大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第38回「唐入り」は、第37回に続いてお別れシリーズのようなムードがあった。仲(高畑淳子)が亡くなり、服部半蔵(山田孝之)率いる服部党が最後の活躍をして、もう出てこないと思っていた元将軍・足利義昭こと昌山(古田新太)が再登場して、なんだか良いことを言って去っていった。

  • 仲役の高畑淳子

■秀吉を心配する家康 松本潤が憂い顔で魅せる

残り10回。そろそろ少しずつまとめに入ってきている印象を受ける。一方で、大谷吉継(忍成修吾)や前田利家(宅麻伸)など新たな登場人物が出てきて、入れ替わり期でもある。

豊臣秀吉(ムロツヨシ)が関白になり、すっかり老人に。老いたといっても野心はまだまだあってギラギラしている。ビジュアルはしっかり老人ながらエネルギーは十分ある、40代のムロツヨシだからこその秀吉になった。秀吉も息子・秀頼が生まれたときはまだ56歳だが、いまの56歳とは当時は違うだろう(人間50年の時代だから)。

欲望は果てしなく、海外――朝鮮とも戦をする秀吉に、家康(松本潤)は心配顔。この回、憂い顔の似合う松本の十八番が楽しめた。秀吉を盛り上げるために踊っているときの、冷めた顔。茶々(北川景子)が「お慕い申しております」とぐいぐい迫ってきたところへ阿茶(松本若菜)が割って入ってきて牽制し、2人のバチバチを困り顔で見ている家康の表情も傑作だった。

家康のはっきりしない雰囲気がいい。松本は『花より男子』の道明寺のオラオラ系のイメージが強烈ではあるものの、それとは別に、状況に決して埋没しない引いた目線が個性でもあり、家康が、日ノ本の覇者をめぐる武将たちの熱い争いから、常に距離を置いているところが『どうする家康』の特性であろう。

さて、ムロツヨシの底知れない欲望について言語化する役割は、仲が担う。第34回でも、自分は幸せなのか……と悩んでいたが、今回、病で伏せるなか、寧々(和久井映見)に秀吉が心配であると言い残した。

秀吉は大事にしていた初めての子供が亡くなっても、次は何を手に入れようかと考えている。こんな風に欲深さの権化になってしまったきっかけは、子供の頃、いつも飢えていたからと仲は考える。寓話的に考えると、欲しい欲しいお化けみたいなものになってしまったのだろう。そうさせたのは、豊かな人たちと飢えに苦しむ人たちの格差社会である。それが秀吉という怪物を作り出した、という解釈ができる。餓鬼のような秀吉が世界を食い尽くしてしまう前に誰かが止めないといけない。家康は三成(中村七之助)に託すが……。

■出番が短くても作品を必ず面白くする高畑淳子と古田新太

秀吉をこんな風にしてしまったことへの悔恨を、仲が苦しい息の下で語るとき、高畑の語りの技によって、秀吉の置かれたつらさ、それが彼を変容させたことがひしひしと伝わってきた。ただ、悪者を告発するのではなく、秀吉に哀切を伴わせた高畑は、大河ドラマ初出演は『毛利元就』(97年)、その後『篤姫』(08年)の本寿院は篤姫への風当たりの強いキャラだったが、艶やかで存在感があった。『真田丸』(16年)では真田昌幸(草刈正雄)の妻・薫。陽気で、公家の出という家柄の良さを自慢にしているが、憎めない愛らしいキャラは人気に。その後、朝ドラこと連続テレビ小説『なつぞら』(19年度前期)では草刈正雄と北海道の開拓者同士という役柄で再び共演し話題になった。『舞いあがれ!』(22年度後期)では五島列島で逞しく生きて、ヒロインに多大な影響を与える祖母役で高い人気を誇った。

高畑が出ると名作になる。それは徹底して明晰な演技で、輪郭がくっきりしていること。生き生きと場が活性化すること。彼女のパワーが役にまさに命を吹き込んでいる。『どうする家康』では出番が短くて惜しかったが、秀吉ファミリーの業の深さを一瞬で感じさせてくれた。いまや、朝ドラと大河、どちらにも欠かせない存在である。

出番が短くても作品を必ず面白くする俳優といえば、古田新太もそのひとり。足利義昭こと昌山、まさかの再登場で、なんのために出てきた? 感があったが、古田であったからこそ受け入れることができた。白塗りの公家メイクもよかったが、僧侶の出で立ちはさらにお似合いで、飄々としてつかみどころがなく、いいことを言っていたけれど、はたして本当にいいことなのか、狐につままれたような気持ちにさせた。第38回は「狐」がテーマで、秀吉が狐に取り憑かれておかしくなってしまったと心配され、その狐は茶々ではないか疑惑が持ち上がったが、一番の狐は昌山だったのかもしれない。

古田の大河初出演は『元禄繚乱』(99年)、その後『新選組!』(04年)では薩摩藩士・有馬役。ヤクの毛をかぶり薩摩言葉を話す凛々しい人物でおもしろ部分は一切なし(登場場面は、大きな声を出し、一瞬おもしろい役かと思わせたがそうではなかった)。緊張感あるクライマックスを彩った。『家康』は19年ぶりの大河出演。その間、朝ドラ『あまちゃん』(13年)の荒巻役で大人気に。舞台が主戦場の古田は長期間撮影のある朝ドラや大河のレギュラーは難しいのだろうが、ピンポイント参加でドラマを見応えあるものにしてくれる。

高畑は青年座、古田は劇団☆新感線と、劇団活動が名優たちの揺るぎない土台になっている。

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