本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった方々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

農村とは、狭い世界だけにいろいろな人間関係のトラブルが発生する異世界。新規就農者である僕は、思いがけない派閥争いに巻き込まれながらも、何とかラスボス・徳川さんと親密な関係を築き、少しずつ農作業にも慣れてきていた。

「これでやっとこの地域で平和に暮らせる」。そう思って、地域内で農地を増やしたのだが、そのことが「厄介な隣人」との出会いにつながることになろうとは、この時はまだ予想だにしていなかったのである―。

手入れの行き届いた畑をゲット!

「そういえばケン、農協さんが新しい畑を紹介してくれると言っていたぞ!」

久しぶりに畑で顔を合わせるなり、そう声をかけてきたのは、この地域の”ラスボス”こと徳川さん。頑固で融通が利かない面はあるものの、地域の農家を束ねるリーダーとして広く顔を知られていて、事あるごとにおせっかいを焼いてくれるありがたい存在だ。

農村という異世界で、僕のように移住してきた新規就農者にとって一番困るのが「農地の確保」である。先祖代々の土地を見知らぬ人に貸し出すのは抵抗があるという人は本当に多い。そこで頼りになるのが、この世界の重鎮の後ろ盾である。

「本当ですか? すごくうれしいです。早速担当の方に連絡してみますね。いつも本当にありがとうございます」

少しオーバー気味に感謝の気持ちを表現すると、徳川さんは満面の笑みを返してくれた。

それから僕はすぐさま農協に連絡して畑の場所を教えてもらい、現場を見に行った。これまで新たに借りられたのは耕作放棄地ばかりだったので、今回もそんなに期待していなかったのだが、今度の土地は全く違って驚いた。雑草がとてもきれいに刈られ、よく手入れされた畑だったのだ。

「これはいい。ぜひ借りる方向でお願いしてみよう!」

徳川さんと農協の双方に連絡を入れ、数日後、地主である朝倉さんとお会いすることになった。菓子折りを持参して訪問した朝倉家は、大きな倉庫付きの一軒家。古くからの豪農といったたたずまいである。

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「なあ、朝倉さんよ。ぜひこの子に土地を貸してやってもらえんか?」

どうやら徳川さんとは旧知の仲のようだ。親の世代から交流があるらしい。朝倉さんはすでに農業をやめているが、かつては同じ部会に所属して顔を合わせる機会も多かったという。

「徳川さんが言うなら、貸してやってもいいけどよ」

僕は菓子折りを差し出しながら、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

こうして条件の良い土地を借り受ける話がまとまり、僕は一気に規模拡大を図ることに成功したのである。

畑を耕していると冷たい視線が……

土地を借りる契約が済むと、僕は早速その土地に入ったのだが、朝倉さんから契約時にくぎを刺されたことがあった。「ちゃんと草のお守りだけはしてくれよな」というのだ。

どうやら以前に土地を貸した人は、畑の手入れがずさんで、一年中草が生えたような状態だったらしい。それを朝倉さん自らトラクターで耕うんし、再びきれいな状態に戻したと聞かされた。

「草が生え放題ではご先祖さんに申し訳が立たんからのう。ご近所さんからも笑われるしなぁ」

トラクターで耕うんするのが難しい畑の端は、定期的に除草剤を散布してきれいに枯らすよう指示を受けた。

いろいろと注文が多い地主さんだが、かつて農業を営んでいたこともあり、最後には「大変だろうけど頑張ってな」と背中を押してくれた。農業を始めたばかりの新人には、こうした良い畑はなかなか巡ってこない。この半年間ほどいろいろと声を掛け、半ばあきらめていた中でのうれしい言葉に思わず目頭が熱くなった。

「よし! この畑で新しい作物を栽培するぞ!」

そう意気込みながら新たな畑でトラクターを走らせていると、遠巻きからこちらを見つめる視線を感じた。高齢と思われる男性が畑の向こうの道路越しに立っているのが見える。近所の人かと思って軽く会釈をしてみたものの、険しい表情を浮かべたまま微動だにしない。

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「なんだろ? 用事でもあるのかな?」

エンジンを止めてトラクターを降りている間に、その姿は消えていた。

「一体何だったんだろうか?」

一抹の不安を覚えながら耕うんを進めた僕は、朝倉さんからの言いつけを守り、敷地の境界部分に除草剤を散布して畑を後にした。

無農薬栽培の農家が除草剤に憤慨!

それから1週間ほどが過ぎ、新しく借りた畑に再び行ってみると、うっすら生えていた草がきれいに枯れていた。

「これで朝倉さんからも文句は言われないはずだ」

そう思いながら畑を見回っていると、となりの畑から70歳ぐらいの男性が歩み寄って来た。

「おたく、困るんだけど。なんで除草剤をまくんだよ」

どこか見覚えがあると思ったら、先日トラクターを運転していた時、厳しい視線でこちらをにらんでいた人だ。あの時は道路の向こうから見守っていたが、どうやら隣の畑を管理する農家だったらしい。100坪ほどの土地にトマトやナス、キュウリなどの野菜が植えられていた。

「お隣の畑の方ですが? ごあいさつが遅れてすみません。先週からこちらの畑を借りている平松といいます。ご迷惑をおかけしていたら、申し訳ありません」

この異世界に来てからというもの、とりあえず謝っておくのが得策だと感じることが多くなった。こちらの常識は、相手にとってはほぼ非常識。そう肝に命じておかないと話が前に進まないことが多い。これまでの徳川さんとのやり取りの中で習得した”特技”である。

「こちらは無農薬で野菜を育てているんだ。除草剤を使うのはやめてもらえないか?」
と厳しい口調で詰め寄って来る。
僕はその態度に少し怒りを覚えたが、怒っても事態は解決しない。

「土地の境界は越えないようにまいているはずですけど……」
とやんわりと答えた。

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これまで僕が異世界で関わってきたのは、当たり前のように農薬を散布するプロの農家ばかりだった。ただ、この人は違うようだ。

「うちは無農薬だから、そっちから除草剤なんか流れてきたら困るんだよ!」
とにかくすごいけんまくなので反論はやめて話を聞くと、産直市場などに一部出品はしているものの、ほとんどが自家消費という無農薬栽培の兼業農家だという。
これまで付き合っていた人たちとは″種族”の違う、無農薬農家という新たな敵の出現である。
「とにかく、次から除草剤は使うなよ!」
そう一方的に言って、隣の農家は去っていった。

さあ、どうしよう。朝倉さんの手前、除草剤を使わないわけにもいかないし。こうして僕は、地主さんと近隣農家との板挟みという新たな課題に直面することになったのである。

畑で待ち伏せして平謝りした結果……

その後数日間、僕は農作業をしながら、隣の農家が現れるのを待っていた。
あれからいろいろと対応策を考えてみたものの、改めて正面から除草剤をまいたことを謝ってみるのが一番早いと考えたのだ。

待ち伏せを始めて3日目、隣の農家が現れるとすぐ、僕は彼に駆け寄って頭を下げた。
「先日はご迷惑をおかけしてすみませんでした!」
僕の行動にびっくりしたようだが、僕が自ら謝りに来たことで、彼の態度も先日に比べて明らかに軟化した。
「ああ、こちらもきつい言い方になってしまってすまんかった」
と謝罪の言葉まで口にした。
これはチャンスと、僕は自分の置かれている状況も伝えることにした。
「お気持ちはよくわかります。でも、地主さんから畑の際までちゃんと除草剤をまいて『草のお守りをしてほしい』とお願いされてしまって……」

隣の農家は渋い顔のままではあったが、きつい調子で言い返してくることはなく、
「まあ、この辺の農家は草に厳しいからなあ」
とぼそっと言った。それでもやはり除草剤に難色を示すので、僕は安全性が高い除草剤を使用していることも説明した。さらに今後は隣接する部分はできるだけ除草剤に頼らず草を刈ることや、その他の農薬を散布する際も十分配慮することなどを伝えた。
すると最後には
「あんたも頑張っているんだから、ある程度は仕方がないよね」
と理解を示してくれたのである。

そして、隣の農家も悩みを抱えていることが分かった。

「実は、俺よりも、うちのが気にしているんだよね」

どうやら健康志向の高い奥さんが、ベトナム戦争で使われた枯葉剤のイメージをいまだに強く持っていて、除草剤を極度に嫌っているらしい。男性本人はそこまで気にしていないのだが、奥さんは市販の野菜を購入する時も気に掛けているそうで、無農薬栽培も奥さんの希望で始めたものだと聞かされた。

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「無農薬栽培は大変ですよね。こちらもなるべく配慮しますし、気になることがあれば声を掛けてくださいね」
僕が無農薬栽培にも理解を示すと多少安心したようで、
「こっちこそすまないな。気を付けてくれると助かるよ」
と、最後には少し笑みを見せてくれた。

しばらく平行線が続くかに見えた対立だったが、こちらから歩み寄りの姿勢を見せることで、その後は予想外に良好な関係を築けるようになったのである。

レベル11の獲得スキル「同じ農家。相手を認めれば妥協点は案外見つかる」

慣行栽培VS無農薬栽培という構図は、ネットでも度々炎上する定番ネタである。農薬を使用した慣行農法がなければ、人々に十分な食料を供給することはままならなくなる。一方で、無農薬で栽培された野菜を口にしたいという根強いニーズがあるのも確かだ。農業の現場でも意見の対立が起き、トラブルの火種に発展する場面も少なくない。

ただ、無用な争いを避けるために大切なのは「互いの歩み寄り」である。「こちらが全面的に正しい」と主張をぶつけたところで、完全な理解を得るのは難しい。それならば、こちらから歩み寄り、妥協点を探った方がうまくいく。今回のようにきちんと耳を傾けてみると、意外にすんなりと妥協点が見つかり、その後は良好な関係を築けるケースも多いものだ。

長い人生を歩んできた高齢者が多い“異世界”では、こだわりを持った人たちが多い。彼らの主張を認め、うまく関係を構築することが異世界攻略の近道だと改めて悟った僕。ただ、この異世界には、さらに厄介な敵が潜んでいることを僕はまだ知らなかったのである……【つづく】