歴史的に野菜の栽培が盛ん
千葉県は農業産出額で2014年以降、全国4位を保ってきた。2021年は米価の下落やコロナ禍の影響などがあり、6位に下がったものの、全国を代表する農業県であることに変わりはない。日本ナシや落花生、ダイコン、ネギ、ニンジンなどの品目で、全国一の産出額を誇る。
野菜の産出額が高く、北海道、茨城に次ぐ3位(2021年)。千葉で野菜の生産が盛んなのは、次のような歴史的な経緯があると櫻井さんは説明する。
「明治以降の歴史をみてみると、園芸作物の栽培は総じて都市近郊で発達していたんです。昭和のはじめくらいまで、冷蔵の技術がなかったので、鮮度を求められるものは需要の大きい地域の近く、つまり都市近郊で栽培することが多かったんですね」
冷蔵技術と輸送手段が発達するにつれて、だんだんと長距離の輸送ができるようになっていく。都市近郊から広い畑のある地域へと、園芸が拡大していった。
「千葉は特に東部に畑作地帯がある。こうした地域は水の便が良くなく、稲作はやりづらい反面、畑作に適していました。銚子のキャベツ、富里のスイカといったように、広い面積で野菜を栽培することが広まっていった」
都市化の進展や相続税の高さが悩み
農業産出額の推移を見ると、減少傾向にある。畜産が伸びている反面、コメと野菜が減っている。コメに関しては米価の下落と、都市化に伴う水田面積の減少も影響している。野菜は、「都市化、高齢化、人手不足」という三重苦に直面していると櫻井さんは言う。
「特に南房総は、高齢化率が全国平均に比べても高い。高齢になると、キャベツやスイカといった重量野菜はどうしても敬遠されがち。重いものをやめて、軽い葉物野菜とか、果菜類の中でも比較的小さいものに移行している」
重量野菜に関しては、長野や茨城といった園芸が盛んな県と同様に、人手を外国人技能実習生に頼っているところがある。技能実習制度は目下、制度再編の方向で議論が進んでいる。さらに円安や、送り出し元のベトナムをはじめとする国々で経済が発展してきたこともあって、これまで通りの人材確保は難しくなりそうだ。
都市部は、農地を相続する際にかかる税金の高さが、農家を悩ませている。相続税を支払うために農地を切り売りする農家は少なくない。
櫻井さんは数年前、船橋市の若手農家を対象にさまざまなテーマで研修を行うのを手伝ったことがある。
「どんな研修を受けたいかと農家に聞いたら、一番希望が多かったのが、相続に絡む税制の話でしたね。税理士に解説してもらったところ、聞きに来た若手農家から、これまでの研修で一番参考になったと言われました」
農業と不動産業を兼ねられる都市部に多い若手
後継者の不足は、全国と同様に千葉でも課題になっている。ただし、都市部はやや特殊だ。
「都市部には、粗売上で2000万円くらいを稼ぎ出す農家がザラにいます。農業からの所得だけでは食べていけないかもしれないけれど、都市部だと、アパートといった不動産からの収入を得ていることも多い。農業プラス若干の不動産業の収入で、安定した生活を送れることもあって、意外と若い人が残るケースが多いです」
業務用への対応で茨城が先行
千葉にとって農業における長年のライバルといえるのが、利根川を挟んで結びつきの強い茨城だ。2014~2020年は、農業産出額で茨城3位、千葉4位が定位置だった。
両県で温度差があるのが、中食・外食向けの業務用の需要への対応だ。生活スタイルの変化や単身世帯の増加、高齢化などの影響で、家庭で調理することを前提とした青果物の需要が減り、業務用の需要が増える流れにある。
「茨城は業務用の農産物の生産が盛んで、農協がかなり力を入れています。その点、千葉だと、生産に占める業務用の割合は決して高くないと聞きます」(櫻井さん)
青果物は一般的に家庭用の方が高値で売れる。そのため、農家は家庭用の出荷を目指しがちだ。
「家庭用と業務用のどちらをとるか見極めることが、千葉の課題かもしれません。どっちがいいと一概に言えないですけど、少なくとも業務用の需要は今後増えると見込まれます。業務用で好まれる、家庭用よりサイズの大きいものを一定の品質で安定して供給できるのであれば、業務用に移行していくことも選択肢として考えていい。隣の茨城はそれを結構やっています」
業務用の農産物の生産が国内で伸びない最大の理由――。それは、業務用によく使われる輸入品との価格差だった。それが、業務用に多い中国産の価格が、中国の経済発展や円安の影響などで上がってきている。価格差は縮みつつあり、国産に追い風が吹いている。
千葉市には、国内で最初にして最大の食品工業地帯「千葉食品コンビナート」がある。膨大な農産物の需要が足元にあるわけだ。
「誰もがここは聞いたことがあるという食品企業が、10社くらい集まっている。そこと、千葉の農業部門がつながっているという話は聞かない」と櫻井さん。農家や産地が食品企業と加工食品を共同開発するといった取り組みは弱いという。なんとももったいない話である。
「千葉の農協は、まだ業務用の需要に移行できていないところがある。生鮮品を卸売市場で高く売るという、昔ながらの方針にこだわっている節がある」
農協に強い地域差
農協は、地域によって強弱がある。例えば、ふつうのコメより早く新米が流通する「早場米」の産地として知られる県南部の南房総地域。
「南房総は農協の販売力がそれほど強くなく、中小の商系の業者が農家に入り込んでいて、わざわざコメを買いに来る」と櫻井さん。都市部の農協となると、農業部門の支援が手厚くない。農家自身がそれを求めていなかったところもある。
「都市および都市近郊の農家は、自分で安定した売り先を見つけることが可能だった。わざわざ農協に共同出荷して、面倒な規格に縛られるよりは、付き合いのある顧客にそこそこの値段で買ってもらった方がいいとなる」
交通の多い沿道での直売や固定客への宅配、レストランへの納入、観光農園など、顧客をつかまえる手段は豊富にある。個々の農家がもうけることにたけているぶん、産地としての力を発揮しにくいところはある。
ただし、春キャベツの生産量で日本一の銚子となると、話はまた違ってくる。「銚子はキャベツの全国的な産地ですから、農協は農家が共同出荷したものを卸売市場に出すという王道の出荷方法をぶれずに続けている。今後も産地を維持するために、農協の生産部会に属する農家を一生懸命サポートしていますね」
観光農園の草分け的存在の千葉。期待される成長の可能性は
観光農園に関しては千葉は「全国でもパイオニア的な存在」だ。代表的なのが、イチゴの摘み取りができる観光イチゴ園。県南部の館山市で、全国的にみても早くから登場していた。
「1970年代のはじめには、観光農園の団地のようなものができていたという記録があります」と櫻井さん。花の摘み取りも昔から行われており、最近はビワ狩りができる観光農園が多くあるという。
千葉県農業の行く末について櫻井さんは、「多様な作目を扱っていて、しかも日本が比較的強みをもっている園芸作物が盛んなので、まだまだ成長が期待されるし、生き残ると思いますね」と太鼓判を押す。
大手食品企業が集う地の利を生かし、今後どのような方向にかじを切るのか。迫る高齢化の波をどのような手立てで解消していくのか。動向を注視したい。