皆さんは、「4 to 4」というフレーズを聞いたことがありますか?
これは「4年間学んだ知識を使って4年間働く」という意味の言葉です。特にシリコンバレーなどの米国では、AI時代のキャリア形成の中心的な考え方とされています。
かつては大学で4年間学べば、その後40年間働き続けることができる時代。つまり、「4 to 40」のキャリアを築くことが一般的でした。
しかし、2022年の終わりにはChatGPTの登場など、テクノロジー領域の変化の大きいAI時代にはこのような新しい技術が次々と現れています。
ハーバードビジネスレビューによれば、一部のIT系スキルの価値の半減期は4年よりももっと短く、2〜5年と言われているのです。
これまでのように4年学べば残りの40年は安泰という働き方は今や過去のもので、常に学びを更新する必要。このような考えを象徴するのが「4 to 4」という考え方です。
新しいAI技術や、サービスが出てくるたびに「AIに仕事を奪われるのでは?」と過度に心配するのはナンセンスです。これからの時代は定期的な「リスキリング」が重要です。
自分自身を継続的にアップデートしないと、長く第一線で活躍することは難しくなるでしょう。
これまで求められた人材と、これから求められる人材
私は、「リスキリング」の核心は、「π型人材」への進化と考えています。
数年前から競争力の高い人材の特徴として、表現されることが増えているのでご存知の方もいると思います。
「π型人材」とは、その形から足に見えるような2つ以上の専門分野を持ちながら、それらを結びつける横棒の広い視野を持っている人材のことを指します。
ダブルメジャーとも呼ばれ、このような人材は、企業での価値が高く、転職市場でも高く評価されます。
書籍『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)では、π型人材を構成する3つの要素を以下のように定義しています。
ドメインスキル:
これは自分が持っている専門分野を指します。営業部の人なら営業スキル、エンジニアならプログラミングスキルなど。このスキルはキャリア形成の第一の柱となります。
スパイクスキル:
リスキリングで新たに獲得するスキルの事を指します。このスキルは、ドメインスキルと近いものを選びがちですが、より相乗効果を生むものという視点で選ぶことが重要です。
マスタースキル:
ドメインスキルとスパイクスキルを統合する力。この統合力の考えこそがπ型人材であることの最大の特徴です。
ITスキルをドメインとして生まれたイノベーションの例として、スティーブ・ジョブズが生み出した「Macintosh」の例を紹介します。Macintoshは、彼の電子工学のスキルとカリグラフィー(文字を美しく見せる手法)のスキルを結合させた結果、誕生しました。
ジョブズが元々持っていた電子工学の深い知識と、大学をドロップアウトしたことで学んだカリグラフィーのスキルという、一見関連性のなさそうなスキル同士が、ジョブズのマスタースキルにより融合されて誕生したのです。
いまのMacintoshのユーザーインターフェースや美しいフォントは、カリグラフィーの影響を強く受けており、これが他のコンピュータとは一線を画す製品に昇華させたことは言うまでもないでしょう。
このようなイノベーションは、単なる技術や、知識を増やしただけではなく、異なる分野のスキルや知識を学び、それを統合することで新しい価値を創出したことで生まれています。
ジョブズのイノベーションの例というと、大それた話に思うかもしれませんが、考え方は同じです。
ひとりの人間が自分の持っているドメインスキルと、掛け合わせることで効果を発揮するスパイクスキルを獲得し、マスタースキルでつなぎ合わせて新しい価値を提供すること、がつまり求められる人材になることと言えるでしょう。
「変化に適応するプロ」であるπ型人材2.0への進
ここまでは、π型人材を紹介してきました。次はスパイクスキルに関して説明します。
リスキリングを通じて獲得したスパイクスキルは、時間とともに磨かれ、ドメインスキルのような力強さを持つようになります。スパイクスキルは磨き上げることでドメインスキルへと昇華され、ドメインスキルがより質の高い強いものとなるのです。
例えば、マーケティングのスキルを持った人がデータ分析のスキルを獲得し、数年後にはアナリストとしての新しいドメインスキルを持つようになる場合、元のマーケティングのスキルは決して消えることなく、マスタースキルへと統合されます。
学生の皆さんであれば、学校生活に熱中して身に付けたスキルをドメインスキルとすることもできると思います。
π型人材2.0の特徴は、多くのドメインスキルとスパイクスキルが持てることです。新しいスキルを習得するたびに、ドメインスキルが増え、結果としてマスタースキルを強化し、異なるスキル間での相乗効果を生む統合力が高められます。
「4 to 4」の考え方に基づき、定期的なリスキリングを行い、新しいスキルを追加することで、このサイクルを繰り返し、πのサイズを拡大していくイメージです。
これからの時代、リスキリングは一度実施したら終わりではありません。継続することでさらに成長することができます。そして、時代の変化に影響されない新しい人材「π型人材2.0」としての強さを確立することができます。
書籍では、π型人材2.0とは、効率的かつ持続的に学び続けることのできる「学びのプロ」であり、「変化に適応するプロ」であると定義しています。
戦略的なリスキリングで「π型人材」になり、その継続的な努力で「π型人材2.0」へと進化させられるようキャリア構築に取り組んでみてはいかがでしょうか。
著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ)
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得し、グーグル本社でAI関連プロジェクトをリード。その後、パロアルトインサイトを創業し、AI/DX戦略提案から開発まで一貫したサービスを提供する。著書に『AI時代を生き抜くということ ChatGPTとリスキリング』(日経BP)など。