女性の社会進出が進み、働き方も多様化した現代。子育てをしながら仕事を続ける女性も増え、キャリア選択の幅は広がったように思われる。

しかし、果たして本当の意味での自由なキャリア選択はできているだろうか。

元フジテレビアナウンサーで、Kids Smile Holdingsの社外取締役である内田恭子氏と、パーソルキャリア DI&E推進部マネジャーの松尾れい氏が対談。

育児をしながら働く女性のキャリアについて、子育て経験を持つ2人が語り合った。

自分の生き方を見つめ直して選択した新たな働き方

前職はフジテレビジョンのアナウンサーとして、バラエティー番組やスポーツ番組に引っ張りだこだった内田氏。結婚を機にフジテレビを退社したが、実は退社にはもう一つの理由があった。

「基本は"寿退社"でしたが、もう一つの理由には『もっと自分の時間を大切にしながら働きたい』という思いがありました。フジテレビ時代はあまりにも忙しすぎて、自分の好きなことをする時間や友人と過ごす時間はほとんどと言っていいほどまったくありませんでした。当時はとにかく仕事が楽しかったので、それでもよかったのですが、30歳を目前にしたとき『このまま仕事だけをしていても、歳を取ったときに"空っぽ"な人間になってしまうかもしれない』という漠然とした不安がありました。1人の人間として、1人の女性としてもっとたくさんの物事に触れて学びたいと思い、退職をする選択をしました。」

しかしフリーランスアナウンサーに転身後、ある壁にぶつかった。「30代は周りの友人が次々と出産をしていた時期。自分もそろそろかなと考える一方、『もし今妊娠をしたら、仕事ができなくなるのではないか』という不安もありました。」

出産や育児は人生の大切なライフイベントである反面、女性のキャリア形成を妨げる要素にもなっている。キャリアを順調に築き上げるなか、出産のタイミングに悩む女性は多い。

「しかし、子どもを授かるということは、自分のタイミングでコントロールできるものではないと気付いたのです。赤ちゃんがやってきたタイミングが、自分にとってのベストタイミングなのだと思うようになり、そうしているうちに第一子を授かりました。」

出産後もフリーアナウンサーとしての仕事を続け、2023年にはKids Smile Holdingsの社外取締役に就任。仕事も育児も自分のペースを大事にしながら、活動の幅を広げている。

働く女性の自由なキャリア形成を拒む"理想の母親像"

「近年は女性の社会進出が進み、女性が働きやすい職場作りも広まりつつあります。しかしながら、自分の価値観を大切にしながら働ける人はまだまだ多くないのが現状です。」と語るのは、パーソルキャリアにおいてダイバーシティ推進マネジャーを務める松尾氏。

「特に日本は『育児は母親が行うものだ』などの"理想の母親像"が女性の働き方を制限してしまっている印象を受けます。」

内田氏も"理想の母親像"に悩んだ経験があるという。

「私は出産から3カ月で仕事に復帰しましたが、周囲からは『もう復帰したの?』『子どもはどうするの?』という言葉をよく受けましたね。」

子どもが幼い頃はシッターの力を借りながら仕事をしていたが、人の手を借りて育児をすることに対する世間からの視線は冷ややかだった。

「10年前ですら今ほどシッターさんが一般的に受け入れられていませんでした。仕事をするのに子どもをシッターさんに預けるなんて、なんていう冷ややかな目も感じたこともありました。仕事現場で『今お子さんはどうしているのですか?』と聞かれるたび、『母にみてもらっています』と答えることもありました。その一方『なにも隠すことではないのに、なぜ私はどうでもいい嘘をついているのだろう』とも思っていました。人それぞれ育児の仕方も働き方も違うのに、世間が良し悪しを決めるのは残念なことですね。」

海外ではシッターに子どもを預けることは珍しくない。特に内田氏が幼少時代を過ごしたアメリカでは、近所の高校生に子守を頼んで夫婦で外出する、ということも当たり前の光景だったそうだ。

「母親にも人生を楽しむ権利はあるはず。親である前に、1人の人間として仕事や人生を楽しんでいいのだ、という考えがもっと日本に広まってほしいです。」と語る。

「育児をしている人も育児だけではない自分の時間を大切にしてほしい」という内田氏の意見に、松尾氏も賛同する。実際にパーソルキャリアでは、子育て世代の育児負担を軽減するために、社員の家事代行の利用を促進している。小学6年生以下の子どもをもつ社員を対象に家事育児代行サービス利用時に、月額1万円まで費用を補助している。

「仕事と育児などとを両立しながら働く場合、どうしても時間的な制限を受けてしまいます。また、常に時間に追われる感覚もあります。そうした時間的な制限や心理的な負担を少しでも取り払うことができたらと、導入しました。ただ、この制度に申し込みをしているのは、対象者の中でも1割強だけ。そこには、やはり罪悪感が影響しているのではないかと感じています。もっと世の中全体で、親であっても人生を豊かにする選択が許容されるようになるといいですね。」

「はたらく」の選択肢は人それぞれ。仕事を続ける、成長し続けることだけが正解ではない

厚生労働省の発表によると、出産後に仕事をしている女性の割合は7割に及ぶ。内田氏も出産後、仕事を続けていた。しかし、あくまで第一優先は子どもだった。

「仕事も大切でしたが、それ以上に、今しかない子どもの成長に寄り添っていたいという思いがありました。ありがたいことに私はフリーで活動していたため、ある程度自分で仕事を調整しながら育児の時間を大切にすることができました。しかし会社勤めの場合では、なかなか自分の思うようにいかないのが現状だと思います。」

「子どもとの時間を大切にしたいけれど、仕事の時間を削る決断ができない」という女性は少なくないと松尾氏は指摘する。

「女性の社会進出が進み、管理職比率の目標が掲げられ女性活躍推進は国の重要アジェンダの一つになりました。しかしその結果、全員が同じように仕事を続けなければならない、成長し続けなければならないような雰囲気になっているとも感じています。」

松尾氏は自身の経験を振り返る。

「最近、管理職ではない働き方を選びました。すると、『キャリアを諦めたの?』と声をかけられることがあったんです。しかし私はキャリアを諦めたのではなく、その時の自分にとって一番幸せな働き方を選択しただけです。仕事で昇進・昇格することだけが人生ではないと考えています。」

これは、まさにパーソルキャリアが目指す姿だという。

「それぞれ理想のキャリアは異なります。昇進を目指す人もいれば、家庭を大切にしたい人も、趣味を大切にしたい人もいる。ライフステージによってもベストな働き方は変わってくるでしょう。キャリアに決まった正解はありません。人と同じである必要はなく、多様なキャリアがあってよいのです。」

「「自分が望むキャリア」とはなにか、を考えると、子どもや家族はもちろん、自分の人生が幸せになる生き方を選択することが、大切なことだと思っています。」と松尾氏は語る。

組織が変わるためには、管理職の意識改革が必須。

働く女性が自由にキャリアを選択するために、日本はどのように変わっていかなければならないのだろうか。

内田氏は、女性の意見を発信することが重要だと述べる。

「現在、管理職に就いている方の中には、『女性が家事や育児をして、男性は外で働く』という男性優位の社会が当たり前だったがゆえに、女性ならではの課題に気付けていない方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本はまだまだ女性リーダーが少ないですが、女性の発信によって新たな発見が生まれると思っています。」

松尾氏も、管理職の意識変革は必要である一方、難しさも指摘する。「長年、触れてきた価値観を変えることは容易ではありません。だからこそ、疑似的にでもこれまでと違う経験をしてもらうことが大事なのではないかと考えています。」

パーソルキャリアでは多様な働き方を理解するため、管理職を対象にした時短勤務の体験研修を実施している。管理職は、育児をしながら働く社員を想定し、1週間のノー残業生活を体験してもらう。

「体験した管理職からは、『これまで自分のペースで仕事ができていたが、途中で業務を中断させられることのつらさや、いつ呼び出しがあるか分からない不安を抱えるなかでの業務がいかに大変であるかを痛感した』という言葉が聞かれました。やはり、体験に勝るものはないと感じています」と松尾氏。

デロイト トーマツ グループでは、マイノリティを体験するプログラムで、管理職のマインドが大きく変化したという。女性社員のグループの中に男性社員が1人の状況を敢えて作り、一つのテーマについてディスカッションするプログラムを実施。

集団の中で少数派になることや居心地の悪さを感じてもらうことで、ダイバーシティ推進を自分ゴト化してもらうことが狙いだ。

プログラム参加後は、それまでダイバーシティに無関心だった男性管理職が、当事者意識を持つことができた。さらに、自らダーバーシティ推進ワーキンググループのメンバーとして積極的に参加するようになるなど、体験による効果を実感しているという。

母親の心理的負担に寄り添う存在でありたい

2023年6月、政府は女性活躍・男女共同参画の重点方針2023の中に、東京証券取引所プライム市場の上場企業に対し、2030年までに女性役員の比率30%以上にという目標を盛り込んだ。

6月からKids Smile Holdingsの社外取締役を務める内田氏。社外取締役の話を受けた際、「たくさんの母親が、もっと楽しみながら育児ができるようにしたい」という理念を聞き、強く共感したという。

「たとえ夫の助けがあったとしても、育児の負担は必然的に女性のほうが大きくなります。私は、子どものためなら何でもしてあげたいという本能も母親には強くあると思います。しかし仕事をしていると、予定通りに帰宅してご飯を作ってあげられなかったり、させてあげたい習い事をさせてあげられなかったりすることも珍しくありません。してあげたいことができないことにストレスを感じ、心理的な負担が大きくなってしまうこともあると思います。」

そこでKids Smile Holdingsでは、単に子どもを預かるだけでなく「非認知能力の育成」をテーマにした多彩な教育プログラムを用意し、ハイレベルな幼児教育を提供している。

「Kids Smile Holdingsは、たとえ親が仕事で忙しかったとしても、子どもの教育の選択肢を広げてくれる場だと感じています。そういう場所ならば、自分では手が回らない部分へのフォローもあり、子どもを預けることへのストレスも少なく済むはず。働く女性にとって優しい場所でありたいです。」と内田氏は話す。

政府としても働く女性を支援するために、待機児童の解消に向けた政策を進めている。しかし内田氏はこう語る。「物理的に待機児童を解消するのだけではなく、もっと母親に寄り添う必要があるのではないでしょうか。」

さらに続ける。「働く女性は、外では仕事と戦い、家では育児と戦っています。そうすると、笑顔で子どもに向き合えない日も当然あります。Kids Smile Holdingsは、そんな女性に寄り添い、少しでもサポートできる場にしていきたいと思っています。」

一人ひとりがもっと自分の価値観を大切にできる社会へ

働き方、育児の在り方、そして人生の歩み方に正解はない。多様な選択肢から何を選ぶかは人それぞれだ。

自分の人生にとって幸せな選択をしていくためには、周りに振り回されない、自分の中でのしっかりした価値観を持つことが重要だと述べる内田氏。

「例えば、日本では母親が授業参観に行くことが多いですが、私が育ったアメリカでは夫婦そろって参加することが多いです。両親で教育に積極的にかかわっています。さらには、夫婦が離婚したとしても、前妻、後妻、夫の3人で学校行事に参加することも多々あります。海外に行くと、日本にいるときには気付けなかった価値観が多く存在していることが分かります。視野を広げながら、自分が幸せになれる価値観を大切にできる社会を目指したいですね。」

内田氏はマインドフルネストレーナーとしても活躍しており、今後はKids Smile Holdingsで働く職員向けにもサポートを行う予定だ。

「マインドフルネスは、自分にとって何が大切なものなのかを探り、ありのままの自分を受け入れていくスキルです。これを身に着けることで『他人に比べて自分はこれができていない』と振り回されることも少なくなります。一人ひとりが『自分にとっての幸せ』を実現できる社会へ、一歩ずつ歩んでいきたいです。」

今後の展望について松尾氏は「日本では、幼いころから自分で物ごとを決める経験が少ないほか、人と同じであることを求められる傾向があると思います。そんな環境で育ってきて、大人になった途端に自分の価値観で決断するというのは容易ではないでしょう。ですが、人の幸福度は学歴や年収より、自己決定感の方が影響するというデータもあります。つまり自分で納得して決めることが重要だということ。一人でも多くの人が、自分の大切にしたい価値観をもとに自己決定し、幸せをつかめる世の中になるよう、価値観をもとに意思決定するうえでの阻害要因を取り払うサポートをしていきたい」と話す。