ビジネスでは根拠のある発言が求められます。何かを買うにも何かを選ぶにも、いちいち"もっともらしい理由"が求められるのがビジネスコミュニケーションです。
大雑把に言えば、ビジネスパーソンはみんな「根拠が作れなくて悩んでいる」ように見えます。
私は国内唯一のビジネス数学教育家として活動をしています。数字に強いロジカルパーソンを育成することをテーマに企業の研修やセミナーなどでビジネスパーソンの皆さまにお会いします。
そのような場において、私は自分の専門である数学的思考が根拠をつくるための強力な武器になることをお伝えしています。具体的には、「比較」と「例」の2つがあれば根拠はつくれます。
まず、前提として、「比較」と「例」は極めて数学的な概念です。
比較とは比べることですが、「=」「>」「≦」という記号に象徴されるように、数学は比較することで物事を説明する学問です。比較することなしに数学はできません。
また、「例」は具体例のことであり、抽象的な数学を理解するため(説明するため)の重要なツールになっています。
実際、あなたが学生時代に学んだ数学の教科書にはたくさんの「例題」が掲載されていたはずです。
もし、それらの例題がなかったら、あなたはその教科書の内容を理解できなかったのではないでしょうか。例を示すことなしに数学はできません。
比較することなしに数学はできません。
例を示すことなしに数学はできません。
これが、「比較」と「例」は極めて数学的な概念だと主張する根拠です。
実はこの2つがビジネスコミュニケーションにおける根拠に必要な概念でもあります。
例えば業績が上がってきたと主張する根拠に営業利益率という数値を使うとして、その数値は単体では根拠となりません。何らか他の数値と比較し、数値の大小を把握しているからこそその主張ができるはずです。
また、あなたが自分の仕事を首尾よく進めるためにあるサービスを導入することを上司に説得するとします。主張に説得力が欲しいあなたは、そのサービスを導入した他社が成功している事例を根拠として示すかもしれません。
極めてシンプルな2つの例からわかることは、根拠というものは「比較」と「例」で成り立っているという事実です。裏を返せば、比較も例も存在しない根拠をつくることなど不可能であるということです。
例えば私はメディアのインタビューで「いい指導者とは?」という質問に次の3つを満たすことだと答えています。
(1)教えない
(2)押し付けない
(3)推しになれる
インタビューですから、もちろんこの主張には根拠が必要ですが、次のような話をしました。
まず、時代が大きく変わりました。変化のスピードが劇的に速くなり、もはや成功法則がない現代です。「こうしなさい」と何かを教えても意味がありません。
ハラスメントという言葉が一般的な現代です。正論を押し付けるような指導者には誰もついてきません。
推しという言葉が一般的な現代です。かつて指導者は学生や選手などを応援する立場だったかもしれませんが、今は逆です。成果を出している指導者は学生や選手などから応援される人、この人を勝たせたいと思ってもらえる人です。野球なら栗山英樹監督、サッカーなら森保一監督などはこの条件を満たしているのではないでしょうか。偉そうにせず、物腰は柔らかく、教え込むのではなく導くことが上手なリーダーが結果を出しています。
余談ではありますが、私はこれを「3つの"おし"」と表現しています。私自身も教育者ですので「3つの"おし"」をとても意識しています。
この話の中に、比較と例の存在があることに気づいていただけるでしょうか。「過去」と「今」を比較し、時代が変わったことを根拠としています。また、誰でも想起できる具体的な人物を例に挙げることで根拠としました。
あなたがビジネスコミュニケーションにおいて根拠を用意するときもこれと同じことをしてください。根拠は「比較」と「例」でつくります。それ以外は要りません。
ビジネスパーソンはみんな「根拠がつくれなくて悩んでいる」ように見えます。少しでもヒントになればうれしいです。
「比較」と「例」については、拙著『思いつきって、どうしたら「自分の考え」になるの?』(日本実業出版社)で詳述しています。あなたの課題解決にお役立ていただければ幸いです。
著者プロフィール:深沢真太郎(ふかさわ・しんたろう)
ビジネス数学教育家。BMコンサルティング株式会社代表取締役。一般社団法人日本ビジネス数学協会代表理事。明治大学客員研究員。数字に強いロジカルパーソンを育成する「ビジネス数学教育」を提唱する人材育成の専門家。初のビジネス数学検定1級AAA認定者。