北海道新幹線札幌延伸工事は2031年春に完成する目標だった。しかし10月7日、共同通信が政府関係者筋の取材をもとに「札幌延伸を延期する方向」と報じた。一部区間の工事行程が4年遅れになっていたが、政府は開業時期を変更していなかった。共同通信の報道によると、札幌市が10月6日までに2030年冬季五輪の招致を断念する方針を固めたことが明らかになり、北海道新幹線の札幌延伸を間に合わせる必要がなくなったという。
札幌市が2030年の五輪招致を見送った背景として、2020年東京五輪(2021年開催)に関連する不祥事が発覚したことにより、札幌市民、ひいては日本国民の招致機運が盛り上がらなかった。札幌市とJOCは東京五輪に関連する不祥事を受けて、昨年末から機運醸成活動を実施していない。市民に支持されないイベントは、企業スポンサーも付きにくい。
とはいえ、オリンピック・パラリンピックの会期はそれぞれ半月程度。新幹線は開業させればずっと走り続け、沿線地域の経済社会に貢献する。だからオリンピック・パラリンピックの有無とは関係なく、目標通りに開業すべきではないか。
筆者は家電や車を買い替えたい場合、できるだけ早めに買う。買うか買わないか逡巡している間に値段は下がるかもしれないが、すぐに買えば悩んでいたはずの時期も使えるわけで、長い目で見ればお得だと思う。新幹線にしても国の耐久消費財のようなもの。つくると決めたら、だらだらしないでさっさとつくったほうがいい。早く使えたほうが国民のためではないか。
ところが、情報を追っていくと話が違った。冒頭で書いた通り、工事が4年分も遅れている。最も大きな原因は、長さ約9.7kmの「羊蹄トンネル」にある。2019年に掘削開始したが、高さ17m・幅15mの岩に当たった。2023年3月に爆破して突破したものの、完成予定の2024年8月から4年も遅れた。
工程を工夫して工期短縮を図りたいが、次の壁として「2024年問題」が立ちふさがる。労働者の残業規制が始まると、現状の作業員数だけでは作業時間が足りない。交代要員を増やす必要がある。そんな中、2025年の開催を予定している大阪・関西万博のパビリオン建設も「2024年問題」で労働力不足が深刻になっている。距離は離れていても、作業員の取り合いになるかもしれない。
「物理的に時間が足りない」という声もある中で、政府はまだ札幌延伸の公式な開業目標を2031年春のままにしている。
一方、2030年冬季オリンピックの開会式は2030年2月8日、閉会式は2030年2月24日とされている。北海道新幹線の札幌延伸開業は、もともと五輪開催に間に合わないスケジュールだった。それでもオリンピック・パラリンピックに絡めていた理由は、札幌市の知名度を上げて、その勢いが残っている間に北海道新幹線を延伸することで、観光客からの経済効果を期待できるという判断だろうか。
■オリンピック・パラリンピックと新幹線の関係
新幹線の建設とオリンピック・パラリンピックの縁は深い。東海道新幹線は1964(昭和39)年の東京オリンピックに間に合わせるため、突貫工事で完成させた。開業日は1964年10月1日。オリンピックの開会式が行われた10月10日の9日前だった。
北陸新幹線は1997(平成9)年10月1日に高崎~長野間で先行開業した。1998(平成10)年に行われた長野冬季オリンピックの4カ月前である。北陸新幹線は当初、高崎~軽井沢間をフル規格、軽井沢~長野間を在来線に乗り入れるミニ新幹線方式としていた。しかし冬季五輪の長野招致が決まったため、全線フル規格に変更された。この変更は他の新幹線計画に影響を与え、スーパー特急方式、ミニ新幹線方式からフル規格に変更されていく。
2020年東京オリンピック・パラリンピックはコロナ禍で1年延期され、2021年に開催された。これに合わせた新幹線の整備はなかったが、JR東日本の羽田空港アクセス線、東京モノレールの東京駅延伸など、いくつかの鉄道整備計画があった。しかし、いずれも五輪開催までに完成できないことがわかった。間に合った案件として、高輪ゲートウェイ駅の暫定開業がある。羽田空港にある京急電鉄の駅が「羽田空港第1・第2ターミナル駅」、東京モノレールも含めた「羽田空港第3ターミナル駅」に改称されたことも記憶に新しい。
北海道新幹線の札幌延伸も、オリンピック・パラリンピックがひとつの目標になっていた。2011(平成23)年に札幌延伸の着工が決まったとき、開業目標は2035年度末だった。その後、2015年1月の「政府・与党申合せ」によって5年前倒しされ、2030年度末目標になった。札幌市の五輪招致は、この前倒しを受けた経済界の要望によるものだった。
2015年1月の「政府・与党申合せ」によって、北陸新幹線の金沢~敦賀間も2025年度末目標から3年前倒しされ、2022年度末目標となった。こちらも設計変更や工事の遅れにより、開業は2023年度末(2024年3月16日)に延期されている。当時の「政府・与党申合せ」は、北陸新幹線も西九州新幹線もフリーゲージトレインを前提としており、結局のところ机上の空論に終わってしまった。工程繰上げは現場を急かし、負担を大きくする。それは安全性を脅かしかねない。
■並行在来線問題、函館駅乗入れ問題などへの影響は
共同通信が報じた記事の通り、北海道新幹線開業延期が政府関係者からの情報とすれば、近日中に新たな開業目標時期が発表されるだろう。工期の4年遅れを考慮すれば2034年度末。これは次の冬季五輪の開催年にあたる。
とはいえ、札幌市が2034年の冬季五輪に立候補する可能性も低いようだ。市民の理解が得られるか不透明な上に、2034年は米国・ソルトレイクシティでの開催が有力視されている。ならば仕切り直して2038年招致でもいい。
では、2030年度末に前倒しする前の札幌延伸開業目標だった2035年度ではどうか。これなら2038年の冬季五輪招致も間に合う。今後、予期せぬ工期遅れが発生しても対応できそうだ。
ただし、経済的な影響は大きい。北陸新幹線の開業延期に際し、沿線自治体から困惑の声が上がった。建設期間が長ければ、その分だけ工事費の負担も増える。開業目標年度に合わせて駅前広場や道路の拡幅などにも取り組んできた。観光施設などもつくっている。こうした施設が完成しても、新幹線が開業しなければ客は来ない。完成した建物の維持管理費だけが積み上げられていく。並行在来線を引き受ける第三セクター鉄道も先行投資している。しかし開業日は新幹線と同じ日で、先行開業するような特例もない。
北海道新幹線札幌延伸の場合、まだ並行在来線の第三セクターは立ち上がっていない。函館本線の長万部駅以北は鉄道廃止が決まったし、新函館北斗~長万部間は貨物列車のみ残す方針で、まだ線路保有会社が決まっていない。予定通り2031年春の開業となれば、あと6年で新会社を立ち上げる必要があった。その期限が5年延びる。代行バスなどじっくり検討する時間ができた。
せっかく新幹線関連のためにつくった施設は塩漬けになってしまうが、その反面、並行在来線は結論を急がず、じっくり検討する時間ができたとも考えられる。
北海道新幹線の函館駅乗入れ問題も少し猶予ができた。北海道新幹線の新函館北斗駅から新幹線車両が在来線に乗り入れ、函館駅発着とする構想で、函館市の大泉市長が掲げた公約のひとつでもあった。ただし、これから事業費の枠組みを作り、運営事業者を設立し、函館~新函館北斗間の軌道改良工事を行うとすれば数年かかる。2030年度末の開業だとギリギリの日程だった。それが5年先なら、余裕を持って着実に対応できる。
お金の部分では不利だが、時間稼ぎとしては有利ということになる。新たなスケジュールで動くためにも、政府・与党はできるだけ早く開業目標年度を再設定してほしい。