大宮アルディージャは9月、小学生の子どもたちを対象としたサッカー教室において、スポーツテックを活用したキック分析を実施した。大宮アルディージャとNTT東日本、分析システムを開発したネクストベースに、その仕組みと効果について伺ってみたい。
子どもたちのキック力をその場で分析
地域スポーツ振興や子どもたちの育成を目指し、定期的にサッカー教室を開催している大宮アルディージャとNTT東日本。9月2日、同サッカー教室において、最先端の映像解析AIを用いたキック分析が行われた。これはスマートフォンのカメラやセンサーを使って、人やボールの動きを計算し、その速度からキック力を測定するというものだ。
システムを開発したのは、スポーツ科学に基づいたスポーツテックを展開している「ネクストベース」。野球競技の分析を得意としており、投手の投球解析、バッターの動作解析など、運動力学を通じたアプローチを行っている。可視化されたデータは、選手へのコーチング、チームの戦術支援に役立てている。
会場となった大宮アルディージャのフットサルコート「オレンジコート ステラタウン」には小学校4~6年生の子どもたち22名が集合。事前に一度キック分析を受けており、トレーニングを通じてどれだけキック力が変化したかを図る。
ネクストベース 執行役員 イノベーション事業推進部長の山縣怜之氏は、集まった子どもたちに向け、次のようにデータの仕組みと見方を解説する。
「みんなはボールの速度に注目していたと思いますが、一番見てほしいのはスイング速度です。ボールの速度は、足の重さや形状、大きさ、弾み具合にスイング速度を掛けたもの。身体は急に大きくなりませんしボールの大きさも変わりませんが、スイング速度だけは努力で変えることができるからです」(ネクストベース 山縣氏)
子どもたちは大宮アルディージャのコーチ陣とともにトレーニングを開始。さまざまな練習を通してキックフォームなどのアドバイスを受けた後、キック力分析に挑む。
ネクストベースのスタッフは三脚にスマホを取り付け、子どもたちのフォームを撮影。そのデータを別のスタッフが解析し、サッカー教室終了までに視覚化された。
こうして無事にすべてのスケジュールが終了。子どもたちは配布されたキック分析のデータをもとに、自分のウィークポイントを考えたり、友だちと比較したりしていた。また、オレンジの残渣を使って染めたサステナブルなオリジナルペンケースもプレゼントされた。
データを受け取った子どもたちは、「もっと遠くに蹴りたいと思って参加した。事前の分析データより2キロくらい良くなっていてうれしかった」、「事前に分析データを見て、もっと前に足を振り出したいと思っていた。実際に蹴ってみて『変わっていないかな』と思っていたが、今日のデータを見たら予想以上に向上していて嬉しかった」と感想を話してくれた。
また子どもたちの親は、「効果が定量的に目に見える形で出てくることが良い方向に迎えば、本人のモチベーションに繋がっていくと思う。良い取り組みだし、もっと気軽にできるよう普及が進むことに期待したい」「指導者の感覚や経験値によるものではなく、こういった数値にすると誰にでも分かりやすい。指導者の数を増やすことにも繋がるのではないか」と高く評価していた。
ICTが日本のスポーツ界を変える
プロのコーチによる指導を受けられる貴重な場である、大宮アルディージャのサッカー教室。この指導をより詳しく丁寧に届けたいという思いから、今回のキック分析はスタートした。小学生を対象としたサッカー教室では、県内初の取り組みとなる。
ネクストベースがシステムの開発を始めたのは2021年のこと。NTTドコモがJ3リーグのFC今治を支援していることがきっかけとして、ジュニア(12歳以下)期における選手の育成をサポートする目的で開発が進められた。現在、J1~J3やJFL、WEリーグなど複数のチームが活用。 約500名が利用しており、その半数以上がジュニアアスリートだという。
キック分析には、選手の動作を自動で追いかける姿勢推定、ボールを追いかける物体検出というふたつのAIが用いられている。これらはネクストベースが野球向けに開発した技術を水平展開したものだ。
「人間の動作は運動力学という形で、ほぼすべて数式として導き出すことができます。自分のスイング速度を知ることが気付きに繋がったり、気付きがトレーニングに繋がる可能性が十分にあると思います」と、ネクストベースの山縣氏。
また、サッカー選手として鹿島アントラーズやベガルタ仙台で活躍し、4月からネクストベースで営業部のマネージャーとして働いている赤﨑秀平氏は、サッカーという分野でのスポーツ科学の可能性について次のように語る。
「スポーツ科学という側面からのサッカーへの取り組みは、ネクストベースが最先端だと思います。今日の子供たちの姿を見てもらえればわかると思いますが、キックを楽しみながら分析をしていました。キック力を高めて能力を上げてもらうという側面から、サッカーの新たな面白さを開発しているのではないかと思っています。私も4歳でサッカーを始め、32歳までプレーしてきましたが、こういった指導を受けたことはありませんでした。データ分析はサッカー界を変えるのでないかと感じています」(ネクストベース 赤﨑氏)
これを受け、大宮アルディージャ 事業本部 営業担当 担当課長の金田紳也氏はクラブ側のメリットについて述べた。
「キック力を数値化することで、子どもたちが他の子と比較してどれくらいの位置にいるか、どう改善したらひとつ上に上がれるか、情報を分かりやすくお届けできます。サッカーをもっと楽しく体験できる取り組みだと感じました。ひとつの新しいフォーマットができたので、ご要望に合わせてサービスを展開することもできるのかなと。もちろん、クラブとしてアカデミーやトップチームに展開する可能性もあると思います」(大宮アルディージャ 金田氏)
今回のサッカー教室では、事前に子どもの家庭から一度撮影したデータを送ってもらい、それをデータ分析に掛けた上で、当日に撮影したデータの分析結果と比較してその差を発表している。
サッカー教室開催中に撮影から解析、出力まで終わらせるのはネクストベースにとって初の試み。またボールを蹴ることに特化したサッカー教室も、大宮アルディージャにとって初の試みだ。それだけに現場の苦労は多く、データ解析のみならず、撮影される子どもたちからの緊張も感じられた。それでも、子どもたちがボールを蹴る中で徐々に笑顔が増えてきたことは、現場の励みになったようだ。
「サッカー教室を横から見ていて、改めてICTとスポーツは相性がとても良いと思いました。6月のサッカー教室では、AIカメラを用いた自動撮影・自動編集の実証実験を行いました。これはチームという全体の戦略に役立てられるものでしたが、今回は選手個人の能力に焦点が当てられて、スポーツ分野におけるICTの可能性を感じました」と、NTT東日本 埼玉事業部 企画部 広報担当 課長の松本永介氏。
プロチームを中心に、近年急速に導入が進んでいるスポーツテック。これまで指導者の勘や経験をもとに指導されていたものが、スポーツを科学することでさらに高い指導を実践できるようになるだろう。これをジュニアやユース時代から活用することができれば、育成はもちろんのこと、スポーツの楽しさをより身近に感じられそうだ。ネクストベースの山縣氏は最後に、取り組みについて次のように話した。
「地域に根差し、総合的なソリューションを展開されているNTT東日本さんと、私どものように小さくともスポーツに特化した技術企業が力を合わせることによって、日本のスポーツ界を変えたり、子供たちの明るい未来を作れたりするんじゃないかなと思っています」(ネクストベース 山縣氏)