探査機「サイキ」とは?
そんな謎だらけのプシューケーに挑むため、アリゾナ州立大学などが中心となり、探査機「サイキ」の計画が提案された。この提案は2017年に、NASAの科学ミッション計画として選ばれ、開発が始まった。
サイキは、プシューケーをつぶさに調べることで、まずそもそもM型小惑星がどんな天体なのか、そしてプシューケーは原始惑星の核が露出した天体なのか、また地球の核として予想されている特徴と一致しているのか、表面が剥がされたのであれば、それはいつ起こったことなのか、などといった、さまざまな謎を調べることを目的としている。
ちなみに、厳密にはM型小惑星の探査そのものは初めてではなく、2010年に欧州の彗星探査機「ロゼッタ」が、M型小惑星のひとつである「ルテティア」の近くを通過した際に観測したことがある。たが、このときの最接近距離は約3000kmも離れており、そこから観測しただけの一度切りのものだった(もちろんそれでも十分に価値のある観測だったが)。一方、サイキはプシューケーのまわりを回りながら観測し続けることができるため、M型小惑星を詳細に調べることができる初めての機会となる。
サイキの本体は高さ4.9m、幅2.2m、奥行き2.4mで、さらに長さ25mの太陽電池パドルをもつ。打ち上げ時の質量は約2747kgほど。製造は大手衛星メーカーのマクサー・テクノロジーズが手掛けており、主に静止通信衛星で使用される1300という衛星バスを利用して造られた。
プシューケーへの航行には、電気推進のひとつであるホール・スラスターを使う。エンジンは4基あるが、航行時に連続稼働させるのは1基のみで、順次切り替えながら運転される。推進剤にはキセノンを使う。大型の探査機であるため、1085kgものキセノンを搭載しており、これはキセノンを使った電気推進の宇宙機としては史上最大量となる。
探査機には、プシューケーを探査するために3つの科学機器が搭載されている。
- マルチスペクトル・イメージャー……2台のカメラからなる装置で、それぞれに異なる波長の光で小惑星の表面を撮影するためのフィルターと、望遠レンズを備えている。人間の目に見える波長に加え、近赤外線の波長でも写真を撮ることができる。
- ガンマ線・中性子分光計……小惑星の表面物質を構成する化学元素を調べるための装置。宇宙線と高エネルギー粒子が小惑星の表面に衝突すると、そこにある元素がエネルギーを吸収し、それに応じて、さまざまなエネルギーレベルの中性子線とガンマ線が放出される。それをこの装置で検出して分析することで、プシューケーがどんな物質からできているかを調べることができる。
- 磁力計……プシューケーに残留磁場があるかどうかを調べるための装置。地球のような天体は、核の液体金属の動きによって磁場が生成されているが、小惑星のような小さな天体では冷えて固まっているため、通常であれば磁場はできない。もし、プシューケーに残留磁場が確認されれば、過去にそれを生み出すような動きがあった、つまりプシューケーが原始惑星の核から形成されていることを示す証拠になるかもしれない。
また、専用の機器を搭載しているわけではないものの、地球と探査機との通信を利用し、プシューケーの重力を調べる探査も行われる。通信に使うXバンドの電波を分析し、プシューケーが探査機の軌道にどのような影響を与えているかを測定して、さらにその情報から、プシューケーの回転や質量、重力場を調べることもでき、内部の組成と構造についての手がかりを得ることもできる。
さらに、科学機器とは別に、深宇宙における光通信の技術実証を行うための「DSOC (Deep Space Optical Communications)」という装置も搭載している。
現在、地球と深宇宙を航行する探査機との通信には、電波を使った無線のシステムが利用されているが、いま以上の高解像度の画像やビデオなどの大容量データを送受信しようとすれば、ハードウェアのサイズ、質量、電力が大幅に増加してしまうという課題があった。そこで近年注目されているのが光通信で、ハードウェアのサイズなどは据え置きながら、帯域幅を10~100倍にまで増やせる可能性がある。
光通信はすでに地球を周回する衛星では導入されている例もあるが、月を超えた深宇宙での実証はこれが初となる。
なお、DSOCの実証は打ち上げから2年の間に行われる計画であるため、プシューケーの探査データを送ることは目的としていない。ただ、この実証が成功すれば、将来的には深宇宙を飛ぶ無人探査機や有人宇宙船に採用され、たとえば火星とのブロードバンド通信が実現するかもしれない。
探査機サイキのこれから
探査機サイキは、スペースXの超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」に搭載され、日本時間10月13日23時19分(米東部夏時間同日10時19分)、フロリダ州にあるNASAケネディ宇宙センターから打ち上げられた。
ロケットは順調に飛行し、打ち上げから約1時間後、サイキは惑星間軌道に投入された。その後、地上局との通信確立にも成功している。
このあとサイキは、約100日をかけ、初期チェックアウト期間と呼ばれる試運転を行い、ホール・スラスターをはじめとするすべての飛行システムが正常であるかどうかを確認する。
そして、2026年5月に火星のそばを通過し、火星の重力を利用して速度を上げて軌道を変えるスウィングバイを行う。そしてプシューケーに徐々に接近し、2029年7月にサイキの重力圏に入り、同年8月にはプシューケーを回る軌道に入る予定となっている。到着までの航行距離は36億kmにも達する。
ミッション期間は26か月間が予定されている。この間、観測したい内容に合わせて、軌道を大きく4回変えることになっている。
サイキの研究主宰者(principal investigator)を務める、アリゾナ州立大学のLindy Elkins-Tanton氏は「これまで約10年間、何千もの人々の、数多くの仕事の中心にいたサイキに『さようなら』を言いました」と、打ち上げ成功への喜びを表現した。
「ですが、それはゴールではありません。次のマラソンへのスタートラインに立ったのです。私たちの知識のギャップを埋め、太陽系にある未知の別世界を彩るため、探査機は小惑星に向かって飛び立ったのです」。
参考文献
・NASA’s Psyche Spacecraft, Optical Comms Demo En Route to Asteroid
・Psyche Press Kit
・Journey to a Metal-Rich World: NASA’s Psyche Is Ready to Launch - NASA
・6 Things to Know About NASA’s Asteroid-Exploring Psyche Mission - NASA
・Asteroid Psyche - NASA Science