“超逸材”がまさか…巨人、期待外れに終わったドラフト1位選手5人。今世紀ド…

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 プロ野球の世界では、ドラフト1位入団の選手には特に大きな期待が寄せられる。期待通りにチームの主力へと成長する選手が多くいる一方で、実力を発揮できないまま退団となる選手も多く存在する。ここでは、今世紀で期待外れに終わった読売ジャイアンツのドラフト1位戦士を紹介する。
 

 


野間口貴彦

・投打:右投右打
・身長/体重:183cm/90kg
・生年月日:1983年5月31日
・経歴:関西創価高 - 創価大中退 - シダックス
・ドラフト:2004年ドラフト自由枠
 
 サイドスローに転向するなど、試行錯誤を続けた野間口貴彦だったが、思うような結果を残せなかった。
 
 シダックス時代には野村克也監督の指導のもと、社会人を代表する投手に成長。2004年ドラフト自由枠で読売ジャイアンツに入団。多額の契約金が発生していたことは、当時大きな問題となった。
 

 
 即戦力ルーキーと期待されたが、ルーキーイヤーは9試合に先発登板するも、4勝3敗、防御率6.61と低調な数字に。プロ2年目以降は中継ぎでの起用が中心となるも、一軍定着できないシーズンが続いた。
 
 サイドスローに転向した2011年には、12試合の登板ながら1勝3ホールド、防御率1.98の好成績をマーク。覚醒の兆しを見せた。
 
 しかし、翌2012年はわずか3試合の登板に終わり、2013年オフに育成契約へ移行。2015年に支配下復帰を果たしたが、一軍昇格は叶わず同年オフに戦力外通告を受けた。
 
 巨人では通算111試合に登板して13勝を挙げたが、ドラフト1位入団の期待値からすると、やや物足りない結果となった。





真田裕貴

・投打:右投右打
・身長/体重:181cm/83kg
・生年月日:1984年2月7日
・経歴:姫路工
・ドラフト:2001年ドラフト1巡目
 
 横浜ベイスターズ時代には、中継ぎでフル回転の活躍を見せた真田裕貴。読売ジャイアンツでは、プロ2年目以降は思うような結果を残せなかった。
 
 姫路工時代に高校日本代表に選出されるなど、世代屈指の評価を得た真田。読売ジャイアンツから外れ1位指名を受け、プロ入りを果たした。
 

 
 ルーキーイヤーはシーズン後半から先発ローテーションに定着し、高卒1年目ながら6勝をマーク。さらなる飛躍が期待されたが、翌2003年以降は低迷したシーズンが続いた。
 
 2008年のシーズン途中に横浜へトレード移籍。翌2009年には68試合登板、24ホールドポイント(5勝19ホールド)、防御率2.98の好成績を残した。
 
 2011年オフにポスティングシステムによるメジャー移籍を試みたが、獲得球団が現れず巨人へ復帰。しかし、2012年は1試合の登板に終わり、同年オフに戦力外通告を受けた。
 
 その後は、台湾リーグや東京ヤクルトスワローズでプレーを続け、2016年に現役引退を決断した。






辻内崇伸

・投打:左投左打
・身長/体重:185cm/88kg
・生年月日:1987年12月5日
・経歴:大阪桐蔭
・ドラフト:2005年高校生ドラフト1巡目
 
 アマチュア時代から大きな注目を集めた辻内崇伸だったが、一軍登板の機会はなく、プロの世界を去ることになった。
 
 プロスカウトからも世代ナンバーワンの評価を受け、2005年高校生ドラフトでは、2球団が競合。抽選の結果、読売ジャイアンツ入りが決まった。
 

 
 鳴り物入りで入団した辻内だったが、大きな期待とは裏腹に、度重なる故障や制球難で苦しいシーズンが続いた。
 
 プロ7年目の2012年にようやく初の一軍昇格を果たしたが、登板機会がないまま登録抹消。翌2013年は手術の影響で一、二軍ともに登板なしに終わると、同年オフに戦力外通告を受け、そのまま現役引退を決断した。
 
 栄光のドラフト1位入団を果たしたものの、プロでは厳しい結果となった。







松本竜也

・投打:左投左打
・身長/体重:193cm/90kg
・生年月日:1993年4月29日
・経歴:英明高
・ドラフト:2011年ドラフト1位
 
 大型サウスポーとして期待が寄せられていた松本竜也。在籍わずか4年で一軍登板がないまま、球界を去ることになった。
 
 英明高時代には、3年夏の甲子園に出場。2回戦で敗れたが、18回を投げて20奪三振を記録して“英明のランディ・ジョンソン”の異名を取った。
 

 
 大会後には、高校日本代表に選出されるなど世代を代表する左腕と評価され、2011年ドラフト会議で2球団から1位指名を受けた。
 
 抽選の末、読売ジャイアンツへの入団が決まり、当時の球界最高身長のサウスポーとなったことで大きな注目を集めた。
 
 高卒1年目は二軍で7試合に登板し、2勝2敗、防御率4.50を記録。2014年にはファームで先発の一角を担ったが、16試合登板で3勝10敗と大きく負け越し、防御率5.13と目立つような数字を残せなかった。
 
 翌2015年も一軍に昇格できないままシーズンを終えると、野球賭博に関与していたことが発覚。NPBより無期失格処分を受け、一軍登板がないまま球界を去ることになった。








村田透

・投打:右投左打
・身長/体重:183cm/83kg
・生年月日:1985年5月20日
・経歴:大体大浪商高 - 大阪体育大
・ドラフト:2007年大学生・社会人ドラフト1巡目
 
 紆余曲折の末にメジャーデビューを飾った村田透。プロキャリアのスタートを切った読売ジャイアンツでは、一軍登板なくわずか3年で戦力外となった。
 
 村田は大体大浪商高、大阪体育大を経て、2007年大学生・社会人ドラフト会議で外れ外れながら1巡目指名を受け、巨人入りした。
 

 
 しかし、入団後は二軍でも目立つ数字を残せず、一軍デビューが叶わないままプロ3年目の2010年オフに戦力外通告を受けた。
 
 その後、クリーブランド・インディアンズ(現ガーディアンズ)とマイナー契約を締結すると、2015年に待望のメジャーデビュー。
 
 メジャーでの登板は1試合にとどまったが、同年はマイナー傘下3Aで最多勝に輝くなど、実績を残した。
 
 2017年から日本ハムに加入すると、同年にプロ初勝利を記録。翌2018年には18試合に登板し、6勝3敗、防御率3.27の好成績を残した。
 
 2021年限りで日本ハムを退団となり、その後はオーストラリアリーグ、ドイツリーグなどでプレーしている。


 



 

 
【了】