内航海運の業界団体「中国地方海運組合連合会」と「海と日本プロジェクトin広島」は10月14日・15日の2日間、小中学生を対象にした「帆船みらいへ体験乗船イベント」を広島港にて共同開催した。子どもたちは、どんなことを体験したのだろう? また、イベントにかける関係者の思いとは? 現場で密着取材を行った様子をレポートしよう。
緊張しながら、いざ乗船
今回のイベントは、子どもたちを帆船に招待して”海の仕事”を体験してもらおう、という趣旨の特別企画だ。世界の海を旅してきた練習帆船「みらいへ」を舞台に、乗組員、および広島商船高等専門学校の学生たちが運営をサポートした。
応募総数が130件を超えるなか、広島県を中心とした瀬戸内地域に在住する小学校3年生から中学校3年生までの60名が当選。当日は船中泊ありのAコースに小学5年生以上の30名が、日帰りのBコースに小学3年生以上の30名が参加した。筆者はBコースに同行した。
広島港宇品旅客ターミナル2階イベントホールに集合した子どもたちは、海と日本プロジェクトin広島の吉富克利氏から船上における注意事項を聞いたのち、少し緊張した面持ちで乗船。「みらいへ」が離岸出港すると、桟橋で見送る家族に一生懸命に手を振った。
まずは船内見学から。子どもたちにとっては初めて目にするものばかりで、目を輝かせながら乗組員の説明に耳を傾けた。船内の広さに驚く子どももいた。
1年を通じて波が穏やかな瀬戸内海ということもあり、この日も沖合に出ると船の揺れが安定した。そこでセイル(帆)ハンドリングを実施。子どもたちは、乗組員の掛け声に合わせて「ツー、シックス、ヒーブ!」と叫びながら元気よくロープを引っ張り、大きさにして10畳もあるという巨大な帆をあげた。ちなみに掛け声に秘められた意味について乗組員に聞くと、18世紀のイギリス軍艦の掛け声に由来するとのこと。
「みらいへ」は、広島港を出ると呉港に向かったが、その途上で様々な船との出会いがあった。乗客・乗員を合わせて700名ほど乗せられる大型クルーズ船「Silver Whisper」の真横を通ると、船内を清掃中のスタッフが子どもたちに大きく手を振る。帽子を振って応える子どもたち。こうしたコミュニケーションが嬉しい。折しも呉で造船されたばかりの世界最大級のコンテナ船「ONE INNOVATION」も目の当たりにした。広島のマツダスタジアムが4個も運べてしまう、という説明に目を丸くする子も。そして海上自衛隊 呉基地に停泊中の大型輸送艦のうえには、いわゆる”帽ふれ”を全力でしてくれる自衛隊員たち。こうした海上で働く大人たちのカッコイイ姿は、幼心にも強く印象付けられたことだろう。
そして中国運輸局からは「内航海運について」「どんな業務内容か」「何を運んでいるのか」「船員になるにはどうしたら良いか」のレクチャーが行われた。国内の港から港へ物を運ぶ内航船は全国に約5,200隻あり、その事業者数は3,000にも上ること、国内の物流の約40%を担っていること、石灰石、石油製品、鉄鋼、セメントのほかにも食品・洋服・テレビ・スマホなど、私たちに身近な製造工業品も運んでいることなどを紹介。船員は船の操縦、港に入る準備などをするほか、「休憩中には魚釣りをしたり、YouTubeを見たりすることもありますよ」と説明した。
海と船に親しんで!
このあと、中国地方海運組合連合会の永見慎吾氏に詳しい話を聞いた。子どもたちが訓練船「みらいへ」に乗って海の仕事を体験するイベントは、今回が2度目の実施だという。「前回は、昨年(2022年)11月に山口県の徳山下松港で日帰りイベントを行いました。そのときの子どもたちの活き活きした表情がとても印象的だったので、是非、広島でもやりたいということで企画しました」と永見専務理事。まだイベントは手探りの部分があるものの、乗組員やキャプテンの練度の高さに助かっている、と説明する。
「今朝は、子どもたちが自分たちの力で船に帆をあげました。午後に用意されているイベントでは、操船にも挑戦します。こんな大きな船だって動かすことができるんだ、という感動はおそらく一生、子どもたちの心に残ると思うんです。初日のAコース(宿泊あり)を体験した子どものなかには、下船時に『まだ降りたくない』と言って涙を浮かべた子もいて、私ももらい泣きするところでした(笑)」。
ちなみにAコースでは、江田島湾沖に停泊。夜になり曇ってしまったため、予定にあった天体観測はできなかったものの、夜釣りは決行できたという。「普段はアジやメバルなどが釣れる豊かな漁場なんですが、昨夜は小さなイワシとフグが釣れたのみでした」と苦笑いする。
イベントの狙いについては「もちろん、ゆくゆくは皆さんに船乗りになって欲しい、という気持ちはあります。ただ船乗りにこだわらず”海事産業全般”を職業選択のなかに入れてもらえたら。商船高専、水産高校、海技短大のような学校に進学して、日本の将来の物流などを担う人材に成長してもらえたらと思います。今回のイベントを経験した子どもたちが、10年後、20年後に『実はあのとき、みらいへに乗って感動しました。いま海事産業に従事しています』なんて挨拶に来てくれたら、こんなに嬉しいことはありませんね」と永見専務理事。また「船は1人では動かすことができません。特に帆船は”シーマンシップ”と言うような、仲間と協調して取り組む精神が求められます」と話し、このイベントは子どもの人間としての成長にも貢献できる、と強調する。
ところでこのご時勢、船=怖くて危険な乗り物、というイメージを抱く大人も少なくないという。
「実際には、決してそんなことはないんです。でも子ども(特に未成年)の職業選択に大きな影響を与えるのは、親御さんと学校の先生。だから若者たちがこの先、どんな進路を選ぼうかと悩む時期に良いアドバイスをしてもらえるよう、周りの大人に向けても海事産業について理解を深めてもらう機会をもうける必要性を感じています」。今回は子どものイベント参加をきっかけに、親世代にも業界について知ってもらえたのでは、と期待を寄せる。
以前の取材では、海事産業に携わる人間の就職率を高めていくとともに離職率も減らしていきたい、と話していた永見専務理事。そこで話題をふると「これは海事産業に限らない話ですが、就職してみたものの『想像していた仕事内容と違う』ということで、短期間で辞めてしまう若者もいま少なくありません。でも子どもの頃から海の仕事を身近に感じてもらうことで、そうしたミスマッチが減り、ひいては離職率も減らしていけるのではないかとの思いがあります」と説明した。
このほか、イベントを実施するうえで気をつけたことについては「子どもを1人で船に乗せる、ということは親御さんにとっても少しだけ勇気のいること。こちらでも”安全第一”の思いで、お預かりするお子さんらの健康管理に気を配り、お持ちのアレルギーなどにも留意しています。保護者を対象にした専用のLINEグループもつくり、GPSのスクショを載せて『船はいま何処にいる』を逐次伝える、『子どもたちは何を食べているか』『いま船上では何の遊びをしているか』など、写真と動画を使ってリアルタイムで情報を伝える、ということをしています。投稿するとわずかな時間で20~30もの既読がつくので、『皆さん心配しておられるな』ということが、こちらにも伝わってきます」。
最後に、今後の展開について聞いた。「ひと昔前なら、子どもたちの身近なところに海がありました。親と一緒に遊びに行って、思う存分に泳いで、磯釣りをして。でも現代の子どもたちは、海に行きません。日本財団による「海と日本人に関する1万人への意識調査」の最新結果でも「海に親しみを感じる」と答えた人の割合が減少しています。いま子どもたちに海の印象を聞くと「怖い」という回答も返ってくる。これには愕然とする思いです。子どもたちに、もっと海と船に親しんで欲しい―――。今回のイベントを実施した背景には、そんな切実な思いがありました。今後、広島港でも定期的にイベントを実施していきたいですし、ほかの地域でも展開していけたら、と考えています」。
ドキドキの船長体験も
昼食のあと、午後からは4グループに分かれて船内体験プログラムを実施。ミニレクチャーでは、紐を使って「叶結び」の結び方を教わった。乗船中には天候の悪い日が続くこともある。息抜きのためには、船内でできる遊びを増やしていくことも求められるそうだ。
船の舳先のバウを渡る「バウスプリット渡り」にも挑戦した。小さな身体に頑丈なハーネスを装着すると、勇気を出してロープで編まれたネットを歩き、舳先まで向かう子どもたち。乗組員のサポートにより全員が成功、無事に記念撮影を済ませた。
そして操縦室において操舵も体験した。船長のレクチャーのもと、計器をにらみながらハンドルを旋回して進行方向を15度まで傾ける。小さな子どもでも回せるほどハンドルは軽く、また意外なほど容易に船の進む方角が変わる。束の間の”船長体験”に、子どもたちも興奮の様子だった。
甲板では、椰子の実をストーンに見立てたカーリングも行われた。やはり子どもたちは身体を動かすレクリエーションが大好き。何度も繰り返して遊んでいた。
そして西日が傾き始めた16時頃、「みらいへ」は広島港に帰港した。港には笑顔で出迎える家族。子どもたちは少し遊び疲れた様子を見せながらも、充実した表情で両親や兄弟の手を振る姿を見つめていた。
これにて全行程が終了し、永見専務理事は来年も同様のイベントを開催予定であることをアナウンス。最後に、全スタッフと家族そろっての記念撮影が行われた。