コロナ禍も明け、徐々に活気を取り戻しつつある観光業界だが、公益社団法人 神奈川県観光協会は、2023年3月末に地域連携DMOとして観光庁により登録され、「かながわDMO」としての活動を開始している。

  • 神奈川県観光協会 会長の望月淳氏(右)とアドバイザーを務めるNTT東日本の志和康弘氏(左)

DMOは「観光地域づくり法人(Destination Management/Marketing Organization)」のことで、官民を含めて、多様な関係者とともに「観光地域づくり」を推進していく組織。データ分析などに基づいた戦略を推進するなど、従来の観光組織とは異なる動きで観光地域づくりを行う、いわば“舵取り役“を担う。

全国市区町村にある観光協会などの組織はおよそ1,700団体を数えるが、その中でもDMOとして登録されているのは282団体(2023年9月26日現在)と非常に限られた存在であり、観光業界が抱える課題解決に向けてのカギを握る存在となっている。

そこで今回は、神奈川県観光協会 会長の望月淳氏と、アドバイザーとして神奈川県観光協会をサポートするNTT東日本 ビジネスイノベーション部 まちづくり推進グループ グループ長の志和康弘氏に、神奈川県観光協会のDMO化を中心に、神奈川県における観光業界の現状と今後についてを伺った。

■DMO化によって地域の“稼ぐ力”を引き出す

神奈川県観光協会の歴史は古く、昭和21年に設立され、昭和22年に法人登録。およそ80年の歴史を重ねており、観光と物産の振興を中心に事業を展開している。神奈川県内には市町村を中心に多数の観光協会が活動しているが、神奈川県観光協会は決して上位組織というわけではなく、あくまでも横並びのポジションで、地域の観光協会と協力しながら、各種プロモーション活動を実施している。

神奈川県は観光地として、「やはり人は東京から来るので、東京に近いのはかなりの強み」という望月会長。例えば、大自然を体験したければ北海道、温泉巡りをしたければ別府など、各地に特色を持った観光地があるが、それらを至近で体験可能で、多様なニーズを充足できるのは神奈川県の強みであり、魅力になっているという。

  • 神奈川県観光協会 会長の望月淳氏

観光地としての魅力にあふれる神奈川県だが、望月会長がDMOの理念として強調するのが「地域の“稼ぐ力”を引き出す」こと。「ここだけにしかない観光」「時間が読める観光」「気配りおもてなし」「人に伝えたくなる観光」といった神奈川県観光に必要なコンセプトを挙げ、その中でも「時間が読める観光」を特に重視する。「簡単に言うと、箱根から渋滞をなくしたい」と望月会長は、「できるわけないと思われがちですが、これくらいのビジョンがないと意味がないんです」と強い決意を示す。

そして、インバウンドへの対応も同様で、「インバウンドの方は車では来ません。つまり公共交通機関を使うので、やはり箱根で渋滞があると困るわけです」と続ける。たとえ時間的に余裕があったとしても、限られた時間での訪問であり、渋滞をなくさないと予定通りの行動ができない。箱根にはロープウェイなど様々な交通手段があるが、まずはバスを重視する。「バスが滞りなく動けば、観光客だけでなく、箱根に住んでいる方も“時間が読める生活”ができるようになるわけです」。

■データ分析を重視し“見える化”を促進

観光を構成する要素には「環境」「地域/住民」「事業者」「旅行者」の4つが挙げられるが、この中で唯一外から来るのが「旅行者」。「旅行者」が消費することで、土産店や宿泊施設といった「事業者」に金銭が渡り、それが雇用創出を生み出し、雇用維持にも繋がる。さらに「事業者」の収入が増えれば税収も増え、それが旅行業と直接関係のない「地域/住民」にも還元される。そして、この循環が上手く回れば、サステナブルな地域社会づくりにも繋がるとしたうえで、「観光振興によってただ観光客が増えたというだけでなく、どのように増えたか、どのような経済効果が出たかが重要」とさらにその先を見据える。

「どのような経済効果が出るか。その数字に地元の観光協会は注目する」という望月会長は、「ただ協力してくれでは誰も動きません。箱根にも小田原にも鎌倉にも地元の観光協会があり、みんなが必死になって頑張っています。それを我々が上書きしてしまうのではなく、寄り添って、一緒に頑張っていくことが重要」と、かながわDMOの伴走型としてのあり方を重視しつつ、さらに“データ分析”の重要性を強調する。

また、人流分析をはじめとするデータ分析を実際に手掛けるアドバイザーの志和氏は「世の中には便利なツールがたくさんありますが、なかなか上手く使いこなせないのは実状。それを各観光協会の方が使いこなすための手助けをしていきたい」との意気込みを示す。

  • 神奈川県観光協会のアドバイザーを務める、NTT東日本 ビジネスイノベーション部 まちづくり推進グループ グループ長の志和康弘氏

かながわDMOでは、各種アンケート調査やGPSデータを活用した人流調査などのデータ分析に加え、地域のプラスになる実証事業を展開。その一環として、今夏には、県下の広域周遊の可能性や促進手法を検証する「かながわスタンプラリー」を実施。「夏休みの自由研究」をテーマに、県下7地域の横断的な訪問を推進する施策で、広域エリアで実施された。

広域周遊について、「もともとNTT東日本は、電話でもインターネットでも“繋ぐ”ことが使命。だから、広域で各自治体を繋ぐことは、企業の使命と近しい」という志和氏。縦割りではなく、神奈川県内の自治体を横に繋いでいく。そして、「将来的には、神奈川県内だけでなく、神奈川と静岡を繋ぐといったところまで広げていきたいですし、そのお手伝いをさせていただきたい」と今後を展望する。

さらに、防犯カメラなどの活用も念頭に、「観光目線で、リアルタイムにカメラの映像情報を収集し、分析し、そこからフィードバックし、そしてAIで予測することがタイムリーにできれば、次なる一手を打ち出すことができます。もちろん今すぐにはムリですが、そういった目標に向けて、NTT東日本としても協力して、実現していきたい」とさらなる展開に意欲を見せた。

■地域に寄り添う“伴走型”の活動を目指して

「DMOは新たなチャレンジをする人たちの集合体」という望月会長。改めてDMO化のメリットは“観光庁とのパイプ”であるとし、通常の観光協会ではなかなか入手できない情報も入手しやすくなり、「観光行政がどのように舵を切るかを早期に把握できることが大きい」と言及する。さらに、神奈川県観光協会のDMO化は、「時間の読める観光」などのコンセプトを実現するためには必須だったと振り返る。「神奈川県観光協会がいくら騒ぎ立てても、それぞれの観光地を動かすことはできませんが、DMOの肩書があれば、地域の方々と一緒に考え、一緒に行動することができます」。

そして、神奈川県自体の認識も変わり、県と一体となって観光振興を推進する機能として位置づけられるようになったという。

DMOとして活動するためには住民合意が重要であり、“オーバーツーリズム”の問題についても、「住民が迷惑といえばオーバーツーリズムですが、もし歓迎していれば観光公害とはなりえない」との認識を示す望月会長。観光庁は、観光客の増加によって起こる問題として、“住民生活への悪影響”と“自然環境への悪影響”の2つを挙げているが、「大きく分けるとそうかもしれませんが、実際はもっと細かいはず。その細かな事象まで分析できれば、問題解決にも近づくことができる」との見解を明かした。

「現在は観光庁の求めるものと合致していますが、我々のやりたい方向と違ってくる可能性もあります。結果的に観光客が増えれば良いのかもしれませんが、その観光客をどのように動かすかも重要」という望月会長。

生産性の向上やDX対応、人材育成など、観光業界が抱える課題はまだまだ多く、神奈川県観光協会もDMOとして活動していくためには、外部の識者にも参加してもらうなど、人材確保が必須。実際、神奈川県観光協会としての既存の事業と並行しての活動であるため、資金も確保も重要だが、公益社団法人であるため手数料などを徴収することができない。そこで、寄附金の受入れやクラウドファンディングの活用の検討など、事業を継続するための土台作りも進められている。

かながわDMOの活動は“伴走型”であり、「寄り添って戦略を考える」ことを重視する望月会長は、「我々は押し付けません。あくまでも去るもの追わず、来るもの拒まずの姿勢で、やる気のある自治体に寄り添っていきたい」と、今後の活動に向けての熱い想いを明かす。

「何もせずに、ただ口を開けて待っているだけでは、我々も寄り添うことができません。走る気がない人とは伴走できませんから。お金はありませんが、その代わりに汗をかくことで、やる気のある自治体や地元観光協会のみなさんと一緒になって考えて、盛り上げていきたいと考えています」。