前人未到の八冠制覇という偉業を達成し、無人の荒野を進むかのように歴史を塗り替え続けている藤井聡太竜王・名人。日本将棋連盟が刊行した『藤井聡太 完全データブック 令和5年版』の巻頭特集インタビューの取材に際して、藤井竜王・名人の回答からにじみ出た言外のニュアンスからインタビュアーが感じた藤井像に迫ります。インタビュアーの主観が大いに混じっていますが、どうかお許しください。

僕が記録を意識しない理由

最初のテーマは「僕が記録を意識しない理由」です。『藤井聡太 完全データブック』のインタビューではあるのですが、皆さんご存じの通り藤井先生自身は記録に対して執着することがありません。
では、これまでも全く記録を意識したことがなかったかというと、実はそうでもなかった、というお話です。

以下のやり取りをご覧ください。

  • 藤井竜王・名人の回答からにじみ出た言外のニュアンスからインタビュアーが感じた藤井像に迫ります

――歴代最高記録の更新が懸かってくると、いつも以上に大きな注目を集めます。報道などから事前に記録が懸かることを知った場合には、対局のモチベーションになることもありますか。

藤井「2018年度の成績が結構これに近くて、3月までは記録更新の可能性がありました」

2018年度といえば藤井先生が0.849という素晴らしい勝率を残した年です。この年はギリギリまで中原誠十六世名人の持つ歴代最高勝率0.855を破る可能性がありました。
藤井先生の話の続きを見てみましょう。

藤井「残り3局を全部勝てば記録を更新するということがわかっていたのですが、すると途端に負けてしまいました。それで『意識してもいいことはないな』と(笑)」

このときは周りもかなり騒いでましたので、さすがの藤井先生も意識されたようです。しかし結果は負け。それで悟りを開いたようです(笑)

もちろん、これは藤井先生の冗談。

藤井先生が「記録を意識したから負けた」というような言い訳をするはずがありませんし、記録を意識しないのは内容を重視しているからだということを我々は知っています。

対局がほぼタイトル戦になってしまった今、中原先生の記録を破ることはかなり難しくなってしまいました。でも、藤井先生ならやってくれるんじゃないかと思わせるものがあります。

最高勝率記録を更新する可能性について聞かれると藤井先生は「なんというか……。そこを目指すとなれば、実力をもっと高めていかなくてはならないのかな」と、いつものように応えておられました。

大事なことは

続いてのテーマは「大事なことは」。これは対戦相手ごとの勝敗についての質問で現れたお話です。
以下のやり取りをご覧ください。

――負け越している棋士はほとんどいないのですが、深浦康市九段と大橋貴洸七段には2つ負け越しています。そういう相手と対戦するときには、意識されるものでしょうか。

藤井「うーん…、確かに通算成績ではそのような結果になっていますが、かなり前の対局も含まれています。他の方も同様ですけど、それほどこれまでの対戦成績を意識して、という感じではないかと思います」

――直近1局の勝敗が大きいとか、そういうことはないでしょうか。

藤井「それも時期にもよってくるのですけど…。そうですね、相手にうまく指されたなというようなところがあったら、また次の対局ではそれを踏まえてどう戦うのかを考えることになると思います」

これを読むと、藤井先生が対戦相手や対戦成績を気にしていないことがわかります。

では何を意識しているかと言えば、内容なんですね。
誰に負けたか、何回負けたかは問題ではないのです。
どういう内容で負けたかが問題なのです。

負けたとしても自分がミスをした場合はそこを直せばいい。相手にいい内容で負かされた時に初めてそれに対してどうするかを考える。
つまり、徹頭徹尾、見ているのは盤上。
相手ではなく、将棋を見ているということなのでしょう。