鳥居元忠(音尾琢真)の壮絶な最期に絶句し、涙した。関ヶ原の戦いを間近に控え、徳川家康(松本潤)と石田三成(中村七之助)の戦いが激化していく。肉弾戦のみならず、各国大名に書状を「腕が折れるまで書くぞ」と書きまくり送りまくって味方にしようとする、調略合戦も興味深かった。大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第42回「天下分け目」では、ひとり、またひとりと見せ場があった。それは別れを覚悟した者たちの姿でもある。
■千代と共に戦いに身を投じた鳥居元忠
真田昌幸(佐藤浩市)や鳥居元忠、平岩親吉(岡部大)などの、それぞれの生き方に区切りをつける場面が印象的。昌幸は、真田家の血筋を残すために、昌幸と信繁(日向亘)は豊臣側に、信幸(吉村界人)は徳川側にと、二手に分かれる(犬伏の別れ)。信幸と稲(鳴海唯)の間にできた孫たちとももう会うことはないかもしれない。合理的な生き方をしてきた昌幸も、孫たちには少し情を見せるが、すぐまた「乱世を泳ぐは愉快なものよ」と飄々として見せる。孫たちとの別れ際、口を動かして何かを言っていたように見せた佐藤浩市。自身のアイデアでセリフを加えることもある俳優が、今回、セリフを足さなかった。足さないが口だけ動かし、視聴者の想像力を喚起させたのはさすがだ。佐藤は、ドラマでも映画でも、短い出番で、作品の本質に最大限に寄り添いながら、強烈な存在感を残す俳優である。
親吉は、上杉征伐に向かう家康と向き合い、これまでの長い長い戦いの時間を振り返る。当初の信条「厭離穢土欣求浄土」を改めて噛み締め、「この世を浄土に致しましょう」と語る。瀬名(有村架純)と信康(細田佳央太)だけを死なせてしまったことを長く悔いてきたことを吐露する親吉の白髪交じりの頭を見て、そうか彼も長らく苦しんできたのだなあとしみじみした。ずっと黙っていて、あるときふいに明かすのは、決して唐突なのではなく、それだけその人にとってなかなか口に出せない重いことだったということである。それは親吉だけではない。鳥居元忠もまた長らく人知れず苦しんできた者のひとりだった。
鳥居彦右衛門元忠――“彦(ひこ)”と呼ばれ親しまれていたこの人物は、岡崎からずっと家康と一緒に戦ってきた。親吉と並び、ムードメーカー的存在で、ここまで目立った働きはあまりなかった。が、第36回で、突如、武田の間者だった千代(古川琴音)を匿っていたことがわかる。しかも好意を抱いていたということで、徳川家臣団に責められるが、頑として愛を貫き、家康はふたりの仲をゆるす。
家康は上杉征伐にあたり、手薄になる西方面の守りの要となる伏見城を元忠に任す。重責を任せられたということは、元忠はかなりの実力があったのだろう。
「桶狭間を戦い抜いたと聞きます」と敵も元忠に一目置くが、桶狭間のときは、家康たちと必死に逃げていたという印象。でも、長い年月、関ヶ原の戦いが1600年で桶狭間の戦いが1560年だから40年。これだけ経つと、詳細を知る者は少なく、大きなレジェンドになっていくのだろう。
千代は、武田の間者として腕を磨いていたという昔とった杵柄で、元忠と共に戦う。銃を構える姿は凛々しかった。ここでわかるのは、元忠も千代も、親吉と同じく、過去に、瀬名を死なせてしまったことに悔いを感じていて、自分たちの死に場所を探していたことだ。「数え切れぬ者が先にいった」「ようやくわしの番が来たんじゃ」と言って、千代と共に戦いに身を投じる元忠。基本、生き延びることを大事にしている物語だが、生き残ってしまったことに後ろめたさを感じている人たちもいることに胸が痛くなった。ちなみに、11月17日に発売される、台本をもとにしたノベライズ最終巻では、元忠と千代の最期はドラマとはちょっと印象が違うはず。
■庶民感覚を失わない人物役に説得力
元忠を演じ切った音尾琢真は、大泉洋が所属する北海道発の俳優集団TEAM NACSの一員。個性豊かな5人組のなかの最年少として、控えめにしつつ、出るときは出る、その存在感の出し引きに職人技を感じる俳優で、『どうする家康』の大人数の家臣団でも、その個性が生かされたように感じる。それが第42回の死に様に集約された。
音尾はNACSの舞台『WARRIOR~唄い続ける侍ロマン』(12年)では豊臣秀吉を演じていた。体操部出身の身軽な運動神経で階段状の舞台を軽やかに動き回っていた記憶がある。映画『レジェンド&バタフライ』(23年)でも秀吉を演じた(ちなみに舞台では家康は安田顕が、映画では斎藤工が演じている)こともあって、『どうする家康』を見ていても、筆者はなんだか音尾=秀吉のイメージが拭えなかったのだが、元忠にしても秀吉にしても、庶民感覚を失わない人物役に説得力がある。
朝ドラこと連続テレビ小説『なつぞら』(19年度前期)でも北海道で働く酪農従事者がじつに素朴でナチュラルだった。その一方、白石和彌監督作品では物騒な人物を鮮烈に演じて、白石作品にはなくてはならない存在になっている。決してカリスマリーダーではないが、腕利きの、いざとなると頼りになる人物を演じる職人的俳優、それが音尾琢真である。彼の演じる役は、見渡すと、すぐ傍にいそうな、リアリティがある。
ところで、意味深げに家康と語り合った親吉も、亡くなってしまうのだろうかと思ったら、関ヶ原の戦いを生き抜き、1611年まで生きている。ドラマでは「厭離穢土欣求浄土 この世を浄土に致しましょう」という言葉どおり、この世を浄土にすべく最期まで貢献したようだ。元忠は「浄土で待っとるわ」と言いながら亡くなっていった。ドラマでは元忠にとってはあの世が浄土だったようだ。
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