豊臣秀吉(ムロツヨシ)亡き後、いよいよ徳川家康(松本潤)の時代がやってくる。大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第40回「天下人家康」は、序盤は「どうすればいいんじゃ~」と戦場から逃げて泣きわめいていた家康が250万石の大名となって、三つ葉葵の柄の美しい羽織(三つ葉葵柄の別バージョンもあった)を着て登場。そのときのほかの五奉行、四大名を圧する威光。年齢もいっているので顔には染みメイクがほどこされて、貫禄も出た。

  • 徳川家康役の松本潤

■三成、家康と決別「違う星を見ていたようでございます」

合議制で政治を行う十人衆――五奉行は石田三成(中村七之助)、徳善院玄以(村杉蝉之介)、浅野長政(濱津隆之)、増田長盛(隈部洋平)、長束正家(長友郁真)、五大老は前田利家(宅麻伸)、毛利輝元(吹越満)、上杉景勝(津田寛治)、宇喜多秀家(栁俊太郎)、徳川家康。家康、 三成を抜かして8人も新登場した。ほかにも、三成の忠実な部下・嶋左近(高橋努)や、加藤清正(淵上泰史)、黒田長政(阿部進之助)、福島正則(深水元基)、蜂須賀家政(武田幸三)、藤堂高虎(網川凛)なども入り乱れ、キャラが大渋滞であるが、この人たちによって行われる関ヶ原の戦いはそれはもう壮絶だろうと想像できる。

俳優が皆、演技巧者ばかりで、ものすごく出番が多いわけではないとは思うのだが、一瞬出ただけでも、曲者感がぷんぷん匂いたち、一筋縄では絶対にいかなそうで、家康が彼らを御すにも一苦労であろう。

関ヶ原への道筋としては、秀吉が朝鮮に手を出して勝敗をつけられないまま死んでしまったため混乱する世の中を収めるために、家康が立ち上がるわけだが、豊臣側がそれを良しとは思わない。秀吉に忠実な三成と家康の仲が険悪になってしまう。家康の三成への友情は変わらないが、三成のほうが頑なで……。

曲者武将たちを制御できず失脚し、佐和山城に隠居することになった三成に、佐和山を訪ねてもいいかと家康が声をかけるが、「私と家康殿は違う星を見ていたようでございます」と冷たくあしらわれてしまう。このときの家康の哀しい表情。家康と三成の最初の出会いが良すぎたからこそ、この別れの場面の衝撃が大きい。

第35回の回想で、星空を見上げて楽しく語り合う家康と三成が出てきたが、松本と七之助が高校の同級生ということも手伝って、ナチュラルに心を許し合って見えたと本放送時話題になった。今回、改めて見たら、一瞬、三成が星を指差すことによって少し肩が家康に近づくところを、後ろから撮っている画が実にすばらしい。ほんの少しの距離ながら、三成が家康に親近感をもったと感じられる動き。これは、七之助が女方を演じている経験も生きているのではないだろうか。歌舞伎だったら女方、宝塚だったら娘役は、主役の男性を信じて愛して寄り添う動きによって観客の心をときめかせる。三成と家康の間には恋愛感情はないと思うが、同じものを見ているという宿命が、七之助の動きによって際立った。だからこそ、今回の、処分を潔く受け、家康にまったく心を揺らさず、毅然とした態度で去っていく後ろ姿が悲しみに彩られる。

■感情が表に出る三成と腹の内が見えない家康

歌舞伎俳優に限らず舞台俳優は、ちょっとした表情がとても端的で、驚き、悲しみ、不信、責め等々、役の感情がはっきり伝わってくる。とりわけ、今回、朝鮮から命からがら帰ってきた武将たちに、三成が、茶会でもてなすという空気の読めなさで信用を失った場面の、悪気のなさや、怯え、輝元や景勝たちから家康は信用ならないと言われたときの、まったく意に介さない顔。にもかかわらず、茶々(北川景子)から、家康は「平気で嘘をつくぞ」と囁かれると、彼女のあやしい魔力にかかってしまったようになる顔。場面ごとに三成の表情が実に鮮やかで、物語を盛り上げていく。この感情が正直に顔に出るのは、三成は性格がまっすぐで、裏心のないタイプだからこそでもあるだろう。

一方、家康は、初期の泣き虫殿だった頃以外は、シンプルにわかりやすい表情はあまりしない。おそらく、“狸”と呼ばれるだけある、腹の内が見えないタイプを演じているのだろう。家康は、長いこと戦火をくぐり抜け、家臣たちも守ろうと気を使ってきたからこそ、慎重で、心情を他者に容易に見せない人物であることがわかる。それが時折、憂いを見せたりするところにグッとくる。今回も、三成にそっぽを向かれたあとの、瞳だけうるんで、眉間や瞳がかすかに動いた? というくらいに留めているのが逆に名演技である。舞台でよく、わざと聞こえないようなささやき声を出すことで観客を集中させるという技があるが、映像だと、松本のように、どこか1ミリ動いた? というくらいのほうが、家康は何を思っているのだろうと気になって仕方ない気持ちを呼び起こす。

多くの部下を引き連れたとき、信長や秀吉のような、怖い信長、庶民派の秀吉というようにわかりやすさもいいけれど、家康のわからなさは、逆にカリスマ性になるのではないだろうか。若い世代が家康の内実を知らず、怖がっているという話が面白かった。

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