聴き手の心を強く揺さぶる歌声、日本語の奥行きを生かした詞世界、さまざまな音楽から良質なDNAを受け継いだ音楽性――唯一無二の音世界を紡いできた森山直太朗が2022年にメジャーデビュー20周年を迎えた。「この20年の集大成」と自負する最新オリジナルアルバム『素晴らしい世界』を引っ提げて1年半に渡る100本に及ぶアニバーサリーツアーを敢行。10月23日にはNHKホールで一夜限りの追加公演を行う。WOWOWで生中継されることも決定したこのプレミアムライブを控えた心境を聞いた。

コロナに罹ったことから「素晴らしい世界」という曲が生まれた

  • 森山直太朗

    森山直太朗

――メジャーデビュー20周年を経た心境は?

申し訳ないくらい自分としてはピンと来ないんです。周年って通過点なんですよね。ただ、こういう区切りはスタッフや何よりも根気よく"森山直太朗にはまだ何かあるんじゃないか"と期待し続けてくださっているファンの方々にお礼を言えるいい機会。最新オリジナルアルバム『素晴らしい世界』の制作にはむしろほかのファクターが大きくて。

――というのは?

「コンサートツアー2018~19『人間の森』」を終えたときに、燃焼しきった実感があったんです。もう一度自分と向き合うため、ずっと制作をともにしてきた御徒町凧と少し距離を置くようになって。21年の夏には新型コロナウィルスに罹って、冗談抜きで死を意識したくらい。「素晴らしい世界」という曲にはその体験が色濃く反映しています。病気とか災難ってネガティブなものですけど、こういうことが無いと何かを見つめ直すこともなかったりする。そういう意味で、コロナに罹ったことから「素晴らしい世界」という曲が生まれ、この曲に導かれるようにしてツアーが始まったことは必然だったと思います。

――100本というロングツアーは3つのステージプランで構成されています。前篇が弾き語り、中篇がブルーグラスバンド、そして後篇がフルバンドで演奏する、というスタイル。

最初は漠然と100本やりたい、と。まぁ、母(=森山良子)やさだまさしさんはじめフォークシンガーの先輩方は年間120本とか平気でやっていますけどね(笑)。で、弾き語りという機動力を活かしてふだんはなかなか行けない離島とかも回ろう、と。"ツアーとはこうあるべき"という感覚でこのツアーをスタートしたのはいま振り返るととても良かったです。

――弾き語り篇では床に置いたギターケースからギターを取り出して弾き語りを始めるシーンがとても印象的でした。路上で歌う人たちってまず地面に置いたギターケースからギターを取り出して始めるじゃないですか。

まさに! そこを通らずして僕のライブは語れない。初めは何も無かったんですよね。音響も照明も美術も。前篇の弾き語りは真っ暗闇のステージでマイク無しのアカペラで始まる。これは何も無いところから始めたい、という僕の思いの表れ。弾き語りって僕の元々のスタイルなんです。家では弾き語りで歌ったり曲を作ったりしているから。そういう姿を見せるのはどこか恥ずかしくてイヤだった。でも、御徒町と一歩距離をとったり、コロナ禍で死ぬ思いをしたり、もう失うものは何も無いな、と。で、弾き語り篇をやっていくうちに舞台上がどんどん居心地のいい空間になっていったんです。いままではどこかで楽曲やお客さんとの勝負、みたいな感覚があったんですけど。"いままで自分は何と闘っていたんだろう?"と。きっと自分のなかにある臆病な自分だったと思うんですけど。自分の原点に返るべく、弾き語りで始められたことは、このツアーのいろんな側面を打ち出すうえでもいい立ち上がりだったと思います。

  • 撮影:ただ(ゆかい)

1本の作品と呼ぶ価値のある生中継になると思う

――中篇はブルーノート東京を皮切りにブルーグラススタイルで。"ブルーノート"というジャズの聖地でなぜブルーグラスを?

先人たちからの影響というところで僕のなかでカントリーやブルースなどとともにブルーグラスも大きい。日本のフォークのルーツのひとつに学生フォークとかカレッジフォークとかがあって。トラディショナルソングやカントリー、ブルーグラスに根ざしたPPM(ピーター・ポール&マリー)やキングストン・トリオなどをコピーしていた人たちですね。

――お母様の森山良子さんもカレッジフォークの流れのなかでデビューされています。

その母の影響で小さいころから聴いていたんです。いまはパンチブラザーズだとか現代版ブルーグラスをやっている興味深い人たちもいますしね。僕自身、作曲していくなかで何十曲かに1曲ぐらいの割合でブルーグラス風の曲が生まれてくる。これはいつかまとめて形にしてみたい、と思ったのがきっかけ。19年に初めて大阪サンケイホールブリーゼでブルーグラススタイルでライブを行ったんです。これがメチャメチャ楽しかった(笑)。いつものスタイルのライブでアッパーな曲をやるときはどこか照れくさい。でも、ブルーグラススタイルだと抵抗が無いんです。ひとつのマイクをみんなで囲んで歌って、とか。

――ああ。まさにPPMやキングストン・トリオのスタイルですね。

「そう! じつは今回のツアーの前にブルーノート東京でブルーグラススタイル・ライブを計画していたんですけど、コロナ禍で流れてしまって。で、その計画をさらに発展させた形で100本ツアーの中篇に組み込むことができたんです。

  • 撮影:ただ(ゆかい)

――ブルーグラススタイルのアレンジで演奏することでご自身の曲にまた新たな発見もあったのでは?

あの空間でしか鳴らせない音、あの空間でちょうどいい響きの曲に特化した選曲をしたんです。なので"この曲はこうありたかったんだな"、"曲のほうからそこにいたい場所に行ってくれた"みたいな感覚があって。そうすると曲の解釈も最初に作った当時とは全然違ったものになってきたりしました。あと、ディナーショー形式っていうのかな? 夫婦や恋人同士で、ちょっとおめかしして、食事と一緒に音楽を楽しむ、という。ああいう非日常感の強いショーも面白いものですね。

――後篇はフルバンドの醍醐味たっぷり。充実したバンドアンサンブルのなかに新たな発見も満載で楽しませてくれました。そして、101本目となる追加公演は前篇・中篇・後篇のオイシイところ取り。直太朗さんの魅力をさまざまな角度から堪能できます。

1本のライブのなかでいろんなアップダウンがあると思います。そのギャップも楽しんでいただければ。演奏する側としては目の前の曲、目の前の詞一行を積み上げていくだけ。今回のツアーは前篇・中篇・後篇でバンドメンバーも、スタッフの顔ぶれも違うんです。NHKホールではそんな仲間たちとお客さんと一緒にゴールする感じ。この充実感をみんなで分かち合いましょう、という打ち上げ感もあるし…一杯呑んでやろうかな(笑)。

――いいですね(笑)。WOWOWでの生中継はカメラワークもずいぶん凝ったものになるとか。

監督の番塲秀一くんとは5年以上の付き合いで、今回のツアーも何度も観に来てくれていて。映像チームはある意味第2のバンドメンバーみたいなもの。僕以上に森山直太朗のライブを知っているというか。1本の作品と呼ぶ価値のある生中継になると思います。

――このロングツアーを終えた後は、次なる5年、10年へ……これからの展望は?

変わらないものを大事にしながら、自分の興味に従って創作やライブも変化していく…それが自分でも楽しみ。いまは具体的には言えませんが、まだまだやりたいことであふれているので。たとえば『素晴らしい世界』はここで終わりじゃなくて、その向こうにあるもっと広い世界……言葉を超えた世界みたいなところに行きたい。そのためには、まずは目の前にある一公演をしっかりやること。その先が海を越え、国境を越えた世界につながればいいな、と思っています。


『生中継! 森山直太朗20thアニバーサリーツアー「素晴らしい世界」(前篇・中篇・後篇)』は、10月23日(月曜 17:00~)にWOWOWライブにて放送。WOWOWオンデマンドにて配信。※放送終了後~1カ月間アーカイブ配信あり