフェで作ったものを流通させることで、通年雇用に結び付けたい。「白馬が抱える通年雇用の不確実さの課題を有機農業で解決できれば」と話してくれました。
議員としては、これまでは行政の仕組みやクリアすべき点を学び、それがわかったところ。「やっと自分がやりたいことに着手するときがきました」と話す加藤さんは、10月に産休から議会に復帰。ここからがスタートです。