NTT東日本は11月2日、NTT ArtTechnology、長野県小布施町、小布施町教育委員会と共同で「第180回 NTT東日本 N響コンサート」のサテライト配信公演を行った。当日は、東京・新宿区の東京オペラシティコンサートホールで行われたNHK交響楽団の生演奏を、臨場感たっぷりの高音質で長野県小布施町・北斎ホールにライブ配信。終演後は、北斎ホールに詰めかけた多くの小布施町民が演奏に拍手を送った。
3つのICT技術を導入
小布施町サテライト公演には、NTT東日本グループによる3つのICT技術が導入された。1つは高品質なライブ配信技術。北斎ホールには高精細なプロジェクターのほか、5.1chの音響機器を設置して東京オペラシティのコンサートホールさながらの音場を再現。そのうえで、遅延のない通信ネットワークで2つの会場を結んだ。
2つめはマルチアングル配信。会場の大型スクリーンとは別に、来場者のスマートフォンにも「ステージ左側」「ステージ右側」「会場後方」から撮影したライブ映像を配信。これにより来場者は、好きなタイミングで好きなアングルからの映像に切り替えてオーケストラのパフォーマンスを鑑賞できた。
そして3つめは音声解説の提供。なんと、本番の演奏中に専門家による"実況"を楽しめるオプションを用意した。当日の北斎ホールではNTTコンピュータ&データサイエンス研究所が開発した、耳を塞がないオープンイヤー型のイヤホンを貸与。このパーソナライズドサウンドゾーン(PSZ)技術と呼ばれる、ある音波(正相)に対して逆相の音波を当てることで周囲への音漏れを最小限に防ぐ技術が使われたイヤホンを装着することで、N響の演奏も解説者の声も同時に聞けるようにした。
どんなライブ配信になった?
この日のプログラムは、シベリウスの交響詩「フィンランディア」、グリーグのピアノ協奏曲 イ短調 作品16(ソリストは萩原麻未氏)、グリーグの「ペール・ギュント」組曲 第1番、第2番。指揮は園田隆一郎氏だった。
実況を担当したのはNHK交響楽団 指揮研究員の平石章人氏。本番前にはクラシックコンサートにおけるプログラムの組み方から、楽曲の聴きどころ、そしてコンサートマスターの役割などオーケストラの基礎知識についても解説した。「舞台の一番右側に、家具のように大きな弦楽器があります。これはコントラバスと言います」といった楽器紹介は、クラシック初心者にとって興味深く感じられたことだろう。
そして演奏中は、作曲家が込めた思い、いま何の楽器がメロディを担当しているか、などを実況した。たとえば「このあとのチェロの旋律にご注目ください」「ここで冒頭のメロディが再び繰り返されます」「次にフルートが鳥の鳴き声を表現します」「いま聞こえたくぐもった金属音はホルンです。ベルに手を入れて演奏しています」といった具合。スコアがすべて頭に入っている指揮者ならではの、淀みのない実況が続いた。特に、後半に演奏されたグリーグのペール・ギュント組曲は、波乱万丈のストーリー(戯曲)に音楽をつけた作品。リアルタイムで解説が入ることで、名曲の魅力が何倍にも増幅したように感じられた。
コンサートの終演後、一般の来場者からは「映像と音響に臨場感がありました」「マルチアングルで視点を選びながらクラシックを鑑賞したのは初めて。新鮮な体験でした」「実況があったので理解しやすかったです。こうした取り組みがあれば、普段はクラシックを聞かない人もコンサートを楽しめるのでは、と思いました」といった感想を聞くことができた。
なぜ小布施町で?
ところで今回、なぜ長野県小布施町においてサテライト配信公演が行われたのだろう?
NTT東日本では、これまでもICTを活用したN響コンサートを継続的に行ってきた。コロナ禍の2020年10月には無観客で行われた演奏会をインターネット配信。翌年(2021年)にはリアルとネットのハイブリッド開催を実現し、2022年にはIOWNの低遅延通信技術を用いたリアルタイム・リモート演奏を行っている。
また同社ではグループのNTT Art Technologyと協力し、芸術作品のデジタル化にも注力している。直近では長野県小布施町において、土地に縁のある葛飾北斎が遺した岩松院本堂天井絵「鳳凰図」(通称: 八方睨み鳳凰図)、上町祭屋台・東町祭屋台の天井絵などのデジタル化に取り組んできた。
こうした背景から、小布施町がNTT東日本側にN響のサテライト公演を依頼したという。小布施町の桜井昌季町長は、休憩中のロビーで次のように説明する。「小布施は小さな町です。これまで芸術に触れる機会が多くはありませんでした。そこでNTT東日本さんに、最新技術でサテライト公演を実現できないか、と相談を持ちかけたんです。ICT技術を使えば、東京まで行かなくても地域に住まいながら本物の芸術を鑑賞できる。今日は私もそれを実感しました。こうした芸術の楽しみ方、新しい切り口が今後も広がっていけば良いですね」。北斎ホールでやってもらえて感無量です、と笑顔を見せた。
NTT東日本 長野支店の茂谷浩子支店長も、ICTにより芸術・文化を発信する取り組みに意欲を示している。「もちろん芸術に直に触れることの大切さは変わりません。でも遠隔地だからこそのアートの楽しみ方ってあると思うんです」と茂谷支店長。実況による解説は、たとえば歌舞伎にも応用できる、古典芸能の難しい言葉遣いもリアルタイム実況があれば理解の助けになるでしょう、と新たなアイデアも提案する。
一方で、マルチアングル配信については「まだ開発は道半ばです。今後、取り扱うカメラの数も増やしていきます。カメラのアングルが変わる、というメリットはサッカーなどのスポーツにも活かせます。たとえば地域で行われる国体では、同じ競技上で同時にたくさんの競技が行われます。その中から、見たい競技に切り替えて応援するような使い方もできるでしょう」とし、これからの展開を期待させた。